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<新年と新事業> われらにとりては、新年必ずしも新ではない。旧年必ずしも旧ではない。 霊これ新である。肉これ旧である。キリストこれ新である。この世これ旧である。 肉を捨てて霊に行き、この世を去ってキリストに至るよりほかに、旧より新に移る道はない。 この世の人はただ変化を要求する。 彼らが新と称するは、新にはあらずして変化である。 年が変わればこれを新年と称し、政府が変わればこれを新政府と呼ぶ。 しかし新ではない変である。ただ変わったまでである。しかもその実質が変わったのではない。 ここにおいてか真の新なるものはこれをこの世より望むことはできない。この世はいつまでも旧である。 年は幾たび改まるも、内閣は幾たび更(か)わるも、この世はやはり古き旧の世である。 輪換は革新ではない。更生のみ、真の革新である 一人の人がキリストを信ずる時に、真の革新は始まるのである。 内村鑑三 1908年1月 『聖書之研究』より 人は新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。 マタイ9:17 |
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