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原付北海道1周4,000km
令和か〜。略号は「L」がよかったな〜(笑)。

書庫原付北海道:スピンオフ

メイン企画の「原付北海道一周」。
ここから派生する、原付や、北海道にすら直接関係いのないエピソードや、
原付以外で行った北海道の話など「『最新北海道』でもないよな」、
という話を取り上げていきます。
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こんなに連続で更新することなんてまあないんですが。
もう少し「十津川ばなし」にお付き合いください。
 
このときは十津川の隣村に幼少時住んでいた友人の縁で、
上北山村のある家を使わせてもらって、男5人で合宿のような生活をしました。
といっても3泊4日くらいやったかな。しかも合宿と言っても遊んでばっかでしたけど。
 
その家を基点に、紀伊半島のあちこちを走り回っていました。
次の日は尾鷲の方に海水浴に行く予定だったか何かで。
またまた「谷瀬の吊り橋」に寄ったんですね。
 
まあ、慣れた2人はサッサと行ってしまい、
ビビリの2人はやはり渡らず。
 
結局私は、また一人でおぼつかない足取りで渡って行きました。
 
明るけりゃ明るいでまたコワいんですよね。
 
イメージ 1
 
これはそのときの写真ではないんですが、クラクラしますよね、この高さ。
夜は魚釣ってる人が腰に付けてる明かりがチラチラと小さく見えて、これもまたコワいんですけど。
まあ、それでも大した問題もなく往復して、
橋のたもとの自販機でジュースを買って一休みし、さあそろそろ行こかという時に、
一人が、「おい、アレ見てみ!」と驚きの声を。
 
私らが休憩していたベンチからは、少し斜めに橋を見上げる感じやったんですが、
そこを現地の方でしょうね。おばちゃんですよ。下手したらおばあちゃん。
スクーターで橋をてーーっと渡ってこられた  んですね(笑)。
 
「そんなん生活道路やから当たり前やで」と平然と言い放った“準現地住民”の1名を除き、
全員が「シルク・ド・ソレイユ」か何か見るような感じになってしまいました。
 
イメージ 2
 
今はこのように規制がかかっているようですが、当時は歩き放題でしたねー。
とはいえ、1度に20人もの人は見ませんでしたが(笑)。
橋の真ん中へんで一服、という人もいましたしね。
 
ちなみに私はこのときの経験のおかげで、
数年後「祖谷のかずら橋」を小走りで渡れるまでになりました。
いきなりで何ですが、すたこらさん、ごめんなさい。
更新に時間かかりすぎですね。改めて自分でも思いました。
こうやって見てくれる方が減って…、とかやってるからイカンのですよね(笑)。
 
本題に入ります。
 
夜中の2時や3時やという時間に、十津川の「谷瀬の吊り橋」
(観光協会のHPでは「たにぜ」となってました。)にたどり着いた私たち。
1人橋の上に残された私は、しかたなくソロリソロリと歩き始めました。
 
ようやく30mほど進んだとき、背後(橋の取っ掛かりのあたり)から子供の泣き叫ぶ声が!
 
一瞬心臓が止まるかと思いましたが。
どうやらちゃんと生きてる人間のようです。
よかった。少しホッとして。
 
声があまりにデカイので、言ってるコトははっきりわかりました。
 
「イヤやー、怖いー、こんなん渡るんイヤや〜!!」
 
…コラ、アホ親! こんな時間に子供連れて来るのもたいがいやけど、
真っ暗な吊り橋渡らすなよ。も〜、やめといたれや、かわいそーに、
 
…と思ったその瞬間。
 
いや、ホンマに怖いのは子供の方ですわ。
追い詰められると何しだすかわかりません。
 
「こんなん怖ないわ〜!!」
 
とひとほえして、全力疾走でこっちへ向かってきたのです!
 
そんなモン、後ろ向いてますけどわかりますがな。
どんどん子供は迫ってきます。グラグラグラグラと橋が揺れます。
 
「うわ〜、どうしよ、絶対前なんか見とーらへんし、また暗うて見えへんやろし。
このままやったら衝突する!」
 
イメージ 1とっさに私、この写真の矢印の方のように、
横に張ってある枕木の部分に出て、ワイヤーにつかまり、
突進してくる少年をかわしました。
 
あ〜、コワかった〜。
 
少年は無事走り去りました。
揺れがおさまるのを待ってまた橋の真ん中に戻り、
ボチボチ歩き始めようとしたその時。
 
この橋は、渡って向こう側に行くと、
別ルート使ってもとの橋のたもとに戻るには、
30分以上山道歩かないと帰って来れないんですね。
当然渡って戻ってこないといけないわけです。
 
案の定、正面から彼が走ってきました(笑)。
しかも楽しくなってしまったんでしょうねー。
「キャッホー!」
みたいな叫び声をあげながら戻ってきたのです。
 
私はしぶしぶまた橋の外側へ出て、彼をやり過ごしました。
「楽しくなったからって、もう来んなよ!
と思いながら。
 
そのあと何とか、合わせて20分以上かけて向こう側にたどり着いた私。
 
「エライ遅かったやんけ。」「子供来たやろ?」
「ああ、来たなぁ。ぶつかったんちゃうか?思て。」
「ま、それはなかってんけど。あいつのせいでだいぶ時間食うた。」
「後の二人は?」「途中で引き返しよったんや。」
「そうか。んじゃ戻ろか。」 …おい(笑)。
「いや、ちょっと休んでから行かしてくれ。」「おぅ、そしたら先行ってるで。」
 
そうやってまた私はひとり、15分近くかけてヘトヘトになりながら元の場所へ戻ったのでした。
 
ああ恐るべし谷瀬の吊り橋、ならぬ幼い男の子、でありました。
大阪でも雨が降り始めました。
紀伊半島にもかなり降るという予報が出ています。
何とか土砂ダムの2次的な被害が出ないようにと、祈るばかりです。
 
そんな時ではありますが。
 
「十津川村のこと Part2」と題しまして、
今回は「谷瀬の吊り橋」を取り上げます。
 
谷瀬は今は「たにせ」と読むようですが、
私が初めて行った約25年前は、「たんせ」と呼ばれていたような気がします。
求む、詳細情報(笑)!
 
ま、それはとりあえず置いといて。まずは橋の全景をご覧ください。
 
イメージ 1
 
高さ54m、長さ297m。
「日本最長の鉄線の吊り橋」
やそうです。
 
イメージ 2
渡ってるとこんな感じに見えます。
でもこれやと幅がイマイチわかりにくいですね。
から写真をいただきました。
 
イメージ 3
まあ、人が2人並んだら、幅はいっぱいいっぱいです。
もちろん揺れますし、ゆっくり歩いても
(ゆっくり歩くからかえって、かもしれません)
かなり怖いです。
 
これを。
 
何と夜中の2時やったか3時やったかに、
大学のサークル仲間と渡りに行ったんですね。
友人の車で私を含めて5人。
夜の山道でスピードも出せませんので、
大阪からやと、ゆうに4時間はかかる山奥です。
 
でまたこの途中の山道が細くて真っ暗で、
すでにかなり怖いわけです。
この時点で既にかなりムチャ(笑)。
 
それでも何とか橋のたもとにたどり着きまして。
渡ろうという話になったわけです。
 
5人のうち2人は、すでに何回か渡ったことがあり、
(そのうち1人は、幼少時十津川の隣村に住んでおり、
走ったり飛んだりしても大丈夫、というとんでもない
ヤツでした。)
その2人はさっさと渡り始めました。
 
残るは3人。
続いて私が一人ゆっくりと歩き始めました。その揺れることゆれること。
スタスタと去って行く2人はもう見えなくなる勢いですが、
私の歩みは遅々として進みません。
 
それでも何とか30mくらい進んだでしょうか。
そのときフと気が付きました。
ここで私以外の2人が、予想外の行動に出たのです。
ていうか、予想外に“行動しません”でした
つまり、渡りかけてすぐ引き返したんです。
 
さー、夜中の橋の上にポツーンと1人取り残された私(笑)。
一瞬戻ろうかな、と思ったのですが、腹をくくって
「え〜い、行ってまえ!」
と。
 
ところがこの時…。
ウチのメイン企画であります、「原付北海道一周リターンズ」。
 
本来であればボチボチ進めて行きたいところではあるんですが、何しろ2人の共同作業です。
こちらがヒマならあちらが忙しく、こちらが忙しければあちらが忙しい(笑)、
(要はタケがずーっと忙しいのです。倒れるんやないでぇ、タケ。)
ということで、なかなか話が進みません。
 
それはワタクシ的には全然かまわないのですが、
そんなこんなしているうちに、次回取り上げるはずだった「新十津川町」と、
非常に縁の深い奈良県吉野郡十津川村が、台風12号のせいで大変な被害をこうむりました。
 
そこで、今回は原付旅の話から少し離れて、
奈良県の十津川村のことについて、私自身の思い出やなんかも含めて取り上げたいと思います。
 
 
題して「原付北海道:スピンオフ 十津川編 Part1」 をお送りいたします。

 
十津川村は奈良県南部、県の1/6の面積を占めるという、
北方領土を除けば、日本で一番広い“村”であります。
ついつい1/6と言えば違うモノを思い浮かべてしまいますが(笑)。
 
TDも昔、大阪から紀伊半島を車で縦断しようと思って、山の中の国道
(←どうでしょう・四国班がいつも大騒ぎしているような道です)を延々2時間以上走って、
やっと十津川村の端(北海道ならカントリーサインが立っているようなところです)に着いたとき、
例の青い標識に「十津川(←村役場の位置です)77km」とあるのを見て、
泣きそうになったことを思い出します。
 
村の端から役場まで77kmですよ!
 
ま、北海道の方なら「当たり前じゃないの?」とか思われるかもしれませんが。
本州の小さな自治体に住んでる人間としては、とんでもない大きさなのです。

 
時は1889(明治22)年、そんな十津川村を村史上最大の災害が襲います。
豪雨にともなう地すべり・土砂崩れなどで、十津川集落がほぼ壊滅したのです。
そんな中生き残り、わずかな希望を持って北海道に移住したこの村の人びとが、
現在の新十津川町付近に入植し、村を開拓し、そこに住み着いたということなのです。
 
そんなわけで新十津川の町章と十津川の村章には、同じデザインが使われていますし、
それぞれのHPには、お互いリンクを貼りあっています。
 
そのときの災害の規模に比べると今回はましだったのかもしれませんが、
そんなことを比較するのは、今の段階では無意味でしょう。
現在でも国道が寸断され、孤立化した十津川村。
村のポータルサイトにも現在はアクセスすることができません。
 
一刻も早く充分な救援の手が差し伸べられることを祈ります。
 
 
※ 私が愛する北海道の、そして大ファンの鈴井貴之さん、TEAM NACSが所属するローカルタレント事務所、
 クリエイティブ・オフィス・キューの義援金バナーです。よろしければご協力ください。
  
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