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3月に入って急に暖かくなってきました。
 
久々にブログを再開した一月ごろは、マイケルの楽曲の訳詩を中途半端にほったらかしていたので、そろそろ全部仕上げようかな〜という気分でさらっと曲を聞き直していました。
 
 
もう私自身もいろいろ調べたし、多くの方々も考察し、語りつくされたみたいなので
あとはさら〜っと訳するだけと思っていたら、とんでもなくまだまだマイケルの
世界は深かったです。
 
おそらくテラバイトぐらいある容量のあるその世界の中の、数メガバイトぐらいしか私たちはまだ知らないのではないかしら。。。。
 
亡くなった後に、マイケルの人柄についての誤解はかなり解消されたのですが
楽曲に対する誤解はまだまだ残っていると思います。
 
私もこの二か月でようやくマイケルの歌の中の「I」は
マイケル自身でない時もある、ということに気づきました。
 
私たちは歌手が(特にシンガーソングライター)が「私は、僕は〜」
と歌うときはその歌手自身の考えや人生観、主張を歌っていると思い込んで聞いています。
 
でも、マイケルはそうじゃない時がある。
 
まったく違う人物になりきって、その人の考え、思いを語れる人なんです。
 
そのあたりの複雑さが、解釈や訳に誤解を生んできた理由の一つだと
いうことが初めてわかりました。
 
 
ブラダンの主人公はマイケルが演ずる「役柄」なんですよね。
「Ghost」のマエストロもマイケル的ではありますが、もっと普遍性を持つ「マイケル以外の誰か」。
 
こんなことができるから、一つの曲の中に登場人物を複数以上にして、物語が複雑で世界観も無限に広げることができたのです。
 
詞も音楽も多声的。
 
音楽づくりが、映像技術が、詞がどうこうという以前に
「発想」が全然ほかの歌手やポップミュージックの作曲家とは違うのです。
 
私はマイケルだけしか聞かないタイプではなく、
古い音楽も新しいものでも何でも聞きますが、「天才」はいつの時代にも
沢山いると思うんです。
 
マイケルは「才能」云々というよりも、
「発想力」や「志」が他の天才たちとは違う方向を向いて
その大きさもとてつもないものだったような気がするんです。
もうぶっ飛んでしまったというか。。。。。
 
そのあたりをもう一度考えてみたいので、しばらくブログの記事はお休みをしたいと思います。
 
今考えているのは「ビリージーン」。
「スリラー」「ビートイット」よりもずっと複雑で深い世界を表現したこの曲。
マイケルの最高傑作だということは誰もが認めているけど、まだまだ「謎」
とされている曲です。そしていつまでも誤解をされています。
 
問題はこの曲の「I」がマイケル自身だと思われてしまったことにあるんです。
 
元々実話をベースにしているのでややこしいのですが、
マイケルは実話を題材にして、
全然別の物語を作り、役柄としての「I」を演じることができる人だったのです。
 
マイケルがビリジンでやりたかったことは「悪い女の子には気を付けてね」とい
う教訓を伝えることではなくもっと違うこと。
作家としてもっともっと野心的なことだったと思うのです。
 
どうしてマイケルがこの曲のパフォーマンスで「ムーンウォーク」をするかがカギだと思います。
 
「Don't judge a man until you have walked two moons in his moccasins.」
「その人の立場に自分を置いて二か月考えてから、その人を判断しなさい。」
という言葉との関係、「カルメン」との関係。
 
 
 
しばらく探検してきま〜〜〜〜す。
 
いろいろ手さぐりしながら書いている記事ですが
沢山の方に読んでいただいて、ほんとうにありがとうございます。
 
ちいちゃんママ
 
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書庫の整理などのメンテもしていきますので、コメント欄は閉鎖させていただきます。
御用の方はゲストブックにメッセージお願いいたします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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