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ボケる前にちょっと整理をしておこうと思い立って…
乱読ですが ミステリー・ハードボイルドなどを中心に
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◆砂の上の植物群◆
彼は、自分の細胞内部の環境が、すっかり変っていることに気付いていた。それは、「中年になったこと」と言うだけでは、言いあらわされないものだ。父親の窺い知らぬ世界のの入口に立っている、この際にもやはり死んだ父親は彼の頭の中に影を落した。
そのとき、虚空から彼の耳に声が聞えてきた。
「勘違いするな、三十四歳で終った俺の人生のつづきを、お前に引継がせているのだ」
その声の方に向けた彼の眼に、窓の外の風景が映った。戸外は夜になっていて、貨物船からは、黒い影絵になった幾本もの手が、天に向って突出された。
また、声が聞えてきた。
「俺は、お前の中に潜り込んでいるのだぞ」
彼はかすかに躯を揺すり、その声に向って答えた。
「僕の中にいると、ひどい目に遭うぞ」
彼は言葉をつづけて、
「それが復讐だ」
と小さく呟き、いそいで頭を左右に振った。これからのことは、既に亡父とは無関係のことなのだ、と彼はおもったのだ。
彼は立上ると、依然としてナイフとフォークを両手に握ったまま仰向いた京子の顔に向って、
「行こう」
と、物憂く、しかし執拗な調子を籠めて呼びかけた。

お気に入りの作家(国内編17)

  飄々と「生」と「性」を見つめた人…  吉行 淳之介

いわゆる「第三の新人」と呼ばれるグループの人達の作品を読み耽った時期があった
吉行淳之介をはじめ 遠藤周作・安岡章太郎・近藤啓太郎などである
なかでも軽妙な随筆で知られ 対談の名人とも称されていた吉行淳之介の本は 硬軟取り混ぜてよく読んだ
(もちろん「軟」のほうが圧倒的に多かったが)
当時の文壇一のモテ男であり 人生を達観したようなクールな雰囲気には惹かれるものがあったし
軽妙洒脱な彼の文章は30歳前後の若造にとっては 一種の教科書的な存在であった

しかし若い頃から呼吸器系の病に悩まされ続けた彼の後半生は
常に「死」を意識せざるを得ない 暗澹たるものであっただろう
彼のニヒリズムと女性への傾倒ぶりは 人生への絶望感からのものかもしれない

10年位前にNHKの朝の連続テレビ小説「あぐり」は彼の母を主人公にしたものだったが
これに出てくる父「エイスケ」を野村萬斎が好演していた
この「エイスケ」が事実に近いモノであるならトンデモナイ父親であったのだろう
当然 息子である淳之介がこんな父親に拘泥しなかったわけがない
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エイスケには他に和子・理恵と二人の娘がいたが
息子の父親への思いと 娘のそれとではまったく違うように思う
息子を持たない自分としては淳之介のエイスケに対する思いにちょっと興味がある
幾つかの随筆にはこの父親にふれた文章もあるが
上記の「砂の上の植物群」の一節にも そういった葛藤を少し垣間見ることができる

■吉行 淳之介■
1924年生まれ、岡山県出身。作家吉岡エイスケの長男。東京大学英文科中退。大学時代より『新思潮』『世代』などの同人として小説を書く。昭和22年大学を中退し、雑誌『モダン日本』の記者となる。肺結核で入院中の昭和29年『驟雨』で芥川賞を受賞、昭和40年『不意の出来事』で新潮社文学賞、昭和42年『星と月は天の穴』で藝術選奨文部大臣賞、『暗室』で谷崎賞、『鞄の中身』で読売文学賞、『夕暮まで』で野間文藝賞を受賞。94年7月没。
■MY LIBRARY■
|原色の街・驟雨
一見猥本風怖ろしい場所男と女をめぐる断章
面白半分のすすめ女のかたち変わった種族研究
技巧的生活樹に千びきの毛蟲奇妙な味の小説
恐怖対談軽薄のすすめ砂の上の植物群
石膏色と赤贋食物誌猫踏んじゃった
すれすれぼくふう人生ノート麻雀好日
街角の煙草屋までの旅夕暮れまで不作法のすすめ
美少女秘蔵の本3人がいっぱい

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◆塗り仏の宴 宴の始末◆
シリーズ第七弾。昭和28年、裸女を殺害して木に吊す事件が発生。逮捕された作家は捜査陣を戸惑わせる・・・宴の始末がいよいよ明らかに…。

お気に入りの作家(国内編16)

  いまさら何ですが …… 妖怪フリーク   京極 夏彦

イメージ 2妖怪好きになったのはこの人同様 水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』以来である
長じてからは 澁澤 龍彦や荒俣 宏の著作を読むことも多くなったが 彼等のものは西洋系の妖怪・怪物・悪魔などについてが主であった
京極 夏彦の登場を機会にまた日本の妖怪に戻っているところである
民族学の柳田 国男や折口 信夫に至るほどではないが 相変わらずの妖怪好きである

京極 夏彦については多くの方がblogで取り上げているので いまさらどうよ…という気もするが
彼の小説についての感想などを少しだけ……

ひとつは 漢字遣いの巧みさが新鮮であった
題名だけをあげても 「産女」ではなく「姑獲鳥」 「箱」ではなく「匣」 「女郎蜘蛛」ではなく「絡新婦」 「笑う」ではなく「嗤う」というように
一つ一つの漢字の持つイメージを十分に活かした文字遣いに彼の完璧主義が窺われる

もうひとつは 余白使いとアクセントの取り方の巧みさである
十分な余白をとることで「間」をとる
この「間」によって読み手は「怖さ」を増幅させるような…
本編の前にぽんと置かれている「鳥山 石燕」の妖怪図も効果的である
水木しげるとはまた違った味のある絵が本編の不気味さを醸し出している

■京極 夏彦■
1963年、北海道生まれ。
精力的な同人活動を経て1994年、講談社に持ち込んだ「姑獲鳥の夏」でデビュー。無名の新人であっただけに衝撃は大きく、これを機にメフィスト賞が創設された。そのため、しばしば「第0回メフィスト賞受賞者」と称される。
デビュー作以来続く、彼の代表作と言える講談社シリーズには憑物落し(つきものおとし)と同時に推理する新しいスタイルの探偵が出て来る。このシリーズは、極めてページ数が多いのも特徴で『鉄鼠の檻』で826ページ、『絡新婦の理(じょろうぐものことわり)』で829ページ、『塗仏の宴(ぬりぼとけのうたげ)』で上下巻に分けて1248ページという厚さに達している。そのため、講談社シリーズ作品は「レンガ本」「サイコロ本」とも呼ばれる。

妖怪に対する造詣・愛着は並大抵ではなく、妖怪漫画家の水木しげるの弟子を自称し、彼と共に「世界妖怪協会」の中核を占めて活動している。水木しげる作品はほぼコンプリートして、自宅の書斎に設けた特設の「水木楼」に収めている。その徹底ぶりは、水木作品のゲーム版を集めるために、普段はしないゲームのハードも揃えるほどという凝り様である。(Wikipediaより)
                                             ●大好きな妖怪 あずきあらい● 
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■MY LIBRARY■
姑獲鳥の夏魍魎の匣狂骨の夢
鉄鼠の檻絡新婦の理塗仏の宴 宴の支度
塗仏の宴 宴の始末百鬼夜行―陰百器徒然袋―雨
嗤う伊右衛門巷説百物語続巷説百物語
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■廃墟の東■
暗い過去を胸に秘め、極北の地グリーンランドで働くパイロットのマーティン。彼が依頼されたのは、さる飛行機の墜落地点へ保険会社員らを乗せて飛ぶ仕事だった。その飛行機は数々の謎に包まれていた。予定のコースを大幅にはずれていた上、パイロットのかわりに別人の死体が発見されたのだ。氷河を越え、マーティンの機は現場に向かったが……。行く手に待つ恐るべき陰謀と殺人、その果てに浮かび上がる事件の意外な真相とは? 

お気に入りの作家(海外編22)

  ひと味違う 冒険ロマン…  ジャック・ヒギンズ
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いわゆる「戦争モノ」というのは 小説でも映画でもあまり好きではない
特に第一次大戦・第二次大戦に絡むものについては
勝ち負けの結果に拘わらず それぞれの国には戦争に至ったそれぞれの事情があり
どちらが(どの国が)正しいとか悪いとかいう問題ではないはずである
が、中には主人公(作者)の与する側の視点から書かれたことにより
敵味方の区別が ともすれば正邪の区別になってしまったり
場合によっては意図的にすり替えられたりしてしまうことが往々にしてある
例えばヒットラー率いるドイツなどは 勧善懲悪モノの悪玉にされ易いし
戦争モノでなくても 「ドイツ軍をやっつけてスカッとする」ようなストーリーのものはけっこう多い

ところがヒギンズの作品は例外的に好きである
作家紹介にもあるように 上記のような構図にとらわれないヒギンズの作品は或る意味では特異な存在かもしれない。敵味方に関係なく それぞれの登場人物たちが「戦争」という大きな不幸に巻き込まれ苦悩しつつも自らの運命と闘っていく様には胸をうつものがある
冒険小説の魅力である「爽快感」には欠けるかもしれないが 彼のニュートラルな視点には好感が持てる
 

■ジャック・ヒギンズ■
1929年にイングランド北部のニューカッスルに生れる。幼年時代は北アイルランドのベルファストに住んでいた。15歳の時ロンドンに出て以降転々と職を変える。第二次世界大戦にも従軍した。歴史教師を経て1964年から専業作家となり、ハリー・パターソン (Harry Paterson) 、マーティン・ファロン (Martin Fallon) 、ヒュー・マーロウ (Hugh Marlowe) 、ジェームズ・グレアム (James Graham) と複数のペンネームで活動していた。1975年にヒギンズ名義で書いた「鷲は舞い降りた」のヒット以降はジャック・ヒギンズを用いる事が多い。その後チャネル諸島ジャージー島に住居を移し、作品を書き続ける。

ヒギンズの作品は、第二次世界大戦の架空のエピソードと、アイルランド紛争にからんだ孤高のテロリストを主人公とした話の二つにわけられる。詳細な設定、魅力的な登場人物とその心理描写、ストーリー展開の意外性がヒギンズ作品の魅力である。特殊部隊員やテロリストが主人公となることが多いが、これらの人物は必ずしも理想に燃えそのような行為を行っているわけではない。運命に翻弄されテロに身を投じる自分自身の中に矛盾をかかえながら、時に自己嫌悪をいだきながら戦っている。テロリズムを称賛する事はないが、テロリストを単なる悪人に仕立てる事も無い。これは他の単純明解な勧善懲悪型の冒険小説の主人公たちとは一線を画すものである。
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■MY LIBRARY■
廃墟の東地獄島の要塞非情の日
鷲は舞い降りた裁きの日暗殺のソロ
エグゾゼを狙え狐たちの夜シバ謀略の神殿
鋼の虎ヴァルハラ最終指令ウィンザー公掠奪
ラス・カナイの要塞神の最後の土地死にゆく者への祈り

●第二次大戦中、ヒトラーの命を受けたドイツ特殊部隊によるチャーチル首相誘拐作戦を描いた『鷲は舞い降りた』は1976年、マイケル・ケイン 、ドナルド・サザーランド 、ロバート・デュヴァル 等の出演で 映画化された。
 

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◆忍者月影抄◆
君子然として倹約を強いる八代将軍・徳川吉宗。尾張藩主・宗春は甲賀忍者と尾張柳生を使って、かつて吉宗が寵した女たちを日本橋に晒し、その漁色ぶりを痛烈に揶揄する。これを阻止せんと吉宗は伊賀忍者と江戸柳生に秘命を下した!将軍の愛妾をめぐって忍者と剣士が入り乱れる大幻魔戦の結末は―。

お気に入りの作家(国内編15)


  荒唐無稽 奇妙奇天烈 摩訶不思議…   山田 風太郎
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佐伯 俊男 の妖しい表紙絵に惹かれたこともあって 
一時期 山田 風太郎 にハマっていた
もちろん かの 忍法帖シリーズ である
ストーリーがどうこう 時代背景がどうのということでなく 新たに登場する忍者達が今度はどんな奇妙な忍術を使うのかというのがひたすら面白くて読み進んだものだ

忍法帖シリーズの大半を読破すると さすがに飽きがきてしまい しばらく遠ざかっていたものの初期のミステリーものなどはアンソロジーなどでぽつぽつ読んでいた
ところが近年 「あと千回の晩飯」を読むに至ってまた別の魅力を感じるようになってきた
「半身棺桶 」「人間臨終図巻」「死言状」などに見られる彼の死生観である
人生の折り返し点を過ぎ やはり「死」を身近に感じるようになったのかもしれない

なかでも「あと千回の晩飯」(「いろいろな徴候から晩飯を食うのもあと千回くらいなもの」-飄々とした書き出しから始まり、独創と卓見にあふれる文章で死生観を語る。巧まざるユーモアと笑いと驚きに満ちた最新エッセイ集。)はかなり興味深く読めた。

■山田 風太郎■
1922年1月4日生まれ。兵庫県立豊岡中学校を経て東京医科大学医学部卒業。戦後日本を代表するエンターテイナー。「南総里見八犬伝」をはじめとした日本の古典伝奇文学に造詣が深く、それらに影響を受けた奇想天外な大衆小説とエッセイを執筆。馳星周や菊地秀行、京極夏彦など、プロの作家にも氏のファンは多い。また戦時中に書き記した日記は後年作品として世に出るが、記録文学の傑作との呼び声高く、著者の再評価にもつながった。また、風太郎の命日である7月28日は奇しくも師の江戸川乱歩と同日である。
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■MY LIBRARY■
甲賀忍法帖江戸忍法帖くノ一忍法帖
外道忍法帖忍者月影抄忍法忠臣蔵
伊賀忍法帖忍法八犬伝風来忍法帖
柳生忍法帖自来也忍法帖魔天忍法帖
信玄忍法帖魔界転生忍びの卍
笑い陰陽師海鳴り忍法帖かげろう忍法帖
妖説太閤記叛旗兵おんな牢秘抄
魔群の通過妖異金瓶梅人間臨終図鑑
あと千回の晩飯コレデオシマイ

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◆ガラスの鍵◆
賭博師のボーモンは、建設会社を経営する友人のマドヴィッグから大胆な計画を打ち明けられた。地元の上院議員の後ろ盾となって、市政の実権を握ろうというのだ。が、その矢先、議員の息子が殺され、関係者のもとにマドヴィッグを犯人とほのめかす匿名の手紙が届けられた。窮地に立たされた友のため、ボーモンは自ら事件の渦中に飛び込んでいく。非情な世界に生きる男たちを鮮烈に描くハードボイルドの雄篇。

お気に入りの作家(海外編21)


  続・たまには原点に戻って…  ダシール・ハメット

前回のチャンドラーに続き ハードボイルドの始祖と言われているハメット
昔は「ダシール」という名前から インド人だと思っていた(アホ!!)
短編集をぼちぼちと読み直しているが
心理描写というのが殆どない スーパードライである
しかしながら 単なるミステリーの亜流ではない何か魅力的なものが感じられる
その何かがその後のハードボイルドのコアになっているような気がする

「何故ハードボイルドが好きなのか?」という自問に対する二つめの答え
自分は1900年代前半のアメリカが好きなんだと再確認した
その要素がJAZZであり 創生期から華麗に進化してきたクルマであり ファッションなのである
さらにその時代を生きる人々のメンタリティをもひっくるめて 何故か好きなのである
そうした夢の世界のなかで渋く活躍する探偵達にきっと憧れるているのだ…

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■ダシール・ハメット■
 1894年5月27日、メリーランド州セントメアリーズに生まれる。
ハードボイルドの創始者として名高い巨匠。後に大きな影響を残した。 
幼児期をフィラデルフィア、ボルティモアデで過ごす。14歳のとき、ボルティモア工業専門高校に入学したが、一年生の終りごろ父親の病気のため中退。その後、ボルティモア−オハイオ鉄道の雑役、メッセンジャー・ボーイズ、新聞売り、貨物係り、港湾労働者など転々と職業を変える。
 1915年ピンカートン探偵社に入社する。1918年、アメリカ陸軍に入隊、救護自動車隊に配属され、ボルティモア近くに駐屯する。しかし当時世界的に大流行していた感冒(いわゆるスペイン風邪)から結核となり、軍の病院で入院生活を余儀なくされる。
 1919年、7月に除隊し、ピンカートン社に復帰。1921年入院中に知り合った看護婦除背フィン・アンナ・ドーラン(モンタナ州アナコンダ出身)とサンフランシスコで結婚。
 ところが、すぐに妻子と別居し、小説を書き出す。1922年処女短篇「帰路」をブラック・マスク誌に発表、作家としてのスタートを切る。 
 1929年、2年前からブラック・マスク誌に連載していた『赤い収穫』が2月にクノッフ社より出版される。続いて『デイン家の呪い』を発表したのち、ニューヨークに移る。1930年に映画会社の招きでハリウッドへ。同年11月、劇作家リリアン・ヘルマンと知り合う。
 以後、作家、映画脚本家として活躍するが、1934年に発表した短篇 "The Little Pig" が現役時代公式に発表された最後の作品となる。
 1961年1月10日ニューヨーク、レノックス・ヒル病院で肺ガンのため死亡。
■MY LIBRARY■イメージ 3
血の収穫コンチネンタル・オプの事件簿
ガラスの鍵ハメット短編全集(1)フェアウェルの殺人
マルタの鷹ハメット短編全集(2)スペイドという男
影なき男

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