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の・・・のらやぁ〜〜〜♪
 
ちょむです
関西には「のらや」といううどん屋さんがあります
もぉ〜〜〜〜〜こののらやを愛してやまない ちょむさんなのです♪
関西の全店舗を制覇する!!
と、昔は意気込んだもんです←いや、マジで
食器もかわいいでしょぉ〜♪
お店の雰囲気もナイス!ご飯の量もナイス!!味もさらにナイス!!!
なのです♪
そんな大好きのらやに行ったのは先週末の事です
詳しくははるさんのブログに書かれております♪
私・・・かなり・・・
早食い!大食い!
みたいになってますが・・・
2人が食べなさすぎなんだよぉ!!(爆
ちなみに、びあるさんのご飯はこちら・・・
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少なっっっ!!
これじゃ〜夕方まで持たないよぉ〜^^;
気合いいれて、もらったエプロンつけたら・・・←カレーうどんだったから
はるさんつけないんだもん!!
おいおいおいおいおい!!
カレーうどんだろ?!
つけろよ!エプロン!!!(爆
 
はる「なんか・・・気合い入ってるみたいでイヤや・・・」
びある「そうそう、焼き肉屋さんにもいるよね〜そういうファミリーが(笑」
ちょむ「せっかくくれたのに!店員さんに失礼だぞ!!」
 
全国の気合い入ったエプロンかけに
失礼極まりない!!!
と、言い放ちつつ、おいしくいただいた訳でございます♪
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そこで、初めて聞きました
ピーちゃんの訃報
びあるさん、なんかいつもと違うなぁって思ってたけど・・・
まさか、そんなことがあったなんて
びあるさん、平気なそぶりだったけど、絶対辛いだろうに・・・
キャラ的に、頑張っちまうからなぁ
その証拠に、たまに明後日の方向向いてましたよ(苦笑
以前、亡くす事に慣れるとあったけど、それはないと思うんだよな・・・
だって、何よりチビ達の事、大事に思って、一生懸命育ててきたんだもん
悲しくない訳ないじゃん
関西人の、元気がよくて、いつもおもろ〜で、強いし、辛口で言う事ズバっていうけど、
だからこそ、心が温かいって思うんだよな
すごく優しい方だと思っています
あ、痒くなりました?(爆
ま、そんなこんなでも、爆笑話は続き、終始笑いっぱなしな1日でした♪
やっぱ我ら関西人ですよね〜♪
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ピーちゃんに会わせてもらえました
ピーちゃん、起きるんじゃないの??
って、くらい、気持ちよさそうに寝てました
手でなでると・・・冷たい・・・
そっか・・・ピーちゃんお空に出張したんだ
なんて雰囲気をひっくり返すように!
イタチの話やら爆笑話やら、ジーンズの履き方やらを伝授していただきました(笑
やっぱり我ら関西人ですね(笑
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泣きっ面なんてピーちゃんに似合わないジャン♪
元気に明るく、ピーちゃんにお別れしてきました^^
「またね^^」って言って・・・
私ができる事は泣く事じゃない
ピーちゃんとの出会いを、これからも大切にする事
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ピーちゃんとの出会いを、今ある周りの仔達に生かす事
だってさ!
すっごいいいモデルになってくれたんだよ!
ご飯皿を振り回すまでに元気で食欲旺盛なピーちゃん
亡くなる前日まで、何かわらず元気でその姿でいたピーちゃん
最後まで、ピーちゃんがピーちゃんのままで過ごせた事・・・
幸せだったと思う・・・
 
ちょいと、ここで私の話・・・
私の父は、私が11歳の頃にガンで亡くなりました
昔のアルバムには、父との写真がたくさん残っています
 
公園の芝生にレジャーシートを敷いて寝転がるお父さん
瀬戸大橋の上で、抗がん剤で頭がツンツルテンなお父さん
父の日にプレゼントした折り紙で作った花をガリガリな体で持ちピースをしてるお父さん
一般的なお父さんとの家族写真とはちょっと違います
 
でも、病院の写真は一切ありません
亡くなってから、私も年をとりました
でも、母は事あるたびに、お父さんの話をしてくれました
11歳では理解できなかったであろう話・・・
母の当時の気持ち・・・
「お父さんはね、痛みどめを打ってまで、家族みんなでテニスしてたんだよ。
病院にいるより、薬漬けになるより、あんた達と会って、思い出を作りたかったんだよ。
そういう人やってん。」
 
お父さんは、私達を愛してくれていた
お父さんは、最後まで、私達のお父さんでいてくれた
 
思い出の写真は・・・一般的な家族写真とは違うけど、私にとって特別大切な物
11歳の頃よりも、お父さんが好きになりました
そんな生き方をした、お父さんを誇らしく思いました
 
普通に比べて、父の命は短かった
でも、その一般的に短かったであろう人生は、一生分の輝きがあったと思っています
いいえ
今の私にとっては、今も輝き続けています
 
母は言いました
「辛かったよ・・・どんな事をしても死んでほしくなかった・・・
でも、お父さんが亡くなった時・・・辛かったけど、心のどこかでホッとした所もあった。」
 
長かった闘病生活
何年かはわかりませんが・・・私が小学校に上がった頃には、もうすでに始まっていました
母はその間中・・・
ずっとずっと父がどこかへ行ってしまうのではないかと言う不安と、私達を育てる現実に駆られていたんだ・・・
最後の最後まで父を支え続け、弱音も吐く暇がなかった・・・
そう思う母を、私は責めようなんて思いませんでした
酷いとも思いませんでした
むしろ、支え続け、女手一人で、子供を育ててくれた母を誇らしく思います
(喧嘩する事もありますが^^;)
 
私自身の人生を豊かに生きる!
私ができるのは、自分の立場をひがんだり、不幸だと思ったり、すねたりする事じゃない
後ろを見る事じゃない
未来を見つめる事
お父さんの子供でいれた事を誇れるように、生きる事
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「フェレットは何かしらの病気にかかって亡くなって行く。」
これって、おかしい!何か・・・何か方法はないの・・・?
覚悟して待つしかないの・・・?
楽しめるのは今しかないの・・・?
何もできないの・・・?
 
人によって、価値観は全然違って当たり前です
一般的な人から見たら、私はかなりのフェレットバカだと思います(苦笑
↑うちの母もすでにそう思っている(笑
 
今日も、友達にフェレットの事ルンルンで話してたら・・・
「ちょむ!十分やっていけるわよ!子供生みなさい!こ・ど・も!!」
って、言われました(爆
まぁ〜苦労かけた母にも孫の顔見せてあげなきゃなんですけどね(汗
 
でも、私にとっては、ともくん達は子供みたいなもんなんです
フェレットって知ってるけど、子供みたいなもんなんです
バカだなぁって思われるかもしれないけど、子供みたいなもんなんです
だから、最後まで、ともくんはともくんでいてほしいんです
一緒に過ごせる時間は、私より短いってわかっています
でも、その生きて一緒に過ごす時間を、楽しく過ごすために、思い出をたくさん残すために・・・
私が出来る事したいんです
ともくんが来るまでは、全く思わなかったのにね^^;
逆に外野で「つくしてるなぁ〜!」て思ってる方だったのに(笑
ともくんには、命を教えてもらったなぁ
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ピーちゃんもジークも、最後まで自分のままでいれた
必ず病気にかかると言われているフェレットが、病院や手術をせずに、前日まで元気でいれた
私のフェレット常識が覆りました
最後まで元気でいれるんだ・・・!
それも、日頃のびあるさんのケアのおかげです
ピーちゃんやジークの人生は、私にとっての光です
ともくんや、ゆい、シルにも、最後まで自分らしくいれるような・・・
そんな約束ができるママになりたいな^^
ともくん達が元気でいてくれる事は、私の人生を豊かにしてくれる^^
うん、最後、私が今出来る事・・・
ピーちゃんとの出会いで私の人生を豊かにする事^^
 
ぴ〜ちゃ〜ん♪じ〜くぅ〜♪
出会えてよかった^^
ありがとう^^
 
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あの見た目からは想像できないであろう、今回はシビアな内容を書いちゃった
イタイ関西人にポチっと^^;

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