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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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(ブッダが弟子に教えを説かれた。)
汝等(なんだち)よ、盗賊が汝を捕らえ、両歯の(のこぎり)四肢(てあし)を切断するとも、いかり、うらみ、にくんではならぬ。慈心(じしん)(もっ)て、相手を見よ。広大無辺の慈悲を以て、全世界を(おお)え、」
(現代語仏教聖典 釈尊編 9章5節「不動の心」より)








 これだけ聞くと、ものすごい無茶な教えだ。
いったい誰が守れるだろう。

しかし、ブッダは続けて言うのだ。


「汝等よ、余の語に大なり小なりの過誤があると思うか。」

「否、世尊。」


「然らば汝等は、余の譬喩の教訓を、繰り返して反省せよ。それは汝等に永遠の幸福と、利益とをもたらすであろう。」
(同)


 ポイントは、
ブッダのこの良薬「ノコギリのたとえ」を服用すれば、どんな怒りからも自由でいられる。
ということだ。

「あんなことをされれば怒って当然だ」「こんな目に遭っても怒らないやつは意気地なしだ」といった世間の常識は間違っている。

怒りはすぐ憎悪に変わる。憎悪は必ず自他を破壊する。誰も怒りをコントロールできないので、あらゆる種類の怒りを注意深く避けるべきだ。それがブッダの教えだと思う。




 このブッダの教えがどういう背景から生まれたかを、A.スマナサーラ長老が法話 怒りの無条件降伏〜中部経典21「ノコギリのたとえ」講義〜(1時間59分)で詳しく説いてくれます。是非お聴きください。
http://www.j-theravada.net/podcast/m21_nokogiri.mp3


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「怒りは猛毒」
https://rdsig.yahoo.co.jp/blog/article/titlelink/RV=1/RU=aHR0cHM6Ly9ibG9ncy55YWhvby5jby5qcC9jeXFuaDk1Ny81NjgzNjIwNC5odG1s


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(過去記事増補編集再録)

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