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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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仏道修行の正味の正味

 プッタタート編訳「ブッダの言葉の宝庫」死に関して迂闊でない人のブッダの教えにこうある。
大きな功徳があるマラナサティ(死について考えること)の正しい実践とは

あと一呼吸しか命がないかもしれないと思い修行に励む

ことです。
(以上要約引用終)

 これは微塵も誇張表現を含んでおらず、至極当然の事実をそのまま言っているだけだ。
これ以外の態度
「今日だけ、今晩だけの命かもしれない」
「昼の間しかない命かも知れない」
「托鉢して食べ終わるまでの命かもしれない」
「ご飯を四、五口食べ終わるまでの命かもしれない」等
の隙間のある思いで修行に励んでも、全て注意不足であるため、いくら長くやっても真の結果は得られないからだ。




 もう一度言う。
これは厳しいとか難しいとかいうことではなく、誇張でもなんでもなく、ただ事実は正確にこうだよと親切にブッダが教えてくれている。




苦聖諦の理解が足りないと、このことがなかなかピンとこない。その場合まず、苦聖諦を学ぶ必要があるとおもう。


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