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『太陽の法』は幸福の科学の一番の基本書です。 初版は1987年に出版された。 1994年に内容を改訂し、また改題も行い『新・太陽の法』として出版された。 1997年にこの本を内容が同じながら、また改題し『新・太陽の法』を『太陽の法』と元の題名に戻し出版された。 巻末に『新・太陽の法』を改題したものであると明記されている。 この『太陽の法』が現在も用いられている『太陽の法』である。 「第四章 悟りの極致 9 初夏の悟り(2) −入寂」の節では 釈迦入寂の時の内心の思いが記述されている。 その中で弟子達に対しての感謝の思いなどが記述されている。 対象となる弟子は下記のとおりである。 1987年版 ↓ 舎利仏 ヤサ アナン ウパリ ミロク菩薩 1994年版。 ↓ 舎利仏(しゃりほつ) 大目連(だいもくれん) 摩訶迦旃延(まかかせんねん) 須菩提(しゅぼだい) 阿那律(あなりつ) 富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし) 摩訶迦葉(まかかしょう) 優波離(うぱり) 羅?羅(らごら) 耆婆(ぎば) 文殊(もんじゅ) 記述が無くなった人 ↓ ヤサ アナン ミロク菩薩 記述が追加された人 ↓ 大目連(だいもくれん) 摩訶迦旃延(まかかせんねん) 須菩提(しゅぼだい) 阿那律(あなりつ) 富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし) 摩訶迦葉(まかかしょう) 羅?羅(らごら) 耆婆(ぎば) 文殊(もんじゅ) 共にあり記述内容がほとんど同じ人 ↓ 舎利仏(しゃりほつ) 共にあるが記述内容がかなり変わった人 ↓ 優波離(うぱり) 優波離(うぱり)は1987年版では下記のように書かれている。 「来世、東の国に生まれて、法華経の行者となるが、そのときには、他宗の排撃をあまりやりすぎちゃいかんぞ」 これは明らかに日蓮上人であるように書かれている。 ついでに言うと,学問上では法華経自体は後世、 BC50年からBC150年の間に成立したと推定されています。 つまり釈尊の入滅時にはまだ法華経という経典はなかったのです。 存在しなかった経典の行者になると予言しているということです。 1994年版ではこの法華経の行者についての記述は削除されている。 面白いのがミロク菩薩だ。 1987年版では下記のように書かれている。 「来世で、私が東の国にうまれかわるときには、おまえも、同時代でうまれかわることになっている。 しかし、おまえは、私よりさきに生まれて、どうやら、私の露払いをやってくれるようだ。 私が東の国にうまれかわるということを、おまえはお経のなかに遺しておきなさい」 これは誰か特定の人を意識したようになっている。 ある人は、新興宗教GLAの創始者・高橋信次氏の長女で 二代目の現主宰者・高橋佳子氏を想定したものと書いている。 2018年6月 追加 種村氏のブログ『真実を語る』によれば、昔は弥勒菩薩は高橋新次氏の妻と言っていたそうだ。 http://tanemura1956.blogspot.com/2012/10/blog-post_26.html しかし現時点の設定では、ミロク菩薩はHSの若い女性職員となっている 当時はミロク菩薩は高橋信次の妻ということだった 追加終了 また、ミロク菩薩は釈迦在世時にいた実在の人物ではないはずです。 弥勒菩薩に対する信仰や経典は後世にできたのです。杜撰な。 2014.1.29 追記 下記のリンクの記事にも書きましたが、弥勒菩薩とは古代の宗教のミトラ教の神、ミトラのことだそうです。 これはミトラ教の最高の神ミトラのことです。 ミトラ教は古代ローマではキリスト教と二分するほど広まった宗教です。 とても露払いとして生まれてくるような存在ではないのです。 詳しくはこのブログの下記のリンク先の記事の弥勒菩薩についての箇所を読んでください。 ヒンドゥー教と仏教-3 次に1987年版には記述がなかった文殊である。 1994年版では下記のように書かれている。 第四章 悟りの極致 9 釈迦の悟り(2)-入寂 P229 「 最後に、文殊(マンジュシュリー)よ、文殊よ、お前に伝えたいことがある。 お前の智慧は、本当に利剣のように鋭かった。 おまえは十代弟子たちが、外道との論戦や、心得違いの在家信者たちの追及にたじたじとなっていた時にも、 ひるまずに切り込んでいって、釈迦教団の名誉を守った。 お前は、魂の本来の霊格である龍種如来の姿を隠して、年若い菩薩の姿に徹した。 私亡き後は、象に乗って、男装の麗人の姿をとって、故郷の南インドに還るがよい。 そこで弟子を養成して私の教えを弘めるのだ。 後世、おまえが大乗仏教の祖といわれるようになるだろう。 そして、東の国に私が再誕する時には、わが妻となるべく生まれ変わるがよい。 」 「東の国に私が最誕する時には、わが妻となるべく生まれ変わるがよい」 「男装の麗人」と女性であるように書かれている。 「故郷の南インド」に還って弟子を養成して教えを弘めろ。 「後世、おまえが大乗仏教の祖といわれるようになるだろう」 つまり、釈迦生存時の実在の人物で南インド出身の女性で、 後に南インドに還って大乗仏教を起こしたというように書かれている。 「東の国に私が再誕する時には、わが妻となるべく生まれ変わるがよい。」 明らかにきょう子氏の前世が文殊菩薩であるような記述だ。 きょう子氏については1994年版の別の箇所では下記のように書かれている。 第6章 エル・カンターレへの道 12 我を信じ、集い来よ p368 「
また私自身も、88年春には、東大の英文科を卒業したばかりの、きょう子を妻として迎え、
家庭が安定することによって、一層仕事に専念することができるようになりました。この結婚は、多くの人々の祝福をえ、会の大発展の基礎となりました。 また妻とは、アトランティスの時代にも、古代インカ帝国の時代にも、ギリシャの時代にも、 夫婦の縁で結ばれていたことが判明しました。 」 と書かれている。 ちなみに大川隆法氏と元妻の大川きょう子氏は1988年に結婚しました。 そして2012年の末に離婚しました。 結婚してからの後付けですね。 ちなみにこの『太陽の法』は2011年1月に改訂されて、 この文殊菩薩の記述は当然ながら削除されました。 今までは、この文殊菩薩、ヘレン・ケラー、アフロディーテなどが 大川きょう子氏の過去世と言われていた。 今では、大川きょう子しの過去世はキリストを裏切ったユダとか女修行者、 ヘレン・ケラーの助手のような人?、 何人かいるうちの一人のアフロディーテ?など色々と言われているようだ。 また、最近では次男の真樹氏が文殊菩薩だと言っているそうだ。 そして、この真樹氏方が中国天台宗の宗祖の天台大師だそうだ。 では、1994年版の『新・太陽の法』にあった 「東の国に私が再誕する時には、わが妻となるべく生まれ変わるがよい」は 何だったのでしょうか? どとらかが嘘は確定です。 極めて混乱している。 なんでも、きょう子氏が自分で文殊菩薩であると言っていたらしい。 妻の言うことを詮索するのは失礼なので、 きょう子の過去世リーディングを行わず言うことをそのまま受け入れたとか。 総裁の近くにいた脱退会員の話によると 総裁がきょう子氏が文殊菩薩であるとは直接言ったことはないそうだ。 とにかく、『太陽の法』ではきょう子の発言に合わせて記述されたとか。 て、そんなんで記述してもいいのか、と言う感じだ。 大乗仏教経典の『維摩経』には病気になった維摩詰に対して見舞いをするように、 釈迦が十大弟子や弥勒菩薩や文殊菩薩に命じているそうだ。 『法華経』にも文殊菩薩や弥勒菩薩が出てくるそうだ。 大乗仏教が釈迦滅後400年か,500年後に発生したというのを当時知らなかったそうだから、 大乗仏教経典が後世の作り物であると知らなかったのだ。 このことから弥勒菩薩や文殊菩薩が実在の人物であると思ったのだろう。 霊能力がないではないか。よくこんな話を作り上げるなと思いますよ。 なんだかなと思います。 もう、一年くらい前の話になるのでコメント、論評はいろいろと出ているでしょう。 私はあまりに著作物などが多いので流れについていけない。 いずれ『太陽の法』の改訂は必至ですな。 追記 2012.10.28 引用 「 (『舎利弗の真実に迫る』P83からの引用) 「また、初期のころ、文殊菩薩としてスタートした方(元妻・大川きょう子)もいます。 そのころは、『大乗仏教は、釈迦滅後、四、五百年後くらいを中心に起きてきたものであり、釈迦の時代とは時差がだいぶある』 ということに関する知識が十分ではありませんでした。」 」 また、『舎利弗の真実に迫る』の続きの所では、 前述の『新・太陽の法』第4章悟りの極致で書かれている 文殊菩薩のことについて述べられています。 それによると、文殊菩薩と自称する人(妻の大川きょう子氏のこと)に言われて、 この文殊菩薩についての記述を付け加えたそうです。 『新・太陽の法』(1994)のまえがきには 「この新著を刊行するにあたっては、数十時間にわたって、徹底的な霊界検証を行い、 新しく発見した事実に基づいて、大幅に書き直した。」とあります。 しかし、このように霊界検証などしていなくて、 人の依頼によりでっち上げたことを付け加えたのがあるのです。 しかも、佛教の研究により、 釈尊在世時はまだ大乗仏教が起こっていないことが明らかになっています。 仏陀であり、霊能力があり 、過去を見通せるのならその当時大乗仏教が起こっていたか分かりそうなものなのに 分からないということは霊能力はないということでしょう。 少なくとも、「徹底的な霊界検証」に一部でも嘘があったことは認めています。 それだけでなく、仏教のことについていろいろと語っていながら 大乗仏教がいつ起こったかという基本的な仏教の知識がなかったようです。 大川氏だけでなくきょう子氏もこの知識がなかったようです。 これは私が推測で言っているのではなく、 『舎利弗の真実に迫る』で大川氏本人が語っていることにより明らかになることです。 なんと杜撰なことかと呆れてしまいます。よくこんなので出版したものです。 他の書籍も注意して読まなければいけないか、そもそも読んでられません。 ちなみにこの『太陽の法』は2011年1月に改訂されて、 この文殊菩薩の記述は当然ながら削除されました。 『黄金の法』も2011年1月に第四版が出版されました。 こちらはどの辺りが改訂されたのかわかりません。 |
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2011年11月07日
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引用開始 827 名前:ファルコン ◆ejUolgR5L2 [] 投稿日:2006/04/09(日) 12:06:01 ID:h5Nyp7um IAOO.幸福の科学さん >>593 何と表現して良いのやら・・・・チェレンコフ光を・・・・・ 古い会員の方はご存知でしょうが、90年以降の幸福の科学信者諸氏のために。 IAOO.幸福の科学さんが>>597等で書かれている「神智学大要」は大川が最初期質疑応答(まだ旧版の太陽の法も出版されていない頃)で 参考書籍として名前を挙げていたものです。幸福の科学本以外で、参考書として読むものは・・・との質問に大川が答えていました。 大川(とゴーストライター)は、神智学大要等の書籍を参考に 書いていたのは間違いありません。 少なくとも、本人は推奨本として挙げていますからね。古代文明やアトランティスの話を、かなりここから引っ張っています。 高級霊の名称とかもね。 だから、幸福の科学信者が神智学を否定するのは、自分の親や祖父さんを否定するようなもんなんですよ。 それ否定しちゃったら、自分が存在しないだろう、と。 引用終了 『神智学大要』はH・P・ブラヴァツキー『シークレット・ドクトリン』を基に、 アニー・ベサントなどの著作を編集して神智学の精髄を解説し、 その理論を体系的にまとめ上げた、神智学研究の記念碑的名著だそうです。 H・P・ブラヴァツキー(1831-1891)の書いた『シークレット・ドクトリン』は1888年に出版された。 この本やアニー・ベサントやリードビーターなどの著書を基に編纂されたこの『神智学大要』は1925〜1930年に書かれました。 日本語訳で全5巻で2,3,4,5巻は上下の二分冊になっているため全部で9巻になります。 ページ数は合計すると3000ページくらいです。 もともとオリジナルの本は各巻は別の本として出版されていました。 内容的に同じシリーズの本なので、日本では出版するに当たり『神智学大要』との書名にして出版されています。 第1巻 エーテル体 第2巻 アストラル体 第3巻 メンタル体 第4巻 コーザル体 第5巻 太陽系 『神智学大要』といえば新興宗教の元ネタになっているということで有名なようです。 目次を見ているだけでもオカルト的な項目が網羅されております。 『ゾロアスターとマイトレーヤーの降臨』(大川隆法著,2011年刊)では ブラヴァッキーは9次元霊のマイトレーヤだということです。 総裁はあまり神智学のことについては詳しく言及されていなかったが、 最初期は参考書として挙げられていたのですね。 ということは総裁自体がそうとう詳しく読み込んでいたと言うことです。 元神智学協会会員で後に脱退し人智学協会を設立したルドルフ・シュタイナーについても 『フランクリー・スピーキング』(大川隆法著,1993年刊)の中で渡辺昇一氏に対して シュタイナーの本はだいたい読んでいると言われていた。 第2部 「霊的生活」と「知的生活」 (1991年度の対談)181ページ 「ええ、だいたい読んでいますけれども、難しいですね。難しいし、あまりハートのほうにはこないですね。 頭のいい人なのかもしれないのですが、ちょっと知的というか哲学的ですね」 『ゾロアスターとマイトレーヤーの降臨』(2011年刊)では高橋信次自体が神智学協会会員かなんかで かなり神智学を勉強していたということが言われている。 そのためにGLAも神智学の影響をかなり受けているそうだ。 オカルト的な面で言うと幸福の科学は 神智学や人智学ほど霊的な面には詳細ではないように思える。 そのかわり実用的、実際的な面が相当多い。 この面は神智学や人智学には無いところであろう。 神智学や人智学(シュタイナーの思想のことをいう)は霊的な研究そのものと言う感じがする。 |
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