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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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(画像は過去記事の使いまわしです)

 数年前からこの時期は雨日以外毎日、近くの川に行き水中手動瞑想をやっている。

 獣に生まれたものにはできないことだ。
人として命のある間でしかやれない、真に贅沢を極めたことだとおもう
の実感はいっそう強くなっている。


 このところ午前に用事があり、午後から川に出かけることが多い。
15時過ぎ、コンクリの壁式橋脚裏の定位置に陣取り、まず水中ストレッチとひと泳ぎ。水がひときわ澄んでいる。グラグラだった腰が少しシャンとなる。今日は開脚ストレッチしたままバランスをとりつつ呼吸瞑想(いろいろ試しながらやっている)次に足を緩く組んで手動瞑想。

 16時過ぎ、上がろうと橋脚をまわると、おれの着替えが置いてある場所で、帰り支度中の女子集団がたむろしてる。
定位置に戻り、帰るまで瞑想続行して待つ。
なかなか帰らず結局18時過ぎてしまった。
しかし結果オーライ。なんとなく16時半くらいが限度だと思ってたが、18時過ぎでも空は明るいし水も冷たくないのでじゅうぶん居ることができるとわかった。明日から滞在時間を延ばそう。

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