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御用組合といわれている労組のほとんどはこのやり方で労使間の矛盾を表面的に「解決」している。 つまり、労働者や組合員自身の立ち上がりや闘い、すなわち大衆運動・闘争で労働者にかけられた苦しみや差別を労働者自身のたちあがりで解決しようとせずに、労働組合の委員長らのボスが、労働者の代わりに会社と交渉して「解決」する。「解決」の本当の基準は、労働者の不満をいかに黙らせるか、一時的に誤魔化すかである。 つまり、労働者をいかに立ち上がらせないか、あきらめさせるかがその本質である。 最初からボス交渉で解決する場合と組合員の怒りが爆発した後であわててボス交渉をいれて組合員の怒りの爆発がそれ以上拡大しないような「折衷案」で抑え込もうとする。 <代行主義> 「善意」のボス交というべき代行主義がある。 代行、すなわち労働者や組合員の代わりに労組役員や専従オルグスタッフが会社側と交渉してしまう。 団体交渉の場でも当該・当事者に発言させず、ほとんど役員や専従が発言する。本人のいない交渉すら行う。 こちらはむしろ真面目な役員や専従が陥りやすい。 仲間自身の立ち上がりや闘いで解決をめざすのでなく、役員個人の力量や手練手管や話術に頼って解決してしまおうとする。 あるいは、「支援」の力にのみ頼って、外部の力だけで勝利しようする。 肝心の労働者・当該を見物席に追いやってしまう。 要求が実現しても、これではまるで上から与えられたようなものだ。 こうなると労働運動というよりは、専従の請負・ボランティアと言ったほうが正確である。 いずれも、専従オルグなどの思い上がりであり、労働者や組合員自身の力を信じない大衆蔑視が根底にある。 労働者自ら立ち上がり、その中で労働者自身が自ら学び自らを鍛え、労働者自身の奮闘で困難と苦難のたたかいを切り開き、ついに勝利を手にする力を、ひとりひとりの労働者や組合員が持っているのだということを本気で信じ確信が持てなければ、どうしても「代行」を優先していくことになる。 大衆蔑視とたたかおう!。 労働者は必ず立ち上がる!そして仲間のために立派に闘う力を持っているのだ。 <勝利の基準> ボス交主義も代行主義も、「本当の勝利」とは何か、「勝利の基準」とは何なのか、という問題とも深く関係してくる。勝利や成果の基準を「ゼニカネ」におくのか、それとも「団結の量と質」「団結は以前より強くなったか」「ひとりひとりがいかに自分のことより仲間のために闘ったか」「労働者の自覚が深まったか」こそが本当の「勝利」と確信できるかで、労働運動で解決するのか代行主義で解決するのか、という運動のやり方もまるで変わってしまう。 労働組合・大衆運動のリーダーの掴むべき、大切で切実な問題だと思う。
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2009年06月27日
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