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全国一般東京東部労組機関紙『東部労働者』2011年9月号コラム<二言三言>より http://www.toburoso.org/hutakoto.htm#1109 「焼き場に立つ少年」という写真は有名なのでご存じの方も多いと思う。アメリカ海兵隊のカメラマンで、のちに大統領付の写真家になったジョー・オダネルが撮ったものだ。『トランクの中の日本−米従軍カメラマンの非公式記録』(小学館1995.6)に収録されている。 場所は原爆投下直後の長崎、背負われている弟と思われる幼児はすでに死んでいて、この少年ははだしのまま直立不動、「気を付け!」の姿勢で火葬の順番をじっと待っている。 オダネルは「少年があまりキツくかみ締めているため、唇の血は流れることもなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。(火葬の)夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去って行きました…」とコメントを残してる。 オダネルは帰国後、被爆体験の悪夢にさいなまれ、すべての写真をトランクにしまってしまった。しかし67歳の時、米国内の反核運動に触発されて「真実を伝えなければならない」と、43年間の封印を解いて写真を公表しはじめた。いくたの嫌がらせにも屈せず、70歳を過ぎて体験を語る活動もはじめた。そして焼き場に立つ少年を手を尽くして捜し続けたが、ついに再会は果たせなかったという。 この少年の怒りにも似た悲しい表情に胸を突かれる思いになるのは私だけではないだろう。二度とこのような悲しい光景を起こしてはならないと誓わないでおれない。 この写真を最初に見たとき、なんで自分が写っているのかと思った。それほど写真に写る少年は1950年代初頭10歳くらいの私自身だった。当時両親が共働きだったので放課後2歳になった妹を、坊主頭、半ズボン、背負いひもなどまったく同じ格好で背負って過ごしていたからだ。だからよけい他人事と思われない。 この写真はいまも私の机の前にある。(石) |
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2011年09月17日
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