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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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いつの間にやら、人間の幸不幸、好き嫌い、よしあしに戻ってしまう。

(禅に聞け 澤木興道老師の言葉 櫛谷 宗則編)




 仏法の核心は、人間の幸不幸、好悪、善悪とは関係ないということ。


多くの「幸福論」が、無駄な苦労を避け、過去の悔恨と未来の憂慮は最小限に止めて、「今」を楽しみなさい。と教えている。

それはいい。もちろん、おれだってそうしている。
だけどそれは、たんなる処世術に過ぎない。
処世術は世渡りのテクニックであって、人生とはなんの関係もないことだ。


 幸福は、こころに余裕を作り、単なる幸福感を超えて、生死を明らめる次のステージに進む力にしてこそ意味をもつ。

幸福というだけで人生の問題が解決することは一切ないからだ。

だが、
いつの間にやら、人間の幸不幸、好き嫌い、よしあしに戻ってしまう。



人間の宿病は容易には治らないということ。

幸福が人生の目的になってしまう。

死なないならそれでもいいが…


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(過去記事増補編集再録)

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