労働相談・労働組合日記

労働相談、労働組合スタッフの個人日記

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われらは何を為すべきか

ヴ・ナロード!(V NAROD!人民の中へ!)

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石川啄木 はてしなき議論の後 1911年

われらの且つ読み、且つ議論を闘わすこと、
しかしてわれらの眼の輝けること、
五十年前の露西亜の青年に劣らず。

われらは何を為すべきかを議論す。

されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。

われらはわれらの求むるものの何なるかを知る、
また、民衆の求むるものの何なるかを知る、
しかして、我等の何を為すべきかを知る。

実に五十年前の露西亜の青年よりも多く知れり。

されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。

此処にあつまれるものは皆青年なり、
常に世に新しきものを作り出す青年なり。

われらは老人の早く死に、しかしてわれらの遂に勝つべきを知る。

見よ、われらの眼の輝けるを、またその議論の激しきを。

されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。

ああ、蝋燭はすでに三度も取り代えられ、
飲料の茶碗には小さき羽虫の死骸浮び、
若き婦人の熱心に変りはなけれど、
その眼には、はてしなき議論の後の疲れあり。

されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。

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数年前に、映画「赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々―」を観た時に、少し、田中正造と当時の人々の勉強をしました。

盛岡中学3年生の石川啄木が、谷中村を先頭とする数万余の足尾の農民のたたかいに感動し、明治政府の弾圧に怒り、田中正造の天皇直訴の直後に、谷中村の農民へのカンパ活動をした時に書いたのが「夕川に葦は枯れたり 血にまどう 民の叫びの など悲しきや」です。
このうたの背景には、明治政府の悪逆非道と敢然と闘った谷中村を先頭とする数万余の足尾の農民とこのたたかいを支援した古河町の住民を始めとする全国の民衆・農民・労働者・知識人・学生・社会主義者・キリスト者・仏教者ら多くの人々がいたのです。
http://blogs.yahoo.co.jp/cyoosan1218/28779589.html

「地図の上 朝鮮国に くろぐろと 墨をぬりつつ 秋風を聴く」
石川啄木がこれを書いたのは、1910年8月22日「日韓併合」の直後の9月9日です。翌月の10月13日には「雄々しくも 死を恐れざる人のこと 巷にあしき噂する日よ」も書いています。伊藤博文を射殺した安重根烈士のことです。

1910年の「日韓併合」から100年。わずか26歳で逝った若き石川啄木から、100年後の私はたくさんのものを教えてもらっています。

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写真 名護市長選に当選し、エイサーで喜びを表わす稲嶺進氏。左は夫人=24日午後10時31分
「辺野古の海に基地をつくらせない」勝利宣言、名護市長選挙稲嶺進氏当選!
米軍の辺野古移設に反対しましょう!
米軍基地を沖縄から全面的になくすべきです。

日米安保改定50年:人権侵害変わらず「沖縄は縮図」

(毎日新聞2010年1月19日)
日米安全保障条約改定の署名から19日で50年。当時、県出身学生で組織する東京沖縄学生会副会長として安保闘争にかかわった本村利彦さん(71)=宮古島市出身=と、沖縄で労働運動にかかわった平良薫さん(74)=大宜味村出身=は当時と現在を交差させ「沖縄は日米安保の縮図」と語り、県民の人権を踏みにじる安保の撤廃や見直しを訴える。(荒井良平)

◆県民 声上げなければ/元東京沖縄学生会副会長 本村利彦さん
安保改定当時、東洋大学2年生だった本村さんは、東京の反対集会に足を運び、米軍施政下の沖縄が直面する状況を参加者に訴えた。米兵が起こした事件で十分な裁判が行われず、あいまいな処分で釈放されたことや、宮森小への米軍機墜落で児童が犠牲になった惨状を語ると、東京の学生たちは「沖縄の人たちの人権はこんなにも踏みにじられているのか」と驚いた。
「安保が改定されれば軍事同盟が強化され、本土でも沖縄と同じようなことが起こるかもしれないぞ」
「安保の縮図」沖縄から来た本村さんの言葉は説得力をもって受け入れられた。

改定安保が6月に成立すると次第に運動は収束していったが、60年安保闘争がその後の復帰運動の支援につながったと本村さんはみている。65年に結成された沖縄返還同盟の東京事務局長を務めた本村さんの元に、安保闘争時の仲間が集い、復帰の機運を盛り上げた。
 50年たった今も「沖縄が安保の縮図」という図式は改善されていないと考える。「政権が代わり、日米関係を見直す時期に来ている。県民が今『安保、地位協定はいらない』と声を上げなくてはならない」と安保撤廃に向け力を込めた。

◆米軍基地の利点ない/労働運動にかかわった 平良薫さん
「私たちが目指したのは『安保のない日本』への復帰だった」と振り返る平良さん。今も県内で起こる米兵絡みの事件・事故に「安保と日米地位協定のせいで県民の基本的人権が守られていない。われわれが思った復帰とは程遠い」との思いを強くしている。
当時、平良さんは米軍基地内の銀行アメリカンエクスプレスに勤務。基地内で労働運動に携わった。
安保を審議する国会やデモの様子を伝える新聞を読むたび「軍は市民を守ってくれない」と欺瞞(ぎまん)を感じ憤った。安保賛成派は「米軍が日本と沖縄を守るために必要だ」と言うが、平良さんの親類は沖縄戦で日本兵に撃たれて死んだ。
1950年代、米兵絡みの事件・事故が起きるたびに県民大会で「もう米軍統治には耐えられない」と声を上げていた。安保反対を直接掲げた集会はなかったが「米軍基地の利点がないことは、沖縄の現状を見れば分かるじゃないか」という思いを運動関係者は共有していた。
50年を経て沖縄の基地負担は変わらず、米兵事件も絶えない。「沖縄で起こる諸問題の根底に必ず安保がある。基地負担を減らすためには安保を見直した方がいい」(琉球新報)

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