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DVD「人間を取り戻せ!大久保製壜闘争の記録」
首都圏青年ユニオン河添さんの推薦文! http://blog.goo.ne.jp/19681226_001/e/7d8d1cf675622033d92f926cfc57d9b2 以下紹介します。 ****************************************************************
差別・抑圧とたたかう原点がある
評者 河添 誠(首都圏青年ユニオン書記長) このDVDは全国一般東京東部労組大久保製壜闘争の記録である。大久保製壜は、知的障害・身体障害の雇用をすすめながら、その一方で障害者に対する賃金差別、暴力が職場を支配していた。それに対して、知的障害・身体障害をもつ労働者が主体となって労働組合を結成し、差別と暴力支配との闘争を七〇年代半ばに開始する。 このたたかいの映像は文句なくつよい感動をよぶ。それは障害をもつ労働者自身がみずからの権利にめざめて、この映像では「階級的憎しみ」と表現されているような深い憤りを言葉と行動として表現していることによる。哀れみの対象ではなく、権利をつかみとり差別とたたかう主体としての障害をもつ労働者の姿がはっきりと映像に記録されているのだ。闘争に立ち上がった障害をもつ労働者の親たちが会社からの差し金もあって争議をやめるように「説得」にやってくるのだが、それに対して障害をもつ労働者の杉田委員長(当時)が自分たちがどのような思いで立ち上がったかを正面からぶつけて反論している彼の表情に、私はたたかう者の普遍的な姿を見ることができた。抑圧され続けた者が逡巡しながらも声をあげるときに、その言葉には誰もが耳を傾けざるを得ない力がこもる。 会社の組合つぶしの策略が横行する中で、職場の仲間に裏切られることもありながらも、どうやって職場の多数派に影響力をもつかということを議論して行動していく、これぞ職場の労働組合活動という見本のようなエピソードも出てくる。他の労 組、地域の諸団体との連携で争議の勝利を勝ち取っていく運動の展開もわくわくさせられる。 この映像から、私にはいくつかのことが重なって思い起こされた。一つは、障害者自立支援法の廃止を求める大集会に参加している障害をもった人々の姿だ。もうひとつは、労働者派遣法の抜本改正を求めて国会前で訴えている、「派遣切り」にあった派遣労働者たちの姿だ。彼らの“表情”は、大久保製壜でたたかう労働者たちの“表情”と私には重なって見えた。現在 、進行しているたたかいも、いくつもの差別と人権侵害ともいえる労働・生活とのたたかいである。いつの時代も差別や人権 侵害にギリギリのところでたたかう人たちがいる。そして、差別や人権侵害を許さずに“よってたかって”支援する仲間が存在する。それは労働組合であったり、地域の支援だったり、さまざまだが、そうしたひろがりがあって権利は勝ち取られている。一人一人の人間の決意と、そして、それを支える仲間の存在があって勝利は勝ち取られている。大久保製壜闘争の記録は、いまの私たちのたたかいと確実につながっている。 この映像は障害をもった労働者のたたかいの記録ではあるが、同時に、それだけにとどまらない。 この映像は一労働組合一支部のたたかいの記録ではあるが、それだけにはとどまらない。あらゆる差別・あらゆる抑圧とたたかう社会運動の普遍的な 姿をこの映像は見事に記録している。そこに深い感動を呼ぶ根拠がある。 多くの方に、自分たちのたたかいの原点を確認して、現在のたたかいを前進させるために観ていただきたい。 ********************************************************** DVD「人間を取り戻せ!大久保製壜闘争の記録」(2500円) 収益は、阪急トラベルサポート支部不当解雇とたたかう塩田委員長支援カンパとなります。 申し込み先 全国一般東京東部労組「大久保DVD」係宛 電話03-3604-5983 e-mail:info@toburoso.org |
大久保製壜闘争
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昨日の9月26日(土)、飯田橋の全水道会館で「レイバー映画祭2009」が220名の参加のもと開催され、国内外の労働をテーマにした8作品が上映されました。 私たちのたたかいの記録「人間を取り戻せ!―大久保製壜闘争の記録」も上映されました。 上映の後、杉田さんが挨拶をしました(上の写真)。 「全国一般東京東部労組大久保支部の杉田です。大久保闘争をたたかってきて本当に良かったと思っています。 大久保闘争から学んだ次の3点を紹介します。 第一に、東部労組のスローガン『よってたかってたたかおう』です。職場、支部、東部労組、地域、全国の仲間、みんなで『よってたかって』闘いました。 第二は、『仲間は必ず立ち上がる』ということです。21年9か月の闘いの中で職場の労働者が御用組合を脱退して次々に立ち上がってきました。本当に感動しました。 第三は、大久保支部は1997年の勝利した後『受けた支援は運動で返そう』のスローガンを決めたことです。現在の東部労組の闘い、すかいらーくの過労死問題や紳士服のコナカや旅行添乗員の闘い。みんなで『よってたかってたたかいたい』と思います。皆様のご支援よろしくお願いします」 この作品は、1982年作品「大久保製壜闘争の記録―-全力をあげて総反抗の条件を準備しよう」を基に作られた1994年「大久保製壜闘争20周年―-全力をあげて争議の全面解決を闘いとろう」を、今回ビデオプレスの佐々木さん、松原さんが、あらたに、斎藤牧師や組合員のインタビューを追加取材をした2009年リメイク版(40分)です。 ///////////////////////////////////////////////////////////////////////// ビデオプレス DVD「人間を取り戻せ!―大久保製壜闘争の記録」2009年版 40分 3000円 http://vpress.la.coocan.jp/okubo.html 注文 http://vpress.la.coocan.jp/sousin.html アンケートよりhttp://www.labornetjp.org/news/2009/0926anketo・大久保製壜の闘いのビデオを初めて観ました。感動して涙が出そうになりました。良く頑張ったと思います。階級的憎しみはOKといって断固闘い、脱退した人や他労組と人間関係をつくる・・・すごい、強くやさしい。 ・一番感動したのは、「人間を取り戻せ!」でした。観ながら涙が出てきてしまいました。「仲間を大切に」という杉田さんの言葉が印象的で、労働組合の原点だと思いました。 ・「人間を取り戻せ!」感動しました。 ・「人間をとりもどせ!」は貴重なドキュメンタリーでした。このような労働運動史を掘り下げる作品がもっと見たいと思いました。 |
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11月14日、葛飾区シンフォニー4階ラベンダーで、この9月1日に亡くなった東部労組前委員長の沢村鉄雄さんを偲ぶ会が開催されました。 寄せられた東部労組初代委員長足立実さんからの弔辞を紹介します。 弔辞 沢村鉄雄さん。君はわたしにとって東部労組結成いらい正副委員長を17年間もともにした同志であり、かけがえのない相棒でした。 いま君を思い出すとき、労働者の意見をうなずきながら丁寧に聞く君の笑顔が目に浮かぶ。もう会えないと思うと、やり切れない気持ちになる。 君はたたき上げの機械組立仕上げ工で、この仕事がとても好きだった。 東部労組の原点になったケーテー製作所の非公然組合の組織化は君が指導した。公然化するとき、わたしの家にきて「援助してほしい」とたのまれた。二人はケーテー製作所の労働者とともに約一年間激烈な争議に没頭した。 この時の経験が「搾取と抑圧が存在するかぎり労働者はかならず立ち上がり、敢然と戦う」「階級理論は労働者の強力な思想的武器になる」という共通の確信を二人に焼きつけ、東部労組結成へと進んだ。 君はその後参加した仲間を育てながら倦むことなく大衆工作にうちこみ、数多くの未組織の職場に組合を結成し東部労組の建設に大きな貢献をされた。大久保製壜もはじめ君が関係をつくり、教会籠城のときは稼業を放って張りついて指導し、21年9か月の大争議の端緒をつくった。 君はやさしいだけの人ではなかった。三里塚空港反対闘争では地域諸団体の代表として指揮をとった。ロッキード疑獄では組合員の先頭に立って慈恵医大青戸病院に隠れた佐々木元運輸相を病室前まで押しかけて糾弾した。大久保製壜覚醒剤謀略事件では直ちに組合員を率いて深夜本田警察署に抗議し長崎君の釈放を要求した。 君はわたしのあと5年間委員長を担当し、その後は葛飾支部や21労働者大学の活動に参加し、争議支援や政治闘争にかけつけ、誠実に生涯現役をつらぬいた。 沢村さん。君との別れは大きい悲しみです。しかし、君がよく言ったように「敵の攻撃は待ってくれない」。そして世界資本主義は、「百年に一度の危機」と言われ、激しい階級闘争の前夜にある。われわれは君の遺志を受け継いで戦う。 労働者が主人公の社会を実現するという君の理想と革命的気概、階級的労働組合建設にたいする情熱、温和で誠心誠意労働者に奉仕する作風にまなび、君が愛してやまなかった東部労組の発展と日本人民の勝利のために奮闘することを誓う。 親愛なる相棒よ、おせわになりました。ありがとうございました。 足立 実 |
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写真は1987年 大久保闘争、新労組報告集会の沢村さん 全国一般東京東部労組沢村鉄雄前委員長が9月1日に亡くなりました。享年74歳でした。 わずか3日前の8月29日には、大久保製壜の杉田さんたち4名の退職慰労会に出席して懐かしいみなと会ったばかりでした。 34年前、学生出身の僕たちが出会った<闘う労働者>でした。沢村さんとの出会いがなければ、若い僕たち3名が工場に入ることもなかっただろうし、その後の大久保製壜の教会籠城闘争、東部労組加入もなかったでしょう。 僕たちがまだ学生気分が抜けきらず、知ったふりをして、世界を、人生を、資本主義社会をおしゃべりしていた時、沢村さんはじっと黙って僕たちの埒もない話を聞いていました。 ずっと東部労組副委員長として僕らの面倒を見てくださり、1985年から5年間は東部労組委員長でした。1987年5月20日、大久保製壜の若者22名が東部労組大久保製壜支部を頼って決起し御用組合から脱退して「新労組」を結成しました。地獄の特訓で有名な富士宮研修に反対して立ち上がったのです。翌日からストライキ突入、支部・新労組合同による会社との団体交渉・・・・等々と闘いの日々が続きました。11月6日夕刻、暴力団を雇った会社は、僕のオートバイのシートの下に本物の覚せい剤を仕込ませ僕を警察に逮捕させ一気に闘いを潰そうとしてきます。この事件は、<労組幹部覚せい剤事件でっちあげ>としてテレビや新聞などのマスコミでも大きく取り上げられました。のちに真相が明らかになり社長らは逮捕されますが、11月6日夜の段階では、東部労組執行委員会もわけがわかりません。しかし、自宅の家宅捜査を受けた家族からの連絡があるや沢村委員長はただちに本部執行委員に夜中の緊急召集をかけて、自らを先頭にそのまま本田警察にかけつけ「いったいこれは何の陰謀だ。すぐに釈放せよ」と徹底的にはげしく抗議しました。 僕は3日間で無事放免されました。ほどなく社長らと実行者4名が逮捕されます。 この覚醒剤謀略犯罪は、支部と新労組の団結をかつてないほど固くさせました。地域・全国の圧倒的な支援体制も生まれました。1000名で工場包囲と路地裏デモなど完全に闘いの主導権をこちらがにぎることになります。 ・・・・・沢村さんの思い出はたくさんあります。大久保支部が受けた恩ははかりしれません。 沢村さん!
今、僕たちは、あらためて「受けた支援は運動で返そう」と決意しています。 ありがとうございました。 |
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21年9か月の大久保製壜闘争を闘い抜いた4人の障害者の仲間が退職しました。 8月29日夕刻葛飾シンフォニーで、大久保製壜闘争を共に闘った首都圏の仲間100名による「ご苦労さま会」が開かれました。 不覚にも私は開会のあいさつを、こみ上げる気持ちの中ほとんどしゃべれませんでした。 準備していた原稿です。 「この数年で4名の仲間はかつてない大病や大手術にみまわれ、この4月、8月ついに退職しました。 41年、38年、37年という勤続約40年という実に半世紀近い期間、大久保製壜というひとつの企業で立派に労働し、また21年9か月という大闘争をみなの先頭で闘い抜き勝利を実現したのです。イチリツ(一律)2か月!おれたちはロボットではない!よってたかって闘おう!仲間は必ず立ち上がる!敢然と闘いと敢然と勝利しよう!困難を恐れず、疲労を恐れず、勝利を闘いとろう!正義は必ず勝つ!階級的憎しみ!大衆路線!受けた支援は運動で返そう!・・・・これら多くのスローガンを地域全国の仲間と共に叫び・実行に努力しました。 杉田さんたちは、障害者です。しかし、決して同情と憐みの対象では断じてありませんでした。4名は先頭で闘ってきました。自らの運命は自ら闘いとってきました。と同時に大久保製壜の闘いは全国の皆様との一体となった闘いでした。本当にご苦労さまでしたと心から言いたいと思います。 今、全国の労働者とその家族にすさまじい搾取・抑圧・暴力・虐待・セクハラ・パワハラ・・が襲いかかってきています。過労死はその最たるものです。まさにかつての大久保製壜の全国化です。派遣労働者の問題が山谷などの寄せ場の全国化と言われていることと同じです。これからこそ本格的・全国的「大久保闘争」が求められているのかも知れません。 杉田さんたちは退職しても死ぬまで東部労組の組合員だと言っていますので、今後も杉田さんたちと一緒に頑張りたいと思っています。今夕は皆様と楽しいひと時にしたいと思います。よろしくお願いします」 会場からの発言の最後に東部労組の本部専従の若者3名が「大久保闘争を自分たちが引き継ぎ、紳士服のコナカ、阪急の添乗員、過労死の闘い・・・を闘い抜く」の気合の入った発言があり感動しました。 最後の「インターナショナル」の合唱も圧巻でした。 なつかしい仲間がたくさんかけつけてくださいました。 本当にありがとうございました。 ********************************************************************** |




