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過ぎたことを思い出しながらボンヤリ電車に乗っていると、いつの間にか電車はカサンデジタル工業団地前に到着した。携帯電話のメール着信の音が鳴った。ソクスンさんからだ。 「みなさん、一睡もできなかったでしょ?私たちの震えは恐れではなく、胸のときめきです」。 一緒に準備している人たちに一斉に送ったメールのようだ。大勢の人たちをかきわけて電車を降り、地元バス3番に乗ってキリュン電子前で降りた。いつもの風景のように、キリュン電子の正門に社員が列を作って出勤カードをかざし、門に入っていく。私もその列の後ろに並んだ。出勤カードをかざして更衣室に行こうとすると、組合の結成準備をしていたオンニに会った。 「ウンミ、おはよう。良く眠れた?」 「いえ、眠れなかったわ。震えがきて一睡もできなかったのよ。オンニは良く眠れた?」 「私もそうよ。知ってるわね?10時に集まるのよ。みんなに伝えるのよ」。 「うん、分かってるって。オンニ。じゃあ、またあとでね」。 更衣室へ行って作業服に着替え、2階のNICE作業場に入って座る。もうみんなラインに座って仕事の準備は完了。班長は机の前でコンピューターを食い入るように見ている。この時だと思って、隣のおばさんのわき腹をつついて言った。 「あばさん。今日10時の休憩時間に2階のA/Sラインに集まって。やることがあるの。ほんとに、ほんとに大事なことなのよ。全員1人残らず集まるんだから必ず来てね。この話、前の人にも伝えて」。 やっぱり学生時代のやり方が一番だ!紙切れに書いて回そうかとも思ったが、もし紙切れが管理職のオヤジに手に入ればオジャンだから。口伝えの話はこうやってラインの全員に伝わった。時間が過ぎ、いよいよ10時の休憩時間になった。チャイムが鳴って、私は立ち上がるとみんなに叫んだ。 「さあ、10時の休憩時間です。皆さん一緒にA/Sラインの横に移動しましょう!今日の10時の休憩時間は全社員がA/Sラインに集まって重要事項が決まります。さあ急いで、時間の余裕はありません。急いで移動しましょう。さあ、皆さん立って、早く移動しましょう。」 みんな互いに顔を見合わせ、「何かしら?」とけげんな顔の人もいて、右往左往しながらA/Sラインへ移動する。行ってみるとすでに大勢が集まっていた。まだ上がって来ていない1階の人たちが2階に上がってくる靴音がする。ドン、ドンと音がする。戦争時の緊迫した状況で援軍が駆けつける音だって、これほど大きな音、これほど嬉しい音はしないだろう。 休憩時間はたったの10分だ!今日私の役割は、管理職がなだれ込んでくることを予想して、みんなを統率して暴力事態にならないよう、ドアの所での見張り役だ。廊下に出てみると大勢、うちの部署の人たちも首をかしげながら上がってきていた。その横にはさっきの私のように「急いで、時間がありません。早く移動してください」と叫んで、皆を統率しているオンニたちがいた。みんなA/Sラインの横に集まった。 各自の役割にしたがって私はそっとドアを閉めた。ソヨンオンニがラインの上に上がった。他のオンニたちはこの歴史的瞬間を記録するため、デジタルカメラで写真を撮り、人々に労組の加入願書とペンを配る。まだ来ていない人の手を引っ張って連れてきたオンニもいる。ソヨンさんの力強い声が現場に響き渡る。キリュン電子は不法派遣で被害者の私たちはこれまであまりにも不安定な雇用の中で、互いに顔色をうかがい、悲惨な生活を強いられてきた、もうこんな生活はイヤ、これからは労働組合に入って人らしく生きよう、と叫んでいる! ドアの前でソヨンさんの演説を聞きながら、他の人たちの顔をそっとのぞいてみた。一生懸命願書に記入している人、聞いている人たちの目が輝いている。オンニの力強い声で、みんな何か感じているのだろうか?オンニの言葉を聞いてうなずいている人、これまでの悔しい思いが込み上げてきて涙を流している人もいる。こうして瞬間にして、多くの人が労組に加入した。 毎週携帯メールでクビ切られる同僚を見ながら、病気でも休暇をとれずに顔色をうかがって働かなければならなかった派遣労働者、出産休暇をもらえずに独身は6カ月、新婚は3カ月と侮蔑感を味わってきた契約労働者、また生産ラインの300人のうち、10人しかならないけど、それでも多すぎるといじめられてきた正規労働者たち。こうやって私たちは休憩時間10分の間に、みんなが1つになった。 会社側の欺瞞、そして仲間たち もう一度2008年7月15日に戻ろう。あのときの夢のような労働組合の結成は、人らしい生活とは裏腹に、集団解雇という結果を私たちに与えた。労働省と検察から不法派遣の判定を受けたキリュン電子は500万ウォンの罰金を払って、もう終りだという。私たちは自分の会社の職員でもなく、何の関係のない人たちだという。あの年の8月24日、誠実交渉の要求と解雇撤回を叫び100人以上でスタートした現場占拠のストライキは、もう3年も年越しをして、1,000日を超えてもまだ解決していない。あれほど大勢いた労働組合員はみんなどこへ行ったのだろう?生活苦と貧しさに涙を流しながら、申し訳ないと去っていった組合員たち!また、どこかで非正規労働者として管理職の顔色をうかがいながら、低賃金、長時間労働を強いられているのだろうか。 今一緒に闘っている組合員は私を含めて全員で10人。生活のために就業しているものの、労働組合員の身分を維持している人たちも含めると36人程度。この3年間、やらなかったことはない。占拠ろう城に逮捕、路上座り込みに剃髪、ハンストは2006年と2008年に2回もやった。「三歩一拝」に50里歩き、「高空ろう城」も2回もやった。会社にも多くの変化があった。最大株主が4回、社長は5回も変わった。私たちが頑張って闘うと、問題解決ではなく、逃げようとするためだ。 500人もいた社員は今や100人にも満たない。キリュン電子では生産ラインを撤去してしまい、生産職の人たちは全員契約解除となり、事務職、研究職労働者も希望退職の名目でリストラされたためだ。こんなことになったのは、現在キリュン電子の最大株主で会長であるチェ・ドンヨルと社長のペ・ヨンフンのせいだ。彼らはキリュンに関わった多くの経営陣の中でも最悪の詐欺師でクズだ。問題解決をする振りをして、労使交渉の合意寸前までいって、内部社員が反発している、というような道理に合わない口実を振り回して、合意を覆してしまった。 リストラされている正規職に辞表を書かせ、外注化を図っても黙って従って我慢するしかないのがキリュン電子で現在働いている非組合員の人たちだ。そんな人たちが労使問題を解決しようとする社長に反旗を翻す勇気があるだろうか。いたとしても、「救社隊」となって女性労働者の首を締め、髪をつかんで引きずりまわした何人かだろう。 現在経営陣の典型的な手法は、状況が不利になれば、ウソをつき、交渉に出て来ては約束をたがえることだ。このような会社側の欺瞞的なウソに対抗して、交渉を進展させようと突入したハンストが35日目を迎えようとしている。ハンスト者も6人から4人に減った。もう2006年に続き、二回目のハンストだ。35日間、食を断った分会長、ホンヒさん、ソクスンさん、ヒョンジュさん…。私は名前を呼ぶだけで涙が出てくる。1,000日共にした同志たちだ。あまりにも辛く、困難な闘いだけど、そんな時こそ、2005年の7月5日、あの感動の瞬間を思い起こす。 鋭い出会いの感動は、闘争勝利で永遠に! もし私たちが闘いに勝利して現場に復職したとしても、あの日の満ち足りた感動を得られるだろうか?たぶん、そんなことはないだろう。あの日を思い出すと、今でも胸が高鳴る。労働組合の「労」の字も知らなかった22歳の純真だった私、その私が初めて何かに夢中になれた。朝から夜遅くまで駆けずり回っても疲れも知らなかった純粋なときだった。人間関係が断ち切られたキリュン電子の労働者がたった10分で互いを理解し、1つになった瞬間は、最高の感動だった。これから恋愛したとしても、あの時ほど夢中になれないかもしれない。あの記憶こそが辛く困難な中でも、私を支えてくれた。 そして共に歩む、名前を呼んでも涙の出てくる9人の仲間たち! 辛く困難なときを共にしている彼女たちは、この闘いの勝敗と関係なく、誰よりも幸せにならなければならない人たちだ。必ずそうなるべきだ。時たま夢をみる。あるときは分会長が監獄にいるとき夢をみたのだが、その夢があまりにもリアルで今でもはっきり思い出せる。夢では歳月が過ぎて、組合員のヘアースタイルも変わって、顔もずいぶん変わっていた。
それは組合の大会の夢だった。また組合員が大勢になって、大きな講堂がギッシリだ。分会長とオンニたちは横に座って、にっこり大きな笑顔だった。夢にしてはとてもハッキリしていたので、分会長への手紙にそのことを書いたのだが、彼女は保釈で出てきて、その手紙を読まずじまいだった。 長い闘争が必ず勝利して、ハンスト中のオンニたちが夢の中のように、明るく笑ってくれたらどんなにいいだろう。 そして、2005年7月5日の休憩時間10分ほどの感動と歓喜をまた感じられるときが、私に許されることを願っている。(了) (雑誌『労働社会』2008年7/8月号、韓国語版より) |
世界
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当該分会、チェ・ウンミさんの手記 |
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http://www.labornetjp.org/news/2008/1218776284525staff01(中村猛さんの情報) *************************************67日目の断食闘争(8/16)******************************** 2008年7月5日、闘争1,000日の過ぎた私たちキリュン電子組合員が最後の闘いに立ち上がったハンスト突入から25日が過ぎた。むっとする梅雨の毎日が続いていたが、今日はビチョビチョ雨。会社の門前に張ったテントと屋上のハンスト現場もグッショリなのに、何で雨まで降るんだろう。すっかり骨と皮になった体に、白い服を着て横になっているハンスト者の目はおちくぼんでいる。 ハンスト25日目の分会結成3周年 10人の組合員でスタートしたハンストは、もう6人しか残っていない。1,047日目の闘いで体も疲れきっている。5月から6月にかけてソウル市庁舎前で照明塔によじ登り「高空ろう城」を繰り広げ、キリュン電子前の1,000日目集中闘争、クロ駅前でCCTVの鉄塔によじ登っての「高空ろう城」などで、息つく間もなく駆け抜けた日々。疲れのたまった体で最後の闘い、ハンストに突入した。二ヶ月間ほとんど寝ていない。毎日家にも帰れず、野宿闘争で体もボロボロ。そんな体でハンストしているから、推して知るべし。でも組合員は倒れながらも必死でねばっている。この闘いがどれほど大切か良く知っているから、自分の体を少しずつ燃やしながら、ハンストを続けている。 今日は2008年7月5日!労働組合の分会が結成されて3周年の日だ!去年のこの日にも私たちは多くの人たちが駆けつけてくれ、社前で結成2周年行事を力強く行なった。あの日はお天気も良かったっけ。かわいい黄色い風船に私たちの願いを書いて、会社の門の中に飛ばしたっけ。来年には路上でなく、職場に戻って乾杯しようねと、あの時みんなでにっこり笑顔だった。硬い鉄の門に白い染料でこんな風に書いたのだった。 「ここは私たちが戻る職場、キリュン電子です」。 あそこで、みんなで記念写真を撮って、今もお財布の中にあの時の写真が入っている。そして1年が過ぎた今日。私たちは工場の横の路上、ジメジメしたテントの中に横たわって、降り続く雨を眺めている。 3年前のあの日。本当に大勢が労働組合の願書に記入した。人間関係がズタズタだったあのキリュン電子の職場で、誰もあれほど大勢が加入するとは思いもよらなかった。100人超えれば大成功だと思っていたのに、いっぺんで200人近くの人たちが労組に加入した。現場のオバサンたちは「もう会社に労働組合ができたから、クビにならないで済むね。これで人並みに暮らせるね」と涙を流していた。これまでやられっぱなしの悔しさと寂しさが胸に込み上げてきて、みんな抱き合って慰めあい、地域の仲間も大勢来てくれて私たちを祝ってくれたっけ。こんなに多くの組合員が加入したので、うまくいくだろうと希望と喜びでいっぱいだった。幸せいっぱいのあの時、3年前のあの日に戻ってみよう。 ひでえ会社だよ!携帯メールでクビだって! 2005年7月5日、震えがきて一睡もできなかった。夜明けまで寝返りをうち、もう寝るのをあきらめると、早朝出勤の準備をして、チョンニャンリ(清涼里)駅で電車に乗った。チョンニャン里からカサン・デジタル工業団地まで結構遠いので、いつも電車の中で寝ることにしていた。でも、今日ばっかりは電車の中でも眠れない。しきりに携帯を取り出しては、メールチェックをしていた。今日は運命の日。私の職場、キリュン電子に労働組合が結成される日だ! 私は今年2月に入社した。私は22歳。以前の会社を辞めて少しブラブラしていたのだけど、私より3日早くキリュン電子に入社した中学時代の友だちが一緒に勤めようと誘ってくれた。その友だちが教えてくれたとおりインターネットの就業サイトにアクセスして「キリュン電子」にあった求人広告をみて、その下に書かれていた派遣会社に早速電話してみた。オフィスを訪ね履歴書を出して、他の人と一緒に派遣会社のワゴン車に乗ってキリュン電子に到着した。前の会社もハケンだったから私にはそれがフツーだと思っていた。キリュン電子2階の休憩室でパク・ドンジュン総務部長と面接して課長に引き合わされた後、キリュン電子の作業服とキリュン電子と書かれた社員カードをもらって、今度は班長に挨拶して生産現場に入ることになった。 私は2階のMBCOという部署で働くことになった。ラッキーだったのは、私より3日前に入った友だちと一緒の部署だったことだ。でも、周りの雰囲気がどうも変だ。大勢が働いている現場で、新入社員が数十人入ったのに、誰も振り向こうともしない。普通他の会社だったら、1人でも新入社員が入ったら、社員の人たちが「一緒にね」と挨拶したり、「これからよろしく」と握手したりするのに…。そんな人は誰もいない。働いている人たちは横目でチラっと見ただけ、後は黙々と働き続けている。どうもこの会社は好きになれない気がした。 何日か過ぎて、その予感はハッキリしてきた。仕事そのものはそんなに大変じゃなかったけど、働いている人たちは何を言っても人の顔を見て話さない。管理職や修理技師までえらくエラソーにしていて、朝の出勤時に挨拶しても知らん顔。何なのよ!ひでえ会社。何をそんなにえらそうにしているのよ!友だちと一緒だからまだ働いているけど、そうでなかったらこんな会社、どうも勤め続けられそうもない。 時が過ぎると会社のことがだんだん分かってきた。この会社には正社員もいるけど、契約社員もいて、多くの派遣社員が一緒に働いている。まったく同じ仕事をして、まったく同じように管理職から指示を受けていて、まったく同じ作業服を着て、社員カードをぶら下げている。でも違うのは、正社員と契約社員は社員カードに名前と写真が貼ってあるのだけど、私たちのようなハケンは写真もなく番号しか書かれていない。こんなことってあるかしら!私たち囚人じゃないのよ。番号で呼ばれるなんて!休み時間にトイレに行ったり、昼休みにお昼を食べて現場に入ろうとしたりするとドアが閉まっていて、ドアに社員カードを当てても閉まったまま。正社員や契約社員の人が来てカードでドアを開けてくれるまで、ずっと立って待っていることもしばしばだった。あと違うのは、正社員はボーナスが700%、契約社員は400%、私たちのようなハケンは0%ということ。0%! これまでキリュン電子は正社員への転換は全然行なわれておらず、管理職に気に入られれば契約社員になれるという。それで管理職に気に入られて、せめて契約社員になろうと必死だ。ある人は管理職に販売機のコーヒーをさっと差し出したり、お菓子を差し入れたりと一生懸命。キリュン電子みたいなチンケな会社でみんなが競争。ほんとに!さらに分かってきたことは、管理職ににらまれたり、残業や特別勤務を断ったりすると、携帯メールで解雇するんだって!鈍感な私は友だちの話を聞くまで、どうも人の入れ替わりが激しいので、この会社は離職率が高いんだなあとだけ思っていた。 「ウンミ、知ってる?ここはね、クビも携帯メールなんだってよ。私も嫌になったわ」 「何よ!それ。まさかでしょ?そんなこと、ありかなあ?」 「昨夜私たちと9時まで残業して一緒に帰ったおばさんたち、居たでしょ?何人かに携帯メールが来たんだって。<明日から来ないでください>って。でも1人だけメールが来てなかったのか、見なかったのか朝出勤したのよ。そしたら、あのアホ班長が<来るなっていったのに、何で来たんだ?>って言ったのよ。何も知らないで出勤したあのおばさんは大泣きして帰って行ったのよ。ひどいでしょ!?」 それでも私だけは大丈夫…。 ああ、そうだったのか!それで同僚たちは新入社員が入っても、知って知らないふり、人が居ても関係ない、冷たい雰囲気だったのね。いつもそんなやり方で就職させて、クビにするんだから、社員だって挨拶もできない訳だ。新しく入って来た人数分が切られるんだから、当たり前よね。その後も新入社員は入り続け、今日までラインの横で働いていた人が翌日には出勤しなくなれば、みんな何も言わなくても何があったのか、分かるようになった。「また切られたのね」。そしてまた、みんな沈黙…。 私もみんながそうだったように、新入社員が入ってくると横目で見て「今度は誰が切られるの?」と思いながら、やりかけた仕事を黙々とやるようになっていた。だんだん雰囲気に慣れていきながら、自分だけは切られまいと残業や特別勤務を必死でやった。毎日9時、10時まで。週末にも特勤があり、ほとんど1か月休みらしい休みもなかった。でも給料は100万ウォンにもならない。ただハッキリしているのは「まさか私だけは切られないだろう」。「私の友だちは大丈夫だろう」と思っていたこと。利己的だと言われるかもしれないし、卑怯だと言われるかもしれないけど、みんなそう思って我慢しているんだろう。
そんな時、晴天の霹靂!初給料をもらった日に、私の何人かの友だちに携帯メールが来てしまったのだ!何の悪いこともしていないのに、切られた友だちを見ると腹が立ってしょうがない。こんなことってあるの?これまで悔しい思いをして切られた人たちも大勢なのに、あんまりじゃない!何人かの友だちは「どうせこんな会社長いこと働く気はなかったのよ」と言って抗議さえもあきらめてしまった。私もとても悔しくて、もう辞めてしまいたかったが、今さら他の会社に移るのも面倒だし、妙案が浮かぶことでもないので、そのまま勤め続けることにした。やっぱり「自分だけは大丈夫」と思っていたからかもしれない。 つづく |
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一日に山ほどの品物を売りながら、実際に私のものとしては たった一日も持てなかった彼女たちも花より美しいのか。 一日中、立って働き、ぷっくりとはれた脚をもたもたと動かしながら 家に帰る彼女たちも花より美しいのか。 病気の子供を家に置いてきても「お客様、いらっしゃいませ」 「4万8420ウォンです。積み立てカードはございますか?」 「暗証番号を押して下さい」「お客様、袋はご利用ですか?」 「お客様、さようなら。ありがとうございます」 コンベアベルトに乗って来る部品のように押し寄せるお客さんたちに 一日何千回も笑わなければならない彼女たちも花より美しいのか。 お客様が呼べばすぐ走って行くのに 家には子供も亭主も万事が面倒なだけの彼女たちも花より美しいのか。 そんなに働いて1か月に80万ウォンを受け取る彼女たちも花より美しいのか。 座り込みたくても座れず、泣きたくても泣くことができず 話したくても話せず、叫びたくてもそうできなかった たった一度もそうできなかった、彼女たちも花より美しいのか。 (座り込み闘争の場で読み上げられたキム・ジンスク民主労総釜山本部指導委員の詩) ****************************************************************** 20日、韓国政府は公権力を投入。 政府は警察を投入して座り込みを強制解散させた。連行者は計168人に達したという。 しかし、非正規職撤廃という2店舗労働者の正義の闘いへの圧殺は、逆に闘いの全国化という燎原に火をつけてしまった。直後から闘いは全国12店舗へといっきに拡大した。
http://www.labornetjp.org/labornet/worldnews/korea/strike/2007summer/1185040913200Staff |
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戦争に反対するワシントンのコードピンク 以前このブログでも写真だけ紹介しましたワシントンのコードピンク。 http://blogs.yahoo.co.jp/cyoosan1218/28571361.html democracynow(デモクラシーナウ)で動画が紹介されています。 http://democracynow.jp/の「映像」をクリックして下さい。 http://democracynow.jp/stream/070426-4/index.shtml アメリカ上下議会の公聴会や議員宿舎に現れてるCODEPINK(コードピンク)。これが面白い。ブッシュのイラク戦争などに反対する平和活動グループ、それが「コードピンク」です。名前は、ブッシュ政権の「テロ危険度」を示すのに、緑、水色、黄色、オレンジ、赤というコードを使っているのをもじったもの。イラクへの先制攻撃に反対して2002年11月に100名ほどの女性が結成し、今では全米に小さなグループがたくさんでき、ピンクを着てそれぞれのアピール活動を行なっているそうです。 動画を一度ぜひご覧下さい。
議会の傍聴席や議員宿舎での抗議の歌がハモッていたり、賛美歌ぽかったり、歌詞が「ナナナナ ゴンザレス グッパイ」「ジョン マケインじいさんは気が変だ」「ブッシュの戦争を信じるな」「イランにボムボムボム(爆撃)するな」とか、12分ですが、決して長く感じさせません。 日本語の字幕もでます。 動画 http://www.k2.dion.ne.jp/~rur55/DN/dn2007-0426-4.ram |




