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映画 ぜんぶ、フィデルのせい http://fidel.jp/ 1970年、チリではじめての労働者・民衆のアジェンデ政権が選挙で実 現した時、喜びのシーンで歌われるのが「ベンセレーモス」だ。しかし、 この3年後の「9.11」、アメリカの求めに応じた憎むべきピノチェト の大巻き返し・大虐殺クーデター。大きな敵も小さな敵も必ず巻き返して くる。肝に銘じたい。しかし、最後の最後には民衆が勝利するのも、また 歴史の真実だ。ベンセレーモス! (映画の中でスペインのヒットラーの盟友ファシストフランコ政権は197 5年まで続いたことが出てきます。そしてベトナム戦争勝利も同じ年。そ して、この年から始まった世界的「大巻き返し」の象徴がイギリスのサッチャー登場です。日本でも11月のスト権ストの敗北が。ちなみに大久保 闘争のスタートの教会ろう城闘争もこの1975年です。) **** ?H1>闘いの歌 我々は勝利する! 「ベンセレーモス(我々は勝利する)」ビクトリ・ハラ http://www.youtube.com/watch?v=Hj7VlmS1Rz0 http://www.youtube.com/watch?v=BVlNB_7HqbI エル・プエブロ・ウニード・ハマ・セラ・ベンシード!(人々は団結して 勝利しよう)」 「不屈の民」キラバジョン http://www.youtube.com/watch?v=4ibI4EPZz2k http://www.youtube.com/watch?v=KRH0uYgK2QQ ************** 1973年9月11日! アメリカ海軍艦隊がチリ近海に展開する中、そのアメリカの求めに応じた 陸軍総司令官のピノチェト将軍がクーデターを起こす。はじめて選挙で選 ばれた社会主義アジェンデ政権の主要人物がアジェンをはじめ次々と暗殺 され、最終的には推定で10万人以上の市民が虐殺された。1990年まで ピノチェト政権を支えた続けたのはアメリカだった。(日本では民社党が 真っ先に支持を表明。派遣調査団の団長を務めた塚本三郎はクーデターを 「天の声」と賛美した。民社党支持の労働組合は「同盟」。今ならさしず め「ゼンセン同盟」か。作家曽野綾子はピノチェトを救世主と誉め称えた。)。 ピノチェトの軍事クーデター後、チリでは多くの人々が弾圧された。逮 捕され、チリ・スタジアムに収容された市民は実に5000人を数えた。その 中にビクトル・ハラもいた。彼はギターを弾き、力強い歌声で市民を鼓舞 した。ギターを取り上げられると、彼は手拍子で歌い続けた。兵士は彼の 両手を銃床で叩き潰し、40発の銃弾を打ち込んだ。享年41歳。チリ・スタ ジアムは民政復帰後、「ビクトル・ハラ・スタジアム」と改められた。最 後に歌ったのは「ベンセレーモス(われわれは勝利する)」で、彼が作曲 したもの。 「te recuerdoアマンダ-」ビクトル・ハラ自身の動画 http://www.youtube.com/watch?v=ONIZuiUKPII 「耕す者への祈り」ビクトル・ハラ http://www.youtube.com/watch?v=UplDxPhxLqE 「チェ」ビクトル・ハラ http://www.youtube.com/watch?v=7beUY6CufA4&feature=related# |
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観たい映画ですね。最近カストロ議長が引退のようですが、個人的にも興味を持ち続けている一人です。聞いてみたいことがいっぱいあるかも。カストロ議長の映画は聞いてみたい質問はほどんどなっかのが残念でしたが、
経済大国アメリカに圧力をかけられても立派に存続させたことは凄いの一言と思う。
南米は勇気ずけられるよな〜。
2008/2/27(水) 午後 9:21 [ nikotama1789 ]
チリの軍事クーデターは五木寛之の小説で読んで以来、時々思い出していました。映画になったんですね。くり返しくり返し思い出し続けたいですね。チリは1990年に民生復帰したんですか。それにしても、1975年はすごい年でした。映画はぜひみたいです。
2008/3/2(日) 午後 0:00 [ 花茨 ]
ビクトル・ハラのCDがやっと手元に届きました。
転載させてくださいね。
2012/11/6(火) 午前 10:05 [ 星の歌 ]