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さて、日本は来たるW杯で盛り上がってるだろうけど、 (いや、今はオリンピックか…。日本のことは分からんです) 同時にアジアカップの1次予選も地味に始まっている。 先週は日本代表とインド代表が戦っていた。 そしてその裏で、我らがシリア代表は韓国代表と激突したのだった。 場所は奇しくもシリア。ということで、 折りよくシリアを訪ねていた学生時代の友人と、いざサッカー観戦へと出かけた。 ちなみにこの国のサッカー人気は半端じゃない。 会場はご覧の通りの超満員。でも代表チームは相当弱いんだけどね… さて、冷静に考えれば誰もが韓国代表の勝ちを疑わないこの試合、 試合前にシリア人サポーターに突撃インタビューを敢行した。 今日の試合の結果、どう予想する?? さて、終わってみれば、試合はシリア代表が大健闘。 惜しくも1−2で敗れはしたものの、どっちが勝ってもおかしくないゲームだった。 あと一歩のチャンスを確実に外すあたりは、さすがシリア代表だったけどね… さてさて、この国ではサッカーの試合でも おびただしい数の警察官が動員されるようだ。 なんだか相当に物々しかった… でも案の定、試合が緊迫すれば、みんな警備なんか忘れちゃうんだけどね。 さすがは平和な国、シリアです。あはは この日の話、もうちょい書きたいことがあるんで
続編を書いてみることにしまっす。お楽しみに〜!! |
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自慢じゃないが、自分は文化的な人間じゃない。 小学校から大学まで、ずーっと運動ばっかやってた体育会万歳人間です。 でも、そんな僕にもついに生まれ変わる時がやってきた。 なんと、シリア国立交響楽団のコンサートを聴きにいったのです。 そう、皆さん知っての通り、今年はモーツァルト生誕250周年。 このコンサートもそれを記念しての催しというわけ。 長年親しんだ名曲の数々を国立オーケストラで聴けると思うと、本当に鳥肌モノ。 …と、こんなことを書いてはみたものの、 ベートーベンとモーツァルトの区別もつかない自分が 彼の生誕のことなど気にかけていたはずもない。 コンサートといえば小学校のとき妹のピアノの発表会に行ったきりの僕は、 途中で居眠りをしないかだけが唯一の気がかりだった。 てなわけで、思いっ切り舞い上がりながらも精一杯のお洒落をしていざ出陣。 街の中心部からだいぶ離れたコンサート会場に着いてみて、あらビックリ。 シリアにこんなお洒落なスポットがあったとは・・・!? 日本の一流コンサート会場と比べても遜色ないじゃない。 …ま、日本でこんな場所に足踏み入れたことないんだけどね。 で、肝心の演奏も本当に凄かった。 シリアの国立オーケストラの実力はかなりのもののようで、 ある程度の耳を持つ友人も「スゲー…」と絶句。 特にピアノには世界的に有名っぽいスイス人が招かれてて、本当にヤバかった… というか、この国は本当に二極分化してる気がする。 ヨーロッパの文化の影響を受け、洗練されたシリアと、 そういう欧化の並にひたすら抵抗し続けるシリア。 この国は今、どちらの道を行くかの岐路に立ってるのかもしれない。 そんなことを、スカーフを被った女性のほとんどいない会場で考えたわけ。 村では女性の姿を見ることすらできないのにね。 ほんと、この差異は凄いよね。同じ国とは思えない… ま、たった一回オーケストラを聴いただけで文化人に
生まれ変わった気がしちゃう自分も凄いと思うけどね。 帰国までに、もっと洗練された男になろうと思います。 |
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途上国で仕事をしてると、 こんな若造の自分でも結構すごい人と接点がある。 大統領夫人や大臣クラスの人間と話をすることあるし、 国連機関や大使館の人と接する機会もかなり多い。 職場では自分より遥かに年上の人に対してアドバイスをするし、 NGOなどのトップとも対等に交渉をしなきゃならない。 自分はここには「日本の専門家」として派遣されてるわけで、 仕事上では相当な待遇を受けていることになるんだと思う。 きっと日本では絶対経験できないだろうな… http://www.geocities.jp/al_quneitra/DSC_3824-s.jpg ↑パパの顔を載せてもツマらんので娘の写真を。ノーラ・シェラ、年齢不詳。 かなりの美貌と抜群のスタイルを持ち合わせてます。 彼女のパパ、シェラさんは就任と同時に14人も閣僚を変えて、 政治体制の抜本的な立て直しをはかった模様。 ここんとこ政治面の動きが活発なシリアだけど、 あんまやりすぎて問題にならないといいんだけどね。 ちなみに前職は外務大臣で、欧米諸国も目をつけてるらしいし… とにかく、美人の娘が悲しまないためにも、
パパの身に何も起きないことを心より祈ります! |
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さて、活動もそろそろ折り返し地点に差し掛かったわけだけど、 僕はこの時期に大きな決断をすることになった。 なんと、 活動の拠点を田舎の村から首都ダマスカスに移すことにしたんです。 これまでも悩みの種だったように、僕はこれまで村に住みながらも メインとなる活動を首都ダマスカスで行ってきていた。 だから、活動をよりスムーズに行うにはどうしても必要な決断だったと思う。 これまでの生活スタイルも大きくは変わらないはずだしね。 でも、やっぱ拠点がド田舎から大都会になるってのは大きい。 上の写真を見ての通り、ダマスカスってのは驚くくらい大都会なのです。 なんだかんだで、自分が協力隊の2年間で得たかったのは 究極の異文化体験だったわけだし、それには村がもってこいだった。 やっぱり何だか寂しいような気もする・・・ でも、これからも村での活動は続けるつもり。 これまで住んでた家はJICAの計らいで今後も事務所として使えることになった。 つまり好きなときに村に帰って、村人と戯れられるってこと。 やっぱ大好きな村と別れることはできないっす、ホントに。 ちなみに、勤務先も変更になりそうな感じ。 これまで村落開発のNGOにいたわけだけど、今後は環境省で働くことになるかも。 僕の働いていたNGOは環境の分野に本気で取り組むつもりがないらしく、 それなら他の機関に移った方がいいんじゃないってことでこうなったわけ。 ま、きっと新しい組織にも色々な問題はあるんだろうけどさ… さてさて、こんなわけで、 活動期間も残り半分くらいって時期に、僕は大きな方向転換をしようとしてるわけ。 もちろん、怖さはある。 これまで積み上げてきたものをある程度は崩してしまうと思うし、 残りの短い期間でどれだけの成果を残せるかも今は確信を持ててない。 まぁ、これが自分の選んだ道なわけで、 この先も自分を信じて突っ走るしかないわけです。 この先どんな結末が待っているのやら・・・
ま、行けばわかるさ。 |
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