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「ドレイ工場」全金日本ロールのたたかい! 日本ロール製造株式会社 東京江戸川区葛西
鋳鉄・製鉄用各種ロール製造 1962年当時、自己資本5億円 江戸川工場1200名 大島工場120名 小松川工場50名 ワンマン社長 青木運之助 千葉の高額所得者番付の上位者 息子副社長、弟専務・・典型的一族の職場支配の文字通りの「ドレイ工場」だった。 1962年10月18日ついに労働者は決起した。 全金日本ロール支部結成のその瞬間だ。 広い工場の広場には、たったひとりで旗を持ち立つ組合員。誰も出てこない。しばしの静寂。突然各工場の騒音が止まる。そして扉から労働者の集団が一斉に歓声をあげながら、なだれをうって飛びだしてくる。その数600名。工場の外からは江戸川地区労と全金の支援部隊がデモで登場する。館内の400名もどよめく。感動的な「がんばろう」の歌。 実際の日本ロールの闘いで特筆すべきことは、裏切りものの御用組合・第2組合が翌年の1963年には24時間ストライキ、64年には72時間ストライキ、67年には14日間連続ストライキで決起したことです。 日本ロール支部は「第2組合一般組合員を絶対に敵視しない、あいさつしよう、話しかけよう」という方針を貫き共に闘うことを呼びかけ続けました。 暴力団100名、警察機動隊250名で守られ、「過激派」全金を工場外にたたき出しての工場内は、就労している第2組合員の労働者1000名はビビリにヒビッテいます。表向きは資本家の大勝利です。
実はここにこそ、彼ら資本家のおごりと最大の弱点が生まれるのです。鉄棒をもった暴力団と外の機動隊に守られた資本は露骨に労働者酷使・搾取を強めます。あくなき貪欲性、無慈悲性という資本家の本性そのままです。その対象は、会社側に寝返った労働者に対してもです。必然的に工場内労使の矛盾は極限に高まり、ついに再び労働者は立ち上がります。<労働者は必ず決起する>は真理です。 映画「ドレイ工場」では労働組合はアカで嫌いだと反発していた宇野重吉ら鋳物労働者が最後は工場前に座り込み闘争で決起します。実際の第2組合の決起も劇的なものでした。64年春闘では、全金支部は家庭訪問や門前での連日ビラで第2組合への共闘をよびかけ、第2組合員200名は署名を御用組合執行部に叩きつけ、ついに302対43でストライキ権を確立し3日間のストライキに決起します。第2組合は67年春闘にも無期限ストライキで14日間闘います。この時の全金日本ロール支部組合員の喜びはいかばかりでしょうか。しかし、このストライキも同盟本部と御用幹部の裏切りで敗北します。 しかし、この同盟による敗北以後、第2組合は事実上消滅の道をたどります。組合費を払うのももったいない。同盟にいても意味がないと69年にはわずか80名となり、ビラすら発行できなくなり、今では第2組合から脱退した若者らが第1組合で活躍しているそうです。 |
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2010年07月26日
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