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アリス・ベイリーの解説本を読んでいると「オーバー・シャドー」という概念があった。

スピリチュアリズムで霊媒に霊が乗り移るとき、霊媒の体は霊が乗っ取り霊媒は意識がなくなる。

霊媒に霊が乗り移って語っているとき、霊媒は意識がないので何が語られたか何が起きたか分かっていない。

交霊会が終わった後、霊媒はどういうことがあったか全然分からないらしい。

自分が何を語っていたのかを知らないそうだ。

神智学協会のブラヴァッキーは自身も以前は霊媒であったことがあったのだが、

降霊中、霊媒が無防備な状態であるのは大変危険な状態になるのでスピリチュアリズムに否定的だ。

もう一つ、スピリチュアリズムの霊中に降りてくる霊は

その人の真我ではなくアストラル体の抜け殻である事が多いそうだ。

人間はは肉体のほかに、肉体と全く同じ姿のダブルと言われるエーテル体と、

その他にアストラル体を持っている。

その他に経験の精髄を保存し転生輪廻する主体である真我がある。

真我が死後にエーテル体、アストラル体を抜け出すが

この抜け出したアストラル体の抜け殻はエネルギーを持っていて、

しばらくはその人と同様の意識を持ったように対応できるのだそうだ。

ちなみにエーテル体の抜け殻もエネルギーを持っていて幽霊のもとになったり

自然霊になったり、あるいは別の人のエーテル体に再利用されるそうだ。

ブラヴァッキーやシュタイナーの主張によるとスピリチュアリズムで降霊する霊は

その人の真我ではなくこのアストラル体の抜け殻、アストラル死体であることが多いそうだ。

ブラヴァッキーはスピリチュアリズムのなかでもスティントン・モーゼスの『霊訓』は

例外として真の霊が降霊して語ったものだとして評価している。

シュタイナーはアラン・カルデックの『霊の書』を真実のものと高く評価しているそうだ。

だから、一概にスピリシュアリズムは駄目というわけではないようです。

アリス・ベイリーは「オーバー・シャドー」ということを語っている。

普通の交霊会では交霊中は霊媒は意識がなくなるのであるが、

霊媒が正常な意識、理性を持ち降霊している霊が語ることも聞いている状態だ。

これには霊媒となるものに高い能力が必要である。

マイトレーヤのメッセージを伝えるというベンジャミン・クレームという人がいるが

この人はマイトレーヤがオーバーシャドーして語っていると何かで読んだ。

ちなみに、ベンジャミン・クレームはアリス・ベイリーの教えを学んだ人だそうだ。

だからオーバー・シャドーという言葉を用いている。


これでいうと、幸福の科学の霊言というのも

大川氏が霊が語るのをはっきりと意識して聞いているということなので

オーバーシャドーしているということになるだろう。

エマソンとニーチェ

昔、哲学者のニーチェ(1844-1900)の本を読んでいた時、

(たしかニーチェ全集の若いときの作品か、妹のエリザベートの書いた伝記か忘れたが、)

若い学生の時(ドイツでは学校はギムジアムと言うんだと思うが15、6歳くらいの頃だったと思う)

読書目録が書かれていたのだが、そこにエマソンの論文集を読んでいることが書かれていた。

ニーチェはエマソンを知って読んでいたのだ。

ニーチェの思想や文体からしてエマソンの影響があるのでないかと思っていたのだが、

エマソン研究者のリチャード・ジェルダート氏の本を読んでいた時、同様のことが書かれていた。


『エマソン入門』(日本教文社)

P18-P19

引用開始

 ここでしばし目を転じて、1840年代にエマソンが提示したこの間いが、

後世の思想家にどんな影響を与えたのかを見てみよう。

その本来の哲学的な立場からすれば意外かもしれないが、

フリードリッヒ・ニーチェはエマソンから強い影響を受け、

『道徳の系譜』(1887年)の序文で(意識的にかどうかはわからないが)このエマソンの問いを取り上げ、

後段で次のように問いかけている。

「私たちは自己というものを探したことがない -まだ探したこともないのに、

どうしてそれを見つけることができようか?」。

彼はこれに続けて、みずからこの間いに答え、20世紀の決定的に分断された自己を予告する。


   必然的に私たちは、自分自身にとって見知らぬ者でありつづけ、自分のことを理解せず、

  自分のなかで必ず自己の存在を誤解することになるのだが、

  それは「だれもが自己の存在から最も遠く離れている」という命題が、

  私たちにとって永遠に妥当なものであるからなのだ-自分という存在に関して、
  
  私たちは「認識者」ではない。


 今日では、私たちはただ「何も知らない」だけでなく、たとえ自己を知ろうと試みても、

その試みすら多くのものに圧殺されてしまう。洪水のように押し寄せてくる文化的な情報のなかで、

目を惹く選択肢のどれを選ぶべきかわからなくなっている。一歩身を引いて体験から自分を引き離し、

おのれを振り返る、またはかつてのように自分の判断力を回復しようと一息つく、ということができない。

精神的な規律でさえもこの流れの勢いを止めることはできず、

一日の終わりにはこの(たいていは電子的な)情報にすっかり侵食され、

人間はたんなる送信機やある種の中継局になり、

データを受け取ってはそれを(交換物として)他人に流すだけになってしまう。

際限のない情報への渇きを満たすための機械になり下がる。

残念ながら私たちは、生きていくための雑事に追われて、

「真の自己はどこにあるのか?」という問いの第二の局面に目を向ける機会に恵まれずにいる。

 この情況は深刻だ。エマソンは「魔神論」のなかで、自分が置かれている真の惰況を目にしたなら、

私たちは自殺を考えざるをえないだろうと言っている。

つまり「自分が置かれた情況」が自然な物事の秩序からあまりにもかけ離れているために、

真の自己を回復する望みなどすっかり消え失せてしまうと言うのだ。

ニーチェは、この絶望的な情況をかいま見たからこそ狂気に追いやられた。

たいていの人間がこの自己破滅的な情況から守られているのは、たいていの場合、

その人が真実を見るよりも眠ることのほうを選び、無意識のうちに事物の表面にとどまつているからだ。


引用終了

渡辺昇一氏の書にもニーチェについての言及があった。

『エマソン 運命を味方にする人生論』 P44

引用開始

 さらに後日、エマソンはハーヴァードの神学校でも講演しています。

そこで話されたことは、あとから考えると実に重要な内容を含んでいました。
 
エマソンはその講演でこういいました。

「人びとは神の啓示を、何か昔に与えられたもののように満足そうに語っている。

あたかも神が死んでしまったかのごとく過去の話として語っている」

「神は死んだ」といえば二ーチェを思い出します。エマソンは「死んだかのごとく」といっていますが、

二ーチェよりも何十年も前に、神の死について言及しているのです。これは驚きというほかありません。

 要するに、彼は従来の教会のいろいろなしきたりや形式をすべて壊そうとしたのです。

そこから自然に出てきた言葉が「Unchaurched Christianity(教会なきキリスト教)」だったのです。

 この思想が日本のインテリに大きな影響を及ぼしたことは冒頭で述べたとおりです。

エマソンは日本でいえばちょうど天保から明治にかけての時代を生きた人です。

当時、日本からアメリカに留学した人たちは、

牧師のコネを頼って主としてニューイングランドに行きました。

そのため、無教会主義に感化されて帰ってくる人が多かったのです。

彼らはエマソンの思想を肌で直に吸収してきたのです。

引用終了

追記
2016/11/8

『シュタイナー自伝 下』(西川隆範訳 アルテ)を読んでいると、ニーチェについての記述があった。

第18章 P20
引用開始
フォルスター=ニーチェ夫人は、ニーチェの書斎を整理するよう、私に求めた。
こうして、私は数週間をナウムブルクのニーチェ文書館で過ごすことになった。
その際、私はフリッツ・ケーゲルとも親密になった。
ニーチェが読んだ本を眼前にするのは、素晴らしい仕事だった。
それらの本が与える印象のなかに、彼の精神が生きていた。
エマーソンの本はあらゆるページに書き込みがしてあり、熟読の後が残っている。
ギュイヨーの著作も同様であった。激しい批判の書き込まれた本の数々があった。
多数の書き込みから、私は彼の理念の萌芽を解明できた。
引用終了

ニーチェは学生の時だけでなく、成人後、著作中もエマソンの書籍を熟読していたのである。

ユングの宇宙即我

幸福の科学では魂が体から抜け地球の上空を行き、地球を見渡せるようになること、

またその後、魂が宇宙に広がっていくことを宇宙即我の体験といいます。

以前、心理学者のユングの自伝を読んでいた時にそれらしき体験が書かれていた。

たしかユングが瞑想しているときであったと思うが(あるいは夢の中かも)

魂が体を抜けてインドの上空に行き、

上空からインド大陸を見渡したという体験が書かれていた。

これは後に人工衛星でインド大陸を写した写真とおなじ大きさで見えたので

その高さ、上空何メートルか忘れたが、

その高さまで魂が飛んで行っていたのだろうという話であった。


こうした話、地球を上空からみると青かったという話は

現代ならば人工衛星や宇宙船でわかるのだが、

そうした技術のなかった昔の人でもこうした話は語られるので、

こうした宇宙即我の体験をした人がときどきいたということであろう。

ユングは現代人としては珍しくそうした体験を書籍に残した。

ムー大陸

ムー大陸というとイギリス人のジェームズ・チャーチワード(1851 - 1936)が

書いた書籍が本になっています。



『失われたムー大陸』(英: The Lost Continent of Mu、1931年ニューヨークで出版)
『ムー大陸の子孫たち』(英: The Children of Mu、1931年)
『ムー大陸の聖なるシンボル』(英: The Sacred Symbols of Mu、1933年)
『ムー大陸の宇宙力』(英: Cosmic Forces of Mu、1934年)

wikipedia 「ムー大陸」より
彼は『失われたムー大陸』(1926年刊)等の一連の著作で、

太陽神の化身である帝王ラ・ムーを君主とした帝国が全土を支配し、

白人が支配者である超古代文明が繁栄していたが、

神の怒りを買い、一夜にして海底に沈没したと主張した。

と、幸福の科学でおなじみの大川氏の本体の前世のラ・ムーの起源はここにあるようです。

チャーチワードの本が出典のようだ。

神智学系の多くの書物において、

ムー大陸=レムリア大陸説が主張され、

その位置については太平洋にユーラシア大陸と同位の大陸が存在したと説かれる。

また、文明の指導者ラ・ムーについて言及され、

彼に従った人々は沈没滅亡を免れ、

日本人(及び極東)やネイティブ・アメリカンに繋がる祖先になったと説く

神智学系統の本でもムー大陸、ラ・ムーのことは説かれているのでしょうか?

だいぶ昔、チャートワードの『ムー大陸の子孫たち』をぱらっと見たことがありました。

日本人の起源はムー大陸で、

沈没前にムー大陸の王族や貴族など身分の高い人が渡って来た

と書いてあったように思います。

また、日本の日章旗の紋章ですが

あれもムー大陸の何か忘れたが紋章か旗が元になっていると

書かれていたように思います。


幸福の科学では何かの本で日本人の起源はムー大陸であるとか言っていたと思います。

それも、この『ムー大陸の子孫たち』で書かれていたことと同じではないですか。

チャートワードが昔語っていたということを書き添えてほしいですね。


2013.12.20 追加
ジェームズ・チャーチワードは1926年に『失われたムー大陸』を出版。
以後、1934年までに
『ムー大陸の子孫』『ムー大陸の聖シンボル』『ムー大陸の宇宙原動力』
『続・ムー大陸の宇宙原動力』を発表した。

1968年に旧・大陸書房から『失われたムー大陸』が出版された。
以後、『ムー大陸の子孫たち』『ムー大陸のシンボル』『ムー大陸の沈没』が出された。
訳者は小泉源太郎氏だ。
この翻訳は今風で言えば”超訳”にあたるかなりアレンジを加えた翻訳だそうだ。
この翻訳はかなり圧縮して翻訳されているそうだ。
また、記述を入れ替えたり、差別的表現の削除や言い換え、
原文にない解説的な加筆や訂正をほどこした箇所が頻繁に見られるそうだ。

原書では日本に言及されている箇所は少しだけだそうだ。
日本がムー文明の真髄を最もよく受け継いだ国とか、
日本人はムー人の最高の末裔とか
原書ではそこまではっきりと断言した箇所はないそうだ。
また、原書ではチャーチワードの日本(人)観はかなり噴飯ものだそうだ。

『失われたムー大陸』(小泉源太郎訳 角川春樹事務所 ボーダーランド文庫)の
南山宏氏の解説を参照
この本は1968年出版の『失われたムー大陸』の復刻版です。

上記の本の中で「ラ・ムー」の記述を探しました。

第2章 輝ける太陽の帝国のなかに記述はあった。

P59
人民は国王を選出し、”ラ”と称した。
なお国王は”ラ・ムー”と称されて、最高の神官、法王も兼任した
(『ラサ記録』その他)

P59
ラ・ムーは宗教上の最高神官で、天帝の代理者だった、
ラ・ムーは神の代理者である故に、
神として敬うことは禁じられ、このことは一般人民にもよく教え込まれていた
(『トロアノ古写本』)

P62
 王位継承者は、何世代も前から国民によって選び出され、選ばれた者は名前に”ラ”-
すなわち太陽の称号を冠される。この王位継承者は宗教上も最高の司祭、法王となる資格を持っている。
そして、やがて”ラ・ムー”となり、政治的、宗教的に最高の位置に立つことになる。

『トロアノ古写本』は大英博物館所蔵のユカタン半島の古代マヤ族によって記録された古記録。
『ラサ記録』はチベットの古記録。

2013.12.27 追加
『ムー大陸の子孫たち』の中で日本について述べられている箇所を調べた。

引用
『ムー大陸の子孫たち』(小泉源太郎訳、大陸書房 昭和61年新装版)
13章 生きているムーの末裔  P300 
謎の民族日本人の祖先
 日本-この国の民族の起源くらい、謎に包まれたものはない。
一般に日本人はモンゴル系だと思いこまれている。
しかし、白人と黒人とが相違するほど、日本人とモンゴル人とはちがっている。
彼らは、島国という条件もあって、
ムー大陸の民族の血を、かなり純粋に保ち続けている民族なのだ。
 ムー大陸の西方植民線の中に、マレー諸島に向ったキチェ・マヤの一団がある。
彼らはマレーに根をおろしたが、
その中から、なんらかの理由で北方の島々へと向った者たちがいる。
彼らは、狭いが住みよい陸地を見つげて、そこに植民地をつくった。
それが日本人の祖先である。
 日本人の神話を見ると、非常に南方系民族の、
特にマレーからインドネシアにかけての伝説に似ているものが多い。
そのことは日本人自身も認めていることである。
さらに、日本人は、古来、稲を常食としているが、稲作の起源は南方にある。
彼らの祖先がマレー諸島から北方の島々へと渡っていったのも、
この稲に原因があったのかもしれない。
稲作の適地を求めて、島から島へと伝い行くうちに、日本を見つけたのではなかろうか。
従って日本人は、その島に着いたときから、
高い文明一人類最初の大文明の所有者であった。
この文明の名残りは、現在生きている日本人の中にも流れ続けてきているはずだ。
 現在、日本人はあらゆる点で現代的であり、
地球上のあらゆる民族の中でも最も開けた民族の一つに数えられる。
しかし彼らは、自分たちの文明がこのように発達したのは、
近々五十年か六十年の間のことだと思っている。
それより前、たとえば百年前をふりかえってみよう。
そこには一万五千年前からのムー大陸の文明の残影を見ることができる。
 日本の古い王たちは、
自ら「日輪」を旗じるしとして太陽の子ームー帝国植民地の支配者たることを自認した。
 「強き航海者」たるマヤ族の子孫たちは、
この旗を立てて、東西へ、南北へと大洋を往来した。
現在、日本人が用いている「光線ある太陽の旗」が、
往時、太陽の帝国ムーの王朝の紋章楯に用いられた表象に由来することは、
一見して明らかである。
 日本人の伝説のうち、最も有名なのは岩窟の中に「かくされた太陽」の話だが、
これは南方の諸島の住民たちが言い伝えている伝説と共通しているとともに、
キチェ.マヤの東方植民線に属する中南米の伝説とも話の本筋において一致している。
そのほか、日本人の宗教観、風俗習慣の中に
ムー大陸の文明との関連は、非常に数多く見られるが、
それらも彼ら自身によって次第に忘れられていこうとしている。
キチェ・マヤ族とアイマラ族によって建設され、
キチェ・マヤ系の言葉が公用語として用いられたインカ帝国の言葉が、
日本語と非常に似ていることはいうまでもない。
日本語の四十八パーセントまでがキチェ・マヤ系だということができる。
上智大学名誉教授の渡部昇一氏は1930年生まれなので今年で83歳になる。

多数の著作を出しておられるがテレビには全然出てられない。

昔、多分30年くらい前に毎日曜日に竹村健一氏がやっている番組があった。

多分、『世相講談』というタイトルであったと思う。

毎回、ゲストを招いて対談をしていたのだが、月に一度は毎回決まった四人と会談していた。

それは、渡部昇一氏、堺屋太一氏、牛尾次郎氏、石原慎太郎氏だ。

その時は渡部氏は明るくてヘラヘラした感じでそんなえらい学者であると思わなかった。

竹村健一氏の本を読んだとき、はっきりと名前は書いてなかったが

渡部氏が日本で一番優秀な学者であると思っているように書かれていた。

その渡部氏であるが『眠りながら成功する』などのジョセフ・マーフィーの紹介や翻訳をしている。

渡部氏が日本で最初にジョセフ・マーフィーの『眠りながら成功する』を翻訳をした。

しかし、その時はペンネームで大島淳一という名前を用いていた。

これは以前、渡部氏のWEBの中にそういうことが書かれていたので知ったのだ。

斎藤一人という納税額番付で良くのり、多数の本を書いている人がいる。

このひとは大島淳一訳のマーフィーの本をいつも持ち歩いていて人に分け与えていたそうだ。

ツイているとか、よくなるとかそういう内容の本を書いていると思うがマーフィーの影響があったようだ。

マーフィーはディバイン・サイエンスというニューソート系のキリスト教の牧師をしている。

メアリー・ベーカー・エディ婦人が1879年に「クリスチャン・サイエンス」を設立したが、

その弟子にエマ・カーチス・ホプキンズという女性の方がいる。

この方がクリスチャン・サイエンスの講師をしたり、教会ではなくニューソート系の学校を開いたのだが、

その教え子の中にディバイン・サイエンスの共同発起人がいる。

というわけでマーフィーはクリスチャン・サイエンス的なニューソート系のキリスト教会の牧師であったわけだ。

『眠りながら成功する』はタイトルは安易な感じであるが内容は本格的である。

多分、ニューソート系の本では一番優れているのではないか。

大川隆法氏は若いころから渡部氏を尊敬し本を読んでいたわけであるが、

大島淳一が渡部昇一であるとは最近まで明かされていなかったようなので知らなかったであろう。


以前、幸福の科学の高橋信次の霊言ではマーフィーを裏側のように言っていたと思う。

しかし現在では幸福の科学では精舎でマーフィーの公案や研修を行っていたようだ。

カーネギーやフォード、ナポレオン・ヒルの研修や公案などもやっているようなので

幸福の科学もどっぷりとニューソート的だ。

実際に行ったことがないのでどのような内容かは知りませんが......。


渡部氏が最近、渡部昇一の名を使ってマーフィーの解説の冊子を出していた。


また、渡部氏は最近エマソンの解説の本も出していたのだが、

マーフィーの本を読むとエマソンを大変尊敬して本に引用があるので

渡部氏もその影響があってかエマソンを読んでいたのではないか。


ただ、エマソンについては論理が丁寧で無く読んでも何を言っているのか分からないと書かれていた。

私も「自己信頼」など一部のエッセーは読めるのだが、多くのエッセーは何を言っているか分からないので

渡部氏でもそう言うくらいなのだからと、同意を得た感じで痛快であった。

渡部氏はこの本でエマソンを無教会の人という風に書いていたが、

エマソンは無教会というほどキリスト教に根差した主張をしているわけではないので違うと思うのだが。

エマソンはもともと正統的キリスト教としては異端のユニテリアンで、

それでもそのユニテリアンからはみ出た人ではあるが。無教会と言うのかな?


ちなみにこの本の内容はエマソンの思想や生涯の簡単な解説と、

「自己信頼」の章句を引用して、それについていろいろな例を挙げて解説しています。

少し冗長気味だ。

メインは長い2章目の「自己信頼」の章句を引用した解説だが、

私としては1章目のエマソンの思想や生涯の解説の方がためになった。

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