ブックカフェ
[ リスト | 詳細 ]
ボケる前にちょっと整理をしておこうと思い立って…
乱読ですが ミステリー・ハードボイルドなどを中心に
乱読ですが ミステリー・ハードボイルドなどを中心に
|
■廃墟の東■ 暗い過去を胸に秘め、極北の地グリーンランドで働くパイロットのマーティン。彼が依頼されたのは、さる飛行機の墜落地点へ保険会社員らを乗せて飛ぶ仕事だった。その飛行機は数々の謎に包まれていた。予定のコースを大幅にはずれていた上、パイロットのかわりに別人の死体が発見されたのだ。氷河を越え、マーティンの機は現場に向かったが……。行く手に待つ恐るべき陰謀と殺人、その果てに浮かび上がる事件の意外な真相とは? お気に入りの作家(海外編22)
いわゆる「戦争モノ」というのは 小説でも映画でもあまり好きではない 特に第一次大戦・第二次大戦に絡むものについては 勝ち負けの結果に拘わらず それぞれの国には戦争に至ったそれぞれの事情があり どちらが(どの国が)正しいとか悪いとかいう問題ではないはずである が、中には主人公(作者)の与する側の視点から書かれたことにより 敵味方の区別が ともすれば正邪の区別になってしまったり 場合によっては意図的にすり替えられたりしてしまうことが往々にしてある 例えばヒットラー率いるドイツなどは 勧善懲悪モノの悪玉にされ易いし 戦争モノでなくても 「ドイツ軍をやっつけてスカッとする」ようなストーリーのものはけっこう多い ところがヒギンズの作品は例外的に好きである 作家紹介にもあるように 上記のような構図にとらわれないヒギンズの作品は或る意味では特異な存在かもしれない。敵味方に関係なく それぞれの登場人物たちが「戦争」という大きな不幸に巻き込まれ苦悩しつつも自らの運命と闘っていく様には胸をうつものがある 冒険小説の魅力である「爽快感」には欠けるかもしれないが 彼のニュートラルな視点には好感が持てる ■ジャック・ヒギンズ■ 1929年にイングランド北部のニューカッスルに生れる。幼年時代は北アイルランドのベルファストに住んでいた。15歳の時ロンドンに出て以降転々と職を変える。第二次世界大戦にも従軍した。歴史教師を経て1964年から専業作家となり、ハリー・パターソン (Harry Paterson) 、マーティン・ファロン (Martin Fallon) 、ヒュー・マーロウ (Hugh Marlowe) 、ジェームズ・グレアム (James Graham) と複数のペンネームで活動していた。1975年にヒギンズ名義で書いた「鷲は舞い降りた」のヒット以降はジャック・ヒギンズを用いる事が多い。その後チャネル諸島ジャージー島に住居を移し、作品を書き続ける。 ヒギンズの作品は、第二次世界大戦の架空のエピソードと、アイルランド紛争にからんだ孤高のテロリストを主人公とした話の二つにわけられる。詳細な設定、魅力的な登場人物とその心理描写、ストーリー展開の意外性がヒギンズ作品の魅力である。特殊部隊員やテロリストが主人公となることが多いが、これらの人物は必ずしも理想に燃えそのような行為を行っているわけではない。運命に翻弄されテロに身を投じる自分自身の中に矛盾をかかえながら、時に自己嫌悪をいだきながら戦っている。テロリズムを称賛する事はないが、テロリストを単なる悪人に仕立てる事も無い。これは他の単純明解な勧善懲悪型の冒険小説の主人公たちとは一線を画すものである。 ■MY LIBRARY■
●第二次大戦中、ヒトラーの命を受けたドイツ特殊部隊によるチャーチル首相誘拐作戦を描いた『鷲は舞い降りた』は1976年、マイケル・ケイン 、ドナルド・サザーランド 、ロバート・デュヴァル 等の出演で 映画化された。 |
|
◆忍者月影抄◆ 君子然として倹約を強いる八代将軍・徳川吉宗。尾張藩主・宗春は甲賀忍者と尾張柳生を使って、かつて吉宗が寵した女たちを日本橋に晒し、その漁色ぶりを痛烈に揶揄する。これを阻止せんと吉宗は伊賀忍者と江戸柳生に秘命を下した!将軍の愛妾をめぐって忍者と剣士が入り乱れる大幻魔戦の結末は―。 お気に入りの作家(国内編15)
佐伯 俊男 の妖しい表紙絵に惹かれたこともあって 一時期 山田 風太郎 にハマっていた もちろん かの 忍法帖シリーズ である ストーリーがどうこう 時代背景がどうのということでなく 新たに登場する忍者達が今度はどんな奇妙な忍術を使うのかというのがひたすら面白くて読み進んだものだ 忍法帖シリーズの大半を読破すると さすがに飽きがきてしまい しばらく遠ざかっていたものの初期のミステリーものなどはアンソロジーなどでぽつぽつ読んでいた ところが近年 「あと千回の晩飯」を読むに至ってまた別の魅力を感じるようになってきた 「半身棺桶 」「人間臨終図巻」「死言状」などに見られる彼の死生観である 人生の折り返し点を過ぎ やはり「死」を身近に感じるようになったのかもしれない なかでも「あと千回の晩飯」(「いろいろな徴候から晩飯を食うのもあと千回くらいなもの」-飄々とした書き出しから始まり、独創と卓見にあふれる文章で死生観を語る。巧まざるユーモアと笑いと驚きに満ちた最新エッセイ集。)はかなり興味深く読めた。 ■山田 風太郎■ 1922年1月4日生まれ。兵庫県立豊岡中学校を経て東京医科大学医学部卒業。戦後日本を代表するエンターテイナー。「南総里見八犬伝」をはじめとした日本の古典伝奇文学に造詣が深く、それらに影響を受けた奇想天外な大衆小説とエッセイを執筆。馳星周や菊地秀行、京極夏彦など、プロの作家にも氏のファンは多い。また戦時中に書き記した日記は後年作品として世に出るが、記録文学の傑作との呼び声高く、著者の再評価にもつながった。また、風太郎の命日である7月28日は奇しくも師の江戸川乱歩と同日である。 ■MY LIBRARY■
|
|
◆ガラスの鍵◆ 賭博師のボーモンは、建設会社を経営する友人のマドヴィッグから大胆な計画を打ち明けられた。地元の上院議員の後ろ盾となって、市政の実権を握ろうというのだ。が、その矢先、議員の息子が殺され、関係者のもとにマドヴィッグを犯人とほのめかす匿名の手紙が届けられた。窮地に立たされた友のため、ボーモンは自ら事件の渦中に飛び込んでいく。非情な世界に生きる男たちを鮮烈に描くハードボイルドの雄篇。 お気に入りの作家(海外編21)
前回のチャンドラーに続き ハードボイルドの始祖と言われているハメット 昔は「ダシール」という名前から インド人だと思っていた(アホ!!) 短編集をぼちぼちと読み直しているが 心理描写というのが殆どない スーパードライである しかしながら 単なるミステリーの亜流ではない何か魅力的なものが感じられる その何かがその後のハードボイルドのコアになっているような気がする 「何故ハードボイルドが好きなのか?」という自問に対する二つめの答え 自分は1900年代前半のアメリカが好きなんだと再確認した その要素がJAZZであり 創生期から華麗に進化してきたクルマであり ファッションなのである さらにその時代を生きる人々のメンタリティをもひっくるめて 何故か好きなのである そうした夢の世界のなかで渋く活躍する探偵達にきっと憧れるているのだ… ■ダシール・ハメット■ 1894年5月27日、メリーランド州セントメアリーズに生まれる。 ハードボイルドの創始者として名高い巨匠。後に大きな影響を残した。 幼児期をフィラデルフィア、ボルティモアデで過ごす。14歳のとき、ボルティモア工業専門高校に入学したが、一年生の終りごろ父親の病気のため中退。その後、ボルティモア−オハイオ鉄道の雑役、メッセンジャー・ボーイズ、新聞売り、貨物係り、港湾労働者など転々と職業を変える。 1915年ピンカートン探偵社に入社する。1918年、アメリカ陸軍に入隊、救護自動車隊に配属され、ボルティモア近くに駐屯する。しかし当時世界的に大流行していた感冒(いわゆるスペイン風邪)から結核となり、軍の病院で入院生活を余儀なくされる。 1919年、7月に除隊し、ピンカートン社に復帰。1921年入院中に知り合った看護婦除背フィン・アンナ・ドーラン(モンタナ州アナコンダ出身)とサンフランシスコで結婚。 ところが、すぐに妻子と別居し、小説を書き出す。1922年処女短篇「帰路」をブラック・マスク誌に発表、作家としてのスタートを切る。 1929年、2年前からブラック・マスク誌に連載していた『赤い収穫』が2月にクノッフ社より出版される。続いて『デイン家の呪い』を発表したのち、ニューヨークに移る。1930年に映画会社の招きでハリウッドへ。同年11月、劇作家リリアン・ヘルマンと知り合う。 以後、作家、映画脚本家として活躍するが、1934年に発表した短篇 "The Little Pig" が現役時代公式に発表された最後の作品となる。 1961年1月10日ニューヨーク、レノックス・ヒル病院で肺ガンのため死亡。■MY LIBRARY■
|






