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日本に広まった仏教は大乗仏教と密教の一部である。
ところで明治以後、西洋の研究成果が伝わり、
大乗仏教は釈尊が直接語った経典ではなく
後世作られた偽典であることが分かった。
日本で広まっている仏教はほとんど大乗仏教であるからこの衝撃は大きかったであろう。
いや、現在でもその衝撃から逃れていないと思う。
大学の宗教や仏教の講義でも大乗仏教は
後世、釈迦入滅後五百年後ぐらいから作られた経典であることを教えている。
これは宗門の大学でもそうなのだ。
日本では大乗仏教は後世作られた経典であることを教えている。
ということは日本で正式に僧侶になる人は学校での教育により
大乗経典は非仏説、釈尊が直接語ったものでないことを知っている。
これに対して新興宗教では大乗経典でも釈尊の直説であるように語っているようだ。
日本の新興宗教といえば日蓮系の団体が多いが、
日蓮系の団体が依拠している経典は『法華経』だ。
『法華経』は釈迦入滅後500年くらいに作成された経典であるといわれている。
ところがある宗教団体の代表の方の本を読んでいると
釈尊の直説であるように書かれていた。
正式なお坊さんは学校での勉強により大乗非仏説ということを知っているが
それを直接信徒の方にいうことはないようだ。
そんなことをすれば、その宗派の権威というのが持たないだろう。
ある真言宗の僧侶の本を読んでいると
「
大乗経典、密教典は釈尊の直説ではないが
そういうことは聞かれもしないのに在家の方に話すことはありません
」
と書いていた。
大乗仏教は何時出来たのか。
以前言われていた説は下記の通り。
お釈迦様のお骨は出家僧侶にとって敬う対象ではなかったが
在家信者にとっては価値のあるものでありそのお骨を納めたストゥーパ、塔を建てた。
そして塔を守ったり、功徳を求めて在家信者が塔にお参りに行ったりした。
そうした塔を守っている在家信者の中から大乗仏教が生まれたというものだ。
それは、釈尊の教えの中から文字に残されていないものが伝わり発展したものや、
あるいは霊的な経験をして霊示を受けて教えを受けたりしたり、
あるいは塔を守っている中で教えを作っていったというものだ。
また、それにプラスしてヒンドゥー教の影響がある。
仏教はアショカ王のとき保護され各地に広まっていった。
そのとき、在来のバラモン教は当然廃れていったが
このとき民衆の支持を得るために
被支配民族のドラヴィタ族や各地の神や神話、習俗を受け入れて
大衆化してヒンドゥー教となっていった。
このヒンドゥー教が一般人の支持を得て仏教の対立勢力となっていったというのだ。
この対抗勢力のヒンドゥー教が仏教のライバルとなり、また影響を与えていったのだ。
ところで大乗仏教は仏陀の直説ではなく創作であるといわれる。
そして、そうした創作は、
戒律により僧侶がそのように釈尊が語ったという嘘をつくことを禁じているため
これは正式な僧侶ではなく在家の人、
あるいは僧侶を辞めて還俗した人が行なった行為であろうとされる。
初期の小乗仏教では現れなかった仏菩薩が大乗経典に沢山現れる。
この神や仏・菩薩はヒンドゥー教の神をモデルにして出来たそうだ。
たとえば観音菩薩はヴィシュヌ神をモデルにしているそうである。
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2013年12月28日
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