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オタヤ商店街から見る万葉線ライトレールは近代都市?に少しでも近くなった象徴ですか。
前田利長君です。
ありました。学生時代には、お世話になりました。戦後間もないころの無料で憩える場所でした。
大抵ゆっくりと店内をみてまわるのが、楽しみでした。本の売買も四、五回した覚えがあります。この本屋で出会ったひとで、いつも「いい本がありましたか?」と言葉をかけて来る年配者がいました。その方は図書館長であり、後に射水神社の宮司をされた、広瀬喜太郎先生で徳富蘇峰を師と仰ぐ人でした。人生訓なるものを教わった記憶があります。高岡では有名な学者さんでした。
オタヤ通りといえば、高岡の代表である老舗デパートの「丸越」〔現在は大和)へは,毎日のごとく通ったものでした。
ただふらふらと店内を見て歩くだけで、何処に何を売っているかを覚えるくらいに、かよったものです。
いわゆる目の保養ですね。
映画館で「日本劇場」 大福院通りの入り口角に邦画専門の封切館でした。わけの分からない恋愛物まで、
上映しているもの全て?みたようです。気にいlれば繰り返し何回も見る事が当たり前でした。日本映画史上初めてのキッスシーンの映画も日劇でした,。なんと、ガラス越しのキッスでしたが、場内はシーンと静かでした、、、?
石坂洋次郎の「青い山脈」も日劇!志村喬主演の「生きる」も今も心に残る印象深い映画でした。
高岡市内の映画館は、セントラル劇場,、高劇〔高岡劇場〕文化劇場、世界館,帝国館、〔歌舞伎座)
どの映画館も良くゆきました。たまには、小さい身体でしたので人混みに押されて入場?タダで見させて戴きました。
終戦直後の混雑に紛れた時代でしたね。
現代のオタヤ通りです。立派なアーケードですね。手前に「大和デパート」があります。
「 オタヤ通り」さん、戦後八年間お世話になりました。その後就職で東京へ上京いたしました。 |

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