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9月19日早朝、友が逝きました。半年の闘病でした。昨年の高齢者再雇用闘争全面勝利から一年半しか経っていません。障害者の仲間や周りのみんなをいつも楽しませる小鳥から宇宙までの彼の「うんちく」は本物です。大型オートパイを乗りこなすダンデイでした。台風の中、伊豆半島でキャンプをし、テントが飛ばされ、避難した山小屋の中でサンマを焼いての酒盛りはまるで昨日のことのようです。61歳は若すぎます。20日のお通夜では彼の大好きだった小椋佳「さらば青春」がながされました。 昨年の闘いの時に友人に送った彼のメールです。
「私はこうありたい、こうしたいと、いつも忘れないようにすることが、大切と思っています。 自分の進む方向は自分で決める。そのためにどうするか。私は、あまり世間体とか他人の目とかは気にしない方向できたように思う。 人の意見を聞かないことで、損をしたことがあるのかもしれない。しかし自分は自分であり、自分はこれが正しいと思ったこと、しかやらなかった。 その結果の自分がいる、それでいいじゃないかと。 人生やっと六十年。これからあと二十年は生きる。 途中で健康を阻害して倒れるかもしれないが、でも逃げないつもり。最善の判断で、基準でやろうとしていることは絶対に間違っていない。 本はできるだけ読んできたし、これからも読んでいくつもり。人生を謳歌しなくっちゃ。それには、私は『考える葦』でありたい。」 |
考えたこと
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お疲れ様です、これからもっと人生を楽しもうという矢先に・・・
どんなに無念さや、無常さを感じながらいってしまったと思うと・・・今となってはもっと田中さんと、もっと、もっと・・・反省ばかり思い返し見送ったのですが、残念だけでは語れない感じです。
2007/9/21(金) 午後 10:43 [ ぴ〜きょろ ]
素敵な人でした。バイクに革ジャン姿で若々しく、優しい笑顔で、話好きで、小鳥を愛で…そんな田中さんワールドが大好きでした。田中さんも田中さんが残してくれた宝物のような言葉もいつまでも心の中で生き続けます・・・
2007/9/23(日) 午後 0:42 [ komiki ]
昨年の高齢者再雇用闘争の勝利は画期的な闘いでした。
今年から、全国で60歳を利用し再雇用制度を悪用する事実上の労組員・レッドパージ、障害者パージ、病者パージ、女性パージが始まっています。だからこそ意義ある勝利でした。
田中さんの勝利は、週刊金曜日でも赤旗でも取り上げられました。
田中さんの決起がなければこの勝利も存在しませんでした。心からの
お悔やみを支部・東部のみなさんとご家族に申し上げます。
2007/9/24(月) 午後 8:57 [ 地域の友人 ]
みなさんの辛さが伝わってきます。
素敵な方ですね。一度お会いしたかったです。
みなさん元気をだして下さい。
2007/9/24(月) 午後 9:05 [ ちろろ ]
みなさんありがとうございます。
気持ちはみなさんと同じです。
悲しみを力に変えて頑張ります。
2007/9/24(月) 午後 9:08 [ jan*al*1*18 ]
大切な友人を亡くされて,悲しみにくれている事と思います。田中さんにお会いした事はなかったけれど,きっと素敵な方だったのでしょうね。私達も、もしもの覚悟をして,精一杯生きていきたいですね。
(バッハのオルガン曲をBGMにして,捧げます。)
2007/9/24(月) 午後 11:44 [ 花茨 ]
花茨さんへ
バッハは彼が大好きなものの一つでした。
2007/9/25(火) 午前 5:32 [ jan*al*1*18 ]
これからは時間とやりたい事とのおいかけっこです。本当にやりたい事を我がままに優先順位どうりにやりましょう。私の周りは、やってるじゃんと言うのですが。
2007/10/2(火) 午後 9:27 [ ittetyunobaba ]