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哲学日記
泥沼から脱出するまで一気につき進め。休息は泥沼を抜けてからとるものだ。

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 こういう死後世界の物語を見ると暗澹たる気持ちにさせられる。

 この映画は、肉体が死んだ後も生き続ける個々人の魂…つまり「死んでも生きてる自分」があると主張しているわけだが、そんなものはない。


 80歳超えたクリントイーストウッド監督は
「死後の世界…この作品を撮ってる間は信じてるつもりだが…実際のところは正直よく分からないな」
と言っている。
確かに正直だが、気楽すぎる。
作品としては上手くできてるから、なおさら問題だ。

「死者の生存」は、昔からストーリーテラーの便利アイテムの一つとして常に重宝されているが、その社会に及ぼすとてつもない害毒に関心がはらわれることは昔も今もほとんどない。

とてつもない害毒とは、いじめ乃至戦争の真の原因である不滅の魂妄想を美化宣伝していることだ。


『霊魂が不滅であるという考え方は、生ける人間の生命への執着と死者への愛着とのあらわれでありましょう』(川端康成)

 人がこの愛執から自由になれず、【いつまでも生き続けたい自分】を捨てないなら、いじめも戦争もなくなることはない。








(過去記事統合増補編集再録)

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