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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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14時過ぎ、キリスト教系布教女性2人組来訪。
玄関前で傘さしながら立って話す。

 相手が、神は永遠の昔から存在していると言うので
「永遠なんて人間に分かるわけがない。それはただの言葉ですよ。分らないと言ってるのと同じことです。
物には作り主がいなければならないという理由で神がいると言うなら、じゃあ同じ理由で神は誰が作ったのかと。まあ、その話は止めときましょうとなるんですよ。
永遠の神が作ったといっても、それは分らないと言ってるのと同じことです。
分らないことは、神など持ち出さず、そのまままっすぐ分からないと言うほうが良い。

 この場合、分らないというのは消極的な立場じゃないです」
[関連記事]わたしが説かないことは説かないと了解せよ。わたしが説くことは説くと了解せよ
 相手も途中で「物には作り主がいるはず」とか「永遠の神は作られたものではありません」とか言ってた。話が平行線なので「今日ちょっと体調が悪くて」と5分ほどで切り上げて別れる。

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