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憲法まもる意志表示する
橘 安純(たちばなやすずみ)
政治の話題を世間話しとしてすることはあった。でもワイドショー程度の話で、日本の行く末を危ぶみ、真面目に思案を巡らしたわけではない。
政治の愚痴を言うが、政治に何の期待もしていない、どうせ政治は変えられないと思っている。選挙についても同じことで革新が勝てば喜ぶが、そのために選挙運動に協力しようとは思っていなかった。
議会や政治に期待していなかった。そんなことで世の中変わるとは思っていなかった。
ところで今回は7月29日の参議院選挙に向けて「なめ憲」で「選挙に行こう、護憲候補に投票しよう」という運動をしてきた。
でもこれは、議会や政治に期待しているからではない。以前からイラク戦争は間違っていると思っていて、最近は改憲の動きに危機を感じていた。護憲を訴える機会になると思い運動に参加してきた。
改憲の道筋が見えてきたのに、護憲派はまとまらず、マスコミは疑いなく改憲の道筋を既成事実として伝えるように思う。
なぜ改憲が戦争への道だと言わないのか?
京都のキッチンハリーナでは護憲の講師を呼んでハリーナ九条の会を続けています。
反戦グッズやフェアトレードの品物も売っているカフェです。
そのママと話したとき、マスコミは役所の主張を垂れ流しているだけだ、ちょっと調べただけで裏が分かるのに・・・という内容の話になった。
その時ママは「でもたまにマスコミも良い記事を載せるんですよ、そうゆうときには直ぐ感想を投稿するんです」と言われた。
反戦グッズを売っている平和屋という店がある。自前の店はないのだが儲けなしで反戦グッズを集めてキッチンハリーナ等の店で販売している。
平和屋さんがこんな事を始めたきっかけは胸に付けた反戦の缶バッチだ。バスの中で会った二人、会話交わさず微笑あう。一人の胸に着いていた反戦の缶バッチが、同じ思いの人だと分かる。それだけで嬉しくなり、勇気がわいてくる・・・というような内容のことがホームページに載っていた。
9条の会に入っていたって、日常は何のそぶりも見せず、たまに集会に行くか?
いざというときは反対しますというが、私は信じませんね。そのうち多数決だ、民主主義だといって翼賛態勢に載せられて人殺しの側にたつのだ。現に自衛隊は米軍の後方支援として働いている。
そんなもんじゃないんですか、知らされていなかったんじゃなくて、知ろうとしなかったんだ、真実を。公の発表のなかから真実を探していかなくてはいけない。
最近、新聞の投稿欄に大戦を知る高齢者の、改憲を危惧する声がよく掲載されている。なぜこの声が伝わらないのだろうか?
大戦の反省から「再び繰り返しません」と言っていたのに、やはり歴史は繰り返すのか、繰り返してはいけない・・・
街角でやむにやまれず護憲と叫ぶ
でも主義主張というのは、それぞれのペースがあるし、無理に何かをやれということでもないと思う。
とにかく、いろんな形で意見を表明していこう。新聞に投稿するとか、反戦護憲のTシャツを着るとか胸に缶バッジ一つつけるだけで意志表示はできる。そんな意志表示を見たら声をかけることだ。
同じ思いを持つ人、少なくても人殺しや戦争はいけないと思う人は多いはずだ。
そおいう人の声を代弁して意志表示できる人はいろんな形で意志表示すべきだ。
私は意志薄弱で、躁鬱があるのでずっと闘い続けるつもりはないが、気の乗っている間は意志表示を続けたい。
●橘さんのブログ「路傍たたずみ見つめている」
http://robou.exblog.jp/
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橘さんの詩はいつも響くものがあります。この写真、目のところが燃えているようですね。先ほど買い物にいったらある候補者の宣伝カー「たすけてください!」と。お店の女の子が噴出した。「政見もいわないで、何を助けろというのかね」というと彼女大笑いしていた。名前連呼、議員になればいばりかえる、日本の有権者はばかばかりじやあないよね。
2007/7/27(金) 午後 2:32 [ biwanohappa ]