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他人の幸福を喜べない自分でいい

5/15(水) 6:05配信

幻冬舎plus

真木あかり



「他人の幸せを喜べない自分が嫌になります」

ご相談者様からこうしたお言葉を伺うことが多くあります。周りの方の結婚や恋愛成就、昇進、はたまたSNSでのキラキラした日常をアップしていること。こうしたものが辛く感じてしまって、自己嫌悪で胸のなかを真っ黒に塗りつぶすような状態に至ってしまう方というのは、最初からそうだったわけではないはずです。きっと多くの方が、友達の幸せは良いことだとわかってもいますし、他人は他人と理解もしておられるのでしょう。

でも「こんな自分が嫌」という気持ちが人を幸福にすることはありません。思うにまかせないことがあるたびに「こんな自分」はどんどん大きくなります。嫌という気持ちが嫌な気持ちを呼ぶ、それを防ぐのはこうした「他人の幸せを喜べない」という現象を少し理解しておくことかな、と思います。

「他人の幸せを喜ぶべき」なのは、なぜ?

「他人の幸せを喜べない自分が嫌になる」という気持ちを強く持っている方のお話を伺っていると、その根底には共通した思いがあることに気づきます。まとめるならば「他人の幸せは喜ぶべきだ」という思い。「喜べないのは卑しい人間だ」「優しく親切な人間であればおのずと喜びの感情が湧き上がってくるはずだ」という思いを抱える人もおられます。

もちろん、かけがえのない友人が幸福そうにしているとき、まるで自分のことのように嬉しく思えることもあるでしょう。ただ、すべての状況でそういった反応を自分に適用しようとするのは、あまりに無理があると思うのです。どうしたって比較してしまうのが人間です。感情にも波があります。自分が不幸のどん底にいたり、焦って不安で押しつぶされたりしそうなときにまで、手放しで喜べなくてもいいのではないでしょうか。なかには「子どもの頃の自分はあんなに喜べたのに」と過去のご自身を振り返る方もおられますが、人は成長すればするほど、記憶は複雑なひだを刻みます。昔ほど単純に喜べないのもまた、人の“深さ”の一部ではないでしょうか。

他人の幸せが喜べないことがダメだと、誰が決めたのでしょうか。心の底をよくよく覗いてみると、実はそう思い込んでいるのは自分だったりします。そして自責の念が強い人ほど「幸せを喜ぼうと頑張った人」なのですよね。私はそのことこそが、決して平坦ではない人生というものにおいて、とても美しいことなのではないかと思うのです。

他人の幸せ、自分のことみたいに喜べなくたっていいじゃないですか。

喜べたら喜べたでいい。でも、喜べなくたっていいんです。自分のことじゃ、ないんですから。

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最終更新:5/15(水) 6:05
幻冬舎plus

転載元転載元: nk8**6eのブログ

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