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11月14日、葛飾区シンフォニー4階ラベンダーで、この9月1日に亡くなった東部労組前委員長の沢村鉄雄さんを偲ぶ会が開催されました。 寄せられた東部労組初代委員長足立実さんからの弔辞を紹介します。 弔辞 沢村鉄雄さん。君はわたしにとって東部労組結成いらい正副委員長を17年間もともにした同志であり、かけがえのない相棒でした。 いま君を思い出すとき、労働者の意見をうなずきながら丁寧に聞く君の笑顔が目に浮かぶ。もう会えないと思うと、やり切れない気持ちになる。 君はたたき上げの機械組立仕上げ工で、この仕事がとても好きだった。 東部労組の原点になったケーテー製作所の非公然組合の組織化は君が指導した。公然化するとき、わたしの家にきて「援助してほしい」とたのまれた。二人はケーテー製作所の労働者とともに約一年間激烈な争議に没頭した。 この時の経験が「搾取と抑圧が存在するかぎり労働者はかならず立ち上がり、敢然と戦う」「階級理論は労働者の強力な思想的武器になる」という共通の確信を二人に焼きつけ、東部労組結成へと進んだ。 君はその後参加した仲間を育てながら倦むことなく大衆工作にうちこみ、数多くの未組織の職場に組合を結成し東部労組の建設に大きな貢献をされた。大久保製壜もはじめ君が関係をつくり、教会籠城のときは稼業を放って張りついて指導し、21年9か月の大争議の端緒をつくった。 君はやさしいだけの人ではなかった。三里塚空港反対闘争では地域諸団体の代表として指揮をとった。ロッキード疑獄では組合員の先頭に立って慈恵医大青戸病院に隠れた佐々木元運輸相を病室前まで押しかけて糾弾した。大久保製壜覚醒剤謀略事件では直ちに組合員を率いて深夜本田警察署に抗議し長崎君の釈放を要求した。 君はわたしのあと5年間委員長を担当し、その後は葛飾支部や21労働者大学の活動に参加し、争議支援や政治闘争にかけつけ、誠実に生涯現役をつらぬいた。 沢村さん。君との別れは大きい悲しみです。しかし、君がよく言ったように「敵の攻撃は待ってくれない」。そして世界資本主義は、「百年に一度の危機」と言われ、激しい階級闘争の前夜にある。われわれは君の遺志を受け継いで戦う。 労働者が主人公の社会を実現するという君の理想と革命的気概、階級的労働組合建設にたいする情熱、温和で誠心誠意労働者に奉仕する作風にまなび、君が愛してやまなかった東部労組の発展と日本人民の勝利のために奮闘することを誓う。 親愛なる相棒よ、おせわになりました。ありがとうございました。 足立 実 |
大久保製壜闘争
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心にずんと来る、すばらしい弔辞ですね。沢村さんの一生がすばらしかったということですね。「百年に1度の危機」を労働者のチャンスに変えたいですね。
2008/11/18(火) 午後 7:43 [ 花茨 ]