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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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 ティク・ナット・ハン師が
…ピクニックは、目的地に行く道中も楽しい、テント張りも楽しいでしょう、労役だと感じないでしょう。同じように平和、幸福、成功にたどり着く道中の「今ここのサティも楽しく行えるのです。
と、法を説いてくれている。

 おれは休日などゆっくりできる朝目覚めると、そのままベッドで「(腹部)膨らみ、膨らみ、縮み、縮み」とやる。呼吸を活用した今ここのサティだ。

そのうちだんだん気持ちよくなってくる。

そうなると、がぜん楽しくなり、いつまでも続けたくなる。

 心地よい状態を、卵を抱くように守りながら静かに起き上がり、小便をすませ、ベッドに静かに戻り呼吸瞑想を続ける(最高に調子よくても、3時間くらいで背中が痛くなるので、止めることになるが)


 この気持ちよさは、セックスの快感やおいしい物を食べる快感…要するに本能の満足による快感とはぜんぜん違うものだ。


 そうなるまでに30分〜1時間ほどかかるし、いつも上手くいくわけでもないのだが、もしこの「ご褒美」がなかったら、多分とっくに瞑想を止めていたとおもう。

 気持ちよくなるのが瞑想の目的ではない。
この点はじゅうぶん注意が必要だが、なにごとも苦しいだけでは続かないということだ。




※「今ここのサティ
http://www.j-theravada.net/pali/key-vipassana.html

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(過去記事増補編集再録)

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