|
『前世療法2』(ブライアン・Lワイス)PHP文庫 P50
引用開始
ユダヤ教の中に、ギルガルという輪廻転生の基本的な考え方が何千年も前からあった。
この考え方はユダヤ教の柱の一つでした。
1800年から1850年の間に、近代化をはかり、
科学志向の西欧社会に受け入れられようとして、
東ヨーロッパのユダヤ人たちはこの考え方を捨ててしまった。
しかし、輪廻転生の考え方は、この時まで、
つまり約2世紀前までは、ユダヤ教の中心をなしていたのです。
オーソドック派とチャシディック派の人々の間では、
転生輪廻の思想は今でも生きています。
ユダヤの古典、カバラは何千年も前に書かれていますが、
あちこちで転生輪廻に触れています。 引用終了
実際、最近カバラ関係の本を読んでいますが、
明らかに転生輪廻や霊の考えがあります。
『前世療法』P31
引用開始
この1週間の間、私はコロンビア大学の1年生の時に取った比較宗教学の教科書を読み返してみた。旧約聖書にも新約聖書にも、実は輪廻転生のことが書かれていたのだそうだ。紀元325年、時のローマ皇帝、コンスタンチン大帝はその母へレナとともに、新約聖書の輪廻転生に関する記述を削除した。紀元553年にコンスタンチノープルで開催された第2回宗教会議において、この削除が正式に認められ、輪廻転生の概念は異端であると宣言されたのであった。人類の救済は輪廻転生を繰り返すことによって行われるという考え方は、巨大化しつつあった教会の力を弱めるものだと、彼らは考えたのである。しかし、初めからちゃんとこの概念は存在していて、初期のキリスト教の先達は、輪廻転生の概念を受け入れていた、グノーシス派の人々-アレキサンドリアのクレメンス(150〜215)やオリゲネス(185〜254)、聖ジェローム(240〜420)等は、自分たちは昔も生き、再び生まれてくると信じていた。
引用終了
『前世療法』が語る、クリスチャンたちの「輪廻転生」遍歴
↑リンクは切れていますが、残しておきます。
■『前世療法』が語る、クリスチャンたちの「輪廻転生」遍歴
2006/5/7(日) 05:45
書棚からブライアン・ワイス(Brian L. Weiss)の『前世療法』を手にとってパラパラめくっていたら、気になる記述があった。かつて、聖書には「輪廻転生」が記されていた、というくだりである。
この1週間の間、私はコロンビア大学の1年生の時に取った比較宗教学の教科書を読み返してみた。旧約聖書にも新約聖書にも、実は輪廻転生のことが書かれていたのだそうだ。紀元325年、時のローマ皇帝、コンスタンチン大帝はその母へレナとともに、新約聖書の輪廻転生に関する記述を削除した。紀元553年にコンスタンチノープルで開催された第2階宗教会議において、この削除が正式に認められ、輪廻転生の概念は異端であると宣言されたのであった。(p31)
「比較宗教学の教科書」にも載っているらしいので、知らぬは私ばかりなりで、業界ではよく知られた話なのであろう。特に「旧約聖書」はゾロアスター教の影響をモロに受けているので、東方の宗教の名残りはある。しかしながら、ユダヤ教の基本は「一元論」と「直線的思考」である。
◆新約聖書の祈りのヘブライ的基礎
御国を来たらせたまえ、御心の天になるごとく地にもなさせたまえ
主の祈りのこの部分は、ユダヤ人の信仰の根底にある最も重要な概念を表している。すなわち、ユダヤ人は常に人類の歴史は直線的であると信じてきた。それはある一点(神による創造)から始まり、ある一点(メシヤの降臨とメシヤ時代の到来)で終わる。これとは対照的に、周辺の異邦人世界では、歴史は循環的であり、自然界は永遠的であり(ギリシア哲学)、人間は永遠に輪廻転生をくり返す(東方の一元論)と信じられていた。またユダヤ人は、歴史は契約的、すなわち創造主が一方的に御自分の民に働きかけると信じていたが、異邦人達は、歴史は因果的、すなわちすべてのことはそれに先立つ事象が原因となって起こると信じていた。<中略>
神の国の到来こそ、ユダヤ教を異教から峻別する。すなわち、異教の究極の目的は、物質界から脱却して霊的なイデアの世界に没入したり(プラトン哲学)、輪廻から解脱して涅槃の境地に達することにある(ヒンズー教)が、ユダヤ人は神の国の到来と復活を祈り求める。ユダヤ人はまた、特にメシヤ時代の到来に備えて、人間世界を少しずつ進歩させるために神と協力して働くべきことを信じる。ユダヤ人の人生観によれば、神は世界を向上させる働きに自ら進んで献身する人々を探しておられる。
最近、「一神教」と「多神教」について考えてみているが、「一」か「多」かで対比するよりも、
1) 「契約的」vs「因果的」
2) 「直線的」vs「循環的」
3) 「他文明との対話」(ロゴス化)の有無
などで対比したほうが、整理しやすいのかなぁ、という気がしている。
さて、イエス生誕以降の「新約聖書」であるが、発祥当時のキリスト教は、ギリシャ語圏に広がった都市型宗教であるわけで、当然、ギリシャ哲学の影響もたくさん受けているはずである。
◆復活の福音
プラトンの『パイドン』は、ソクラテスが毒杯を仰ぐ当日、友人たちと霊魂の行方について語った対話編です。その中でソクラテスは、「ひとの死後、その者たちの魂は、ハデス(冥界)に存在するのか、しないのか」という問題について、おそらくピュタゴラス派由来の「魂は、ここよりかしこに到りて、かしこに存在し、さらに再び、ここに到りて、死せる者から生まれいづ」という古説を取り上げ、彼独特の対話法でその真理性を証明し、霊魂の不滅と輪廻転生を語っています。
このようなプラトンの霊魂不滅と輪廻転生の説は、プラトン哲学を継承した人々の間で解釈が分かれてきます。転生にさいして霊魂の理性的部分も動物に引き継がれるのかという困難があり、動物への転生は字義通りにとる人もあれば、比喩的に解釈して人間への転生に限定するべきだとする人も出てきます。解釈に幅はありますが、基本的には霊魂の不滅と輪廻転生はギリシャ宗教思想の基調として受け継がれていきます。
イエスは青年時代にインド方面に修行に行っていた、という説も昔からよく聞く。
聖イッサ伝、表まとめ(『イエスの知られざる十七年』エリザベス・クレア著 立風書房)
グルーバー『イエスは仏教徒だった?―大いなる仮説とその検証』(同朋舎)
仏教との接点を探さなくても、ユダヤ教の流れの中で、「新約聖書」の中の輪廻転生は説明できる、とブライアン・ワイスはいう。彼の続作『前世療法2』から引用。
◆ブライアン・L・ワイス『前世療法2』(PHP研究所)
ユダヤ教では、ギルガルという輪廻転生の基本的な考え方が、何千年も前からありました。この考え方はユダヤ教の柱の一つでした。 1800年から1850年の間に近代化をはかり、科学志向の西欧社会に受け入れられようとして、東ヨーロッパのユダヤ人たちはこの考え方を捨ててしまいました。
しかし、輪廻転生の考え方は、この時まで、つまり約二世紀前までは、ユダヤ教の中心をなしていたのです。オーソドックス派とチャシディック派の人々の間では、輪廻転生の思想は今でも生きています。ユダヤの古典カバラは何千年も前に書かれていますが、あちこちで輪廻転生に触れています。ここ何世紀かでは最も偉大なユダヤ教の学者といわれているモシエ・カイム・ルザト師は、その著作 「神の道」 の中で、ギルガル(輪廻転生)について、次のように語っています。
「一つの魂は異なった肉体に何回も転生することができる。このようにして、前世でなした過ちを矯正することができる。同様に、前世で達成できなかったことをなし遂げることもできる」
キリスト教の歴史を調べてみると、紀元四世紀にコンスタンチヌス帝によってキリスト教がローマ帝国の国教となった時に、新約聖書にあった輪廻転生の記述が削除された、ということがわかりました。<中略>
さらに、紀元六世紀のコンスタンチノープルの宗教会議は、輪廻転生は異端であると公式に宣言しました。コンスタンチヌス帝と同様に、キリスト教会は輪廻転生の考え方は成長しつつある教会の力を弱め、土台を危くするのではないかと恐れました。前世があるという考えでは、救済される日まで時間がありすぎるからでした。信者に正しい行動をさせるためには、最後の審判という脅しが必要だと考えたのでした。
コンスタンチノープルの宗教会議以前の初期キリスト教時代には、オリゲン、アレキサンドラのクレメンテ、聖ジエロームなどの教会指導者は、輪廻転生を信じていました。十二世紀になって、イタリアと南フランスにいたカタリ派の人々は、輪廻転生を信じたために、異端として虐殺されました。
ほ〜う、聖ジェロームも輪廻転生を信じていたとは本当か。イタリアや南フランスのカタリ派は、「輪廻転生を信じた」ために虐殺された、と果たして言っていいものだろうか。
◆第1章 <カタリ派の特徴と教義上の概念>
【二元論】
カタリ派思想の根本にあり、「すべての存在を、拮抗する二方向に両断する視点」*1を持つ。例えば、善と悪、光と闇、魂と肉体、天と地など。また、新約聖書と旧約聖書、カタリ派側とローマ=カトリック教会も対置される。基本的に天(最終到達地)=善、地(現世)=悪として捉える。
【輪廻転生とカタリ派】
霊・魂・肉体の三要素から成る天使が堕天した際に、天界での肉体と霊は置き忘れられ、魂のみが悪魔の創った「忘却の衣服」(=地上に於ける肉体)に閉じ込められた。修行によって徳性を高め、天の霊との合一を成し遂げて初めて救済が得られるのだが、地上での十分な贖罪をしていない魂はすぐには帰天できない。現世をさまよい幾度とも知れず、他の人間や動物の体に転生するとされた。*5 しかし、これは絶対派の方にのみ見られる考え方である。
【崇拝の対象】*7
〔キリスト・十字架〕カタリ派にとってキリストは、人間に啓示を与えるための使者たる一天使にすぎず、神ではない。また神との一体性も無い。そして善たる天使が悪たる物質に転化される事などあり得ず、この世に現れたキリストは幻であったとされる(仮現説)。つまりキリストが現世で十字架刑を受けたという「現実」はなかったのである。たとえあったとしても、それは天使を侮辱する行為であり、その際に用いられた道具を崇拝することを彼らは忌避した。
「輪廻転生」もさることならが、キリストは「一天使」にすぎず、「神との一体性」もないそうなので、ときの教皇に弾圧される「異端児」の風格は十分だったことになる。
現代のキリスト教徒たちは、「ニューエイジ運動」などの影響で、輪廻思想になびいている人たちも少なからずいると思われるが、第2次大戦以前の敬虔なクリスチャンの場合はいかがだろうか。
◆「第六感」と「輪廻転生」を信じていたアメリカ陸軍の猛将パットン将軍
戦争映画『パットン大戦車軍団』で有名な、アメリカ陸軍の猛将ジョージ・パットン将軍は、そのいかめしい風貌に似ず、第二次世界大戦を戦ったアメリカの将軍の中で、「最も教養のある人物だった」と評されている。彼は、映画に描かれたように、詩人としての資質を持ち、毎晩聖書を読む敬虔なクリスチャンだった。
パットンは、1944年に書いた詩『鏡を通しておぼろげに』の中で、戦士だった自分のさまざまな前世を時代順に描いている。
最初、幻はぼんやりとしたものだった、と彼は述懐している。そして戦争の名も定かではなかった。しかし後には、よろいかぶとに身をかためたギリシアの装甲歩兵(古代ギリシアの重装備の歩兵)の鮮やかな幻が見えた。戦列がペルシアのキュロス王と向かいあったとき、彼はよろいを伝う金くさい汗や、じっとり湿った槍のなまなましい感触を味わったのである。彼はもう一度ギリシア人として、アレキサンダー大王と共にティルス(地中海に面した古代フェニキアの都市)の城壁にいたことがある。これに続く8節には、また別の戦士に生まれ変わった彼の姿がいくつか描写され、最後はナポレオンの陸軍元帥のミュラとともに馬を走らせている一将軍の姿で終わっている。
パットンはこの詩を「ふたたび私は戦士として生まれるだろう」と結んでいる。
■つぶやき:『前世療法』のブライアン・ワイスは、コロンビア大学を1966年に卒業しているが、輪廻転生の巫女(前世はアマテラス、ヒミコの大臣、推古天皇などを歴任)で知られる中丸薫は、1957年にコロンビア大学の2年生だから、もしかしたら、2人に「袖すり合うも他生の縁」があったかもしれないなぁ。 |
ユダヤ教
[ リスト ]






