−内容− 2004年春、イラク邦人拘束事件でマスコミが注目した18歳の少年、今井紀明君。帰国後の彼を待っていたのは、「自己責任論」という日本中からのバッシングだった・・・。その時、彼は何を思ったのだろうか?ひとりの大学生が、同じ若者の視点で彼を見つめた半年間の記録。 この時、私は海外にいたが、バッシングの激しさはネット上からだけでも十分伝わってきた。しかし、この「自己責任論」というアイディアがどこから出てきて、なぜそこまで多くの人がそれに賛同したのか不思議でしょうがなかった。 マスコミ&メディアのクラスで、アメリカ人のクラス・メイトに「なぜバッシングが起きてるんだ?」と尋ねられたが、説明に困った。ジャーナリズムを学ぶ学生に、日本の「自己責任論」が理解できるはずがなかった。 戦争自体の問題点を取り上げることなく、戦地で起きた事故の責任を被害者に追及するジャーナリズムなんてどこの学校でも教えてくれない。そもそも、そんなのはジャーナリズムでも何でもないし、そこから得られるのは責任逃れでしかない。それは、自衛隊を派遣した政府の「責任逃れ」であり、保守的マスコミの「責任逃れ」でもあり、状況を正確に理解しようとしない世論の「責任逃れ」である。 その時、どれだけの日本国民が「劣化ウラン弾の危険性」を知っていただろう。今井さんは18歳という若さで、劣化ウラン弾の危険性を唱え、知り合いの弁護士や編集者ら十数人に呼び掛けて「NO!!DU サッポロ・プロジェクト」を発足させている。(黄色いハンカチが舞う「銃後」の町で 参照) 劣化ウランよって被爆する可能性を政府やメディアが表沙汰にしていないことを、そして、その小核兵器によって多くの人が苦しんでいることを、彼は多くの人に伝えようとしているのだ。(フォト・ジャーナリズム from Dabhand Production) そして、今井さんは劣化ウラン弾の実態を調査するため、ジャーナリストとしてイラクへ向かった。 彼は、国内で「自己責任論」を唱えていたどんな人よりも、自衛隊員のことを考えていたし、イラク戦争の無意味さを理解し、平和を願っていた。(手記「人質」となって) 政治家、マスコミ、世論などに流されないよう、常に変わらぬ原則をもとめ、 その原則を中心に物事をとらえるべきである。 「この世と調子を合わせてはいけません。」ローマ12:2 いまさらこの問題かと思われてしまうかもしれないが、政府とマスコミと世論の関係が非常に今回の総選挙のそれに似ていたので、このビデオリポートを観て、もう一度この問題を考えてみる必要があると感じて取り上げてみた。 |
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確かにもう昔の話ですけど、「原則を中心に〜」って生きているうちず〜っと考えてなくちゃいけない問題ですよね。宗教や、ほかの何かに頼らずに「自分を信頼してる」って言ってる人ほど信用できないですよね。状況によって変わっていく人間・・・朝顔も棒がないと上に伸びないですよね。
2005/9/30(金) 午前 9:55 [ jep*y*25*32000 ]
自分のものの見方には限界があるってことを知るべきですね。
2005/9/30(金) 午後 1:37
関連記事から来ました。
記念に足跡残していきます。
ペタリ。
2013/3/12(火) 午後 9:25 [ haruyama_arch ]