サザンクロスの雑記帳

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オタヤ商店街から見る万葉線ライトレールは近代都市?に少しでも近くなった象徴ですか。イメージ 5イメージ 4イメージ 3文明堂書店と高岡市のマスコットは
 
前田利長君です。
イメージ 1店内の奥にレコードを自由にかけて聴けたスペースが
ありました。学生時代には、お世話になりました。戦後間もないころの無料で憩える場所でした。イメージ 2戦前からある古本屋さんです。公園の帰り道には、
大抵ゆっくりと店内をみてまわるのが、楽しみでした。本の売買も四、五回した覚えがあります。この本屋で出会ったひとで、いつも「いい本がありましたか?」と言葉をかけて来る年配者がいました。その方は図書館長であり、後に射水神社の宮司をされた、広瀬喜太郎先生で徳富蘇峰を師と仰ぐ人でした。人生訓なるものを教わった記憶があります。高岡では有名な学者さんでした。
オタヤ通りといえば、高岡の代表である老舗デパートの「丸越」〔現在は大和)へは,毎日のごとく通ったものでした。
ただふらふらと店内を見て歩くだけで、何処に何を売っているかを覚えるくらいに、かよったものです。
いわゆる目の保養ですね。
映画館で「日本劇場」  大福院通りの入り口角に邦画専門の封切館でした。わけの分からない恋愛物まで、
上映しているもの全て?みたようです。気にいlれば繰り返し何回も見る事が当たり前でした。日本映画史上初めてのキッスシーンの映画も日劇でした,。なんと、ガラス越しのキッスでしたが、場内はシーンと静かでした、、、?
石坂洋次郎の「青い山脈」も日劇!志村喬主演の「生きる」も今も心に残る印象深い映画でした。
高岡市内の映画館は、セントラル劇場,、高劇〔高岡劇場〕文化劇場、世界館,帝国館、〔歌舞伎座)
どの映画館も良くゆきました。たまには、小さい身体でしたので人混みに押されて入場?タダで見させて戴きました。
終戦直後の混雑に紛れた時代でしたね。
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                 現代のオタヤ通りです。立派なアーケードですね。手前に「大和デパート」があります。
イメージ 7
                 「  オタヤ通り」さん、戦後八年間お世話になりました。その後就職で東京へ上京いたしました。
 
イメージ 12高岡駅前広場
大伴家持像(越中国司として五年間滞在、万葉集編纂者)
イメージ 11日本三大佛の一つです
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イメージ 8各山ごとに鈴棒を持った二人が先頭をゆく      上下写真は二番町山車で車輪は平成の新改造作品です   人間国宝  大澤 光民氏
(金工師)
 
イメージ 7
イメージ 6イメージ 5
イメージ 4
イメージ 3   電車に乗って高岡駅ホームに降り立つのは、何年振りだろうか。周囲の建物は壊されたり、建設中だったりこれも近くに新幹線駅が新設されるにあたり、現駅も改装中です。
  あと二年の辛抱ですね。平成二十六年開通を目指して長野から金沢までの期待溢れる新幹線です。
駅ホームから末広町商店街入り口にたどり着くまで、山有り谷有りで結構体力が消耗いたします。
  
やっと祭りの雰囲気のある露天商のテントが並ぶ場所にきました!
イメージ 2南北口をつなぐ万葉ロード
イメージ 1
地下街の店舗はすべて閉鎖されていて、環境も悪いですね。衛生的にも汚いと感じました!
改装中とはいえ高岡の顔がこれではいけませんよ。安心して通れる地下街でなくちゃ、、、ねぇ!
ネオン街の近くだからなおさらですよ。

高岡御車山祭no2.

イメージ 15文化庁の近藤誠一長官の視察来賓を得て、ユネスコの無形文化遺産登録推進に希望を持ちたい所ですイメージ 16.
 
高岡大仏のご利益でユネスコ登録なるように祈願いたしたい
神仏頼みが究極ですかな?
イメージ 14鉾留、、、左胡蝶の一部分は、木舟町。小馬出町。一番街通。二番町。
イメージ 13鉾留、、、、左より、通り町。
御馬出町。守山町。
イメージ 12
イメージ 11小馬出町,鉾留は太鼓に鶏、幔幕は春秋舞楽図つずれおり、幕押さえの金具は高岡彫金の祖、安川乾清作であり彫金着色の技は最高です
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イメージ 9
二番町二輪車の彫金 平成の新作品  以前からの継承を受け継いでいます。製作者は人間国宝の
金工師 
大澤光民氏です。
イメージ 8一番街通山車の見事な高岡彫金技術の最高傑作品 平成の新作品ですが、昔からの継承そのまんまで造られています。製作者は同じく
人間国宝 金工師  大澤 光民氏です。
イメージ 7片原町通りに規定順番に並ぼうとする各山車
イメージ 5イメージ 4木舟町山車と通り町の役員
イメージ 6通り町山車
イメージ 3小馬出町役員
イメージ 1例大祭開催の高札(旧高岡市役所跡地角、現在は北陸BK高岡片原町支店前)
イメージ 17
イメージ 2坂下町の露払いとして『源太夫獅子」が
御車山を先導いたします。
   高岡御車山祭  桃山文化の華開く、名工の技に、伝統の誇り。
                車輪を軋ませ、町なかを巡る。
  天正16年(1588年〕豊臣秀吉が、御陽成天皇を聚楽第に迎え奉る時に使用したもので,加賀藩祖
前田利家公が秀吉より拝領して、二代前田利長公が慶長14年(1609年)に高岡城を築くにあたり町民に与えられたのが始まりと伝承されています。
京都祇園の祭礼にならい鉾山に改造され、高岡関野神社の祭礼日に神輿と共に引廻されて以来、今日の高岡に
継承されてきました。
原点となる御車山は二輪の二番町のものと言われていますが、定かではありません。
 
 御車山は御所車形式に鉾を立てた特殊なものであり、高岡町民の心意気と財力に支えられ、格式を
保ち、高岡の金工、漆工、染織などの優秀な工芸技術の装飾が車輪、高欄(らん),長押などに施工された
日本屈指
イメージ 1
の華やかな御車山です。    御車山の中央に立つ心柱とその先端の鉾留は、神が降臨するためのの目印であり、花傘は祭壇に飾られた花々、そして人形は心柱を伝って降りる神の形式といわれています。古代の日本人は臨時の祭壇(築山)に神を迎えて一年の豊作を祈願いたしました。
御車山は、この築山に車輪をつけて移動できるようにしたものであり、築山行事から発展したものとも考えられます。
 
 山車の巡行は、古式に従い一定の順路を奉曳されます。各山ごとに鈴棒を持った人を先頭に、
前後左右を一文字笠をかぶり麻裃に身を固めた山役員が伴い、雅やかな囃子や、軋む車輪の音色も桃山文化の雰囲気を盛りあげています。引き手もいれて一台の山車に総勢約50人の人が付いて巡行されます。
写真奥より、 通町、御馬出町、守山町、木舟町、小馬出町、一番街通、二番町、
  先頭に露払いとして、坂下町の「源太夫獅子」が御車山を先導します
 
    重要有形・無形民族文化財  全国で両指定されている5件のうちの1件です。            
           以上のコメントは高岡市のカタログより抜粋して参考掲載致しました。
 
イメージ 28咲き始めた、くんしらん2012.04.30.
イメージ 27ムスカリ(左側)。
十二単(右側)
イメージ 26ぼけ
イメージ 24もくれん
イメージ 25ぼけ
イメージ 21れんぎょ
イメージ 20ヒメリュウキンカ
イメージ 22カランコエ
   
 
イメージ 23楊貴妃.左下、プリムラ(黄色)  右下、ネモフィラ(白色)、ハナニラ(うす青、星型)セイヨウハマナ科帰化植物
イメージ 19イメージ 18イメージ 17イメージ 16イメージ 15イメージ 14
イメージ 13芝桜、二色
イメージ 12越中みせばや(絶滅危惧Ⅱ類)秋にピンクの花が咲きます
イメージ 11
イメージ 9水仙二色、。親指姫
イメージ 10
くんしらん、、、魅力的な花に期待!
イメージ 6イメージ 5イメージ 3)ムスカリ
イメージ 7
イメージ 8
ヒヤシンス二色です
  今春も咲き誇る庭の草花!〜〜〜             
イメージ 4プリムラ
四月に入ってようやく遅い春がやって来ました
可憐な小さな花たちの饗宴ですね
イメージ 1
               冬しらず
イメージ 2
                沈丁花

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