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聞くところによると日本にも大寒波が来てるらしいけど、 ここシリアも結構寒い。というより、自分の家が恐ろしく寒い。 まぁおそらく気温的には日本とそんなに変わらんだろうけど、 こっちでの体感気温は日本のマイナス10度くらい・・・ その主な理由は、ズバリ、暖房器具の貧困さであります。 (精神的な心の寒さも影響してる可能性大…) 日本にはエアコンという文明の利器がある。 どんなに寒くとも、家に帰れば温かい部屋が待ってる。 みんな「あぁ、寒かったね」って言うでしょ。 さて、そんな我が家自慢の暖房器具はこれ。 かなり古典的な暖房器具で、アラビア語でソービアって言います。 なにやら複雑な構造だけど、上部にある入れ物に石油を入れて使います。 最終的にはラクロスのスティックまで動員し、 ついに作業は完了。といっても不安定感は否めない・・・ 友人は「後日補強しよう」と言って去っていった。 数日後「補強しようよ」と持ちかけた僕に「落ちたのか?」と聞く友人。 そして、ここで素直に「落ちてない」と答えてしまった僕。 補強は幻に終わりました・・・ というわけで、今は煙突落下の恐怖と隣り合わせで生活してます。 しかも我が家は無駄に一軒家。 日本のちょっとしたリビングクラスの部屋が4つあり、 僕の前には12人の人間が生活してた家なんです。 正直、キツいです。 |
村の暮らし
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ラマダンが終わり、村には楽しい楽しい3日間の祭日がやってきた。 この日は村人たちも思い思いのオシャレをし、 ウキウキ気分で友人たちの家に挨拶回りに行く。 ということで、僕も珍しくスーツなんか着て友人宅を訪問してみた。 さてこの祭日、雰囲気は日本の正月にすごく似てて、 みんな「あけましておめでとう」的な言葉をとにかく言いまくる。 それに、「お年玉」的なものとして、親は子供にプレゼントもあげるようだ。 まぁ、多くの親が子供に銃のおもちゃをあげてしまうのは ちょっとこの国の悲しい現状を物語っているような気がしてしまう… さてさて、こんな楽しい祭日を満喫の真っ只中、 僕はまたも体調を思いっきり崩してしまった。 おそらく何か悪い食べ物にあたったと思われるのだけど、 夜中に急に激しい吐き気と腹痛に襲われ、あわてて体温を測ると さすがの僕も寝付けなくて一日中うなされ続けたのだが、 困ったのは高熱の中で見た夢の内容。 どうもイスラムの宗教指導者らしき人が 「なぜお前はイスラム教に改宗しないんだ!!」 「アッラーに祈りを捧げろっ!!」 などと僕を必死に説得するという悪夢でした。 この初夢(まぁこっちは正月なんで)が一体何を暗示しているのかは不明だけど、 あと一歩で改宗するトコだったってことは確かです(笑) 一時的な食中毒だったってこともあって、 一日たった今は完全にピンピンしてるわけですが、 (偉大なアッラーのお力添えのおかげだな、きっと) やっぱラマダンのせいで免疫力が落ちていたのかも… これから少しずつ身体を戻していくつもりです!!
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ついについに、今日でラマダン(断食)が終了した。 全日程約30日間を、僕は挫折することなくやり遂げたわけだ。 (上の写真は最後のラマダン明けの食事の模様) とてつもない空腹感で気分が悪くなったり 脱水症状を起こして体調を崩してしまったりと、 辛いことも沢山あったわけだけど、終わってみればいい経験だったなと思う。 一日中我慢していた体に水分が染み込む感覚は何とも言えないし、 ラマダン明けの食事は本当にとてつもなく美味しい。 飲食を自由にできることの幸せを、改めて知ることができた。 自分はある種の精神修行のためにラマダンにトライしたわけだけど、 この経験でムスリム(イスラム教徒)たちのことをより良く知ることもできたとも思う。 それに、何よりも自分が断食したことで村人たちは僕をより受け入れてくれた気がする。 さてさて、今回のラマダンを通して、僕はイスラム教の考え方をより好きになれた。 前にも書いたけど、ラマダンには自らの心身を清めるというだけではなく、 貧しい人の気持ちを知り、そうした人々に施しを与えるという側面があるのだ。 僕はこの考え方にとても感銘を受けた。 実際、ラマダン中には貧しい人々に対しお金を施す「ザカート」という制度がある。 この制度で集められたお金の大部分はイスラム慈善団体により運用され、 社会的弱者に対する教育・医療などの様々な社会福祉サービスに充てられている。 ちなみに自分もついさっきイスラム慈善団体にこの「ザカート」を渡してきた。 金額は自分の家族の人数に拠って変わるということだったので、 僕もちゃんと日本にいる家族の分を勝手に支払ってきました。帰国したら回収する予定です。 このイスラム慈善団体の活動を一つ紹介しよう。 下の写真が一体何だか分かるだろうか? これはシリアで一番大きなモスク、ウマイヤド・モスクでの光景。 貧しい人々(みんなが貧しいわけじゃないけど)に対して食事を振舞っているのだ。 人数はざっと5000人くらいいたのではないだろうか。 それにしても、これがラマダン中は毎日行われるというからスゴい… ただ、自分もこの食事に参加してみたところ、 なんと靴を盗まれるというアクシデントに見舞われてしまった。 盗まれた瞬間にはどうしようもなく腹が立ったが、やはり貧しい人々が集まる場所で 危機意識を欠いていた自分の方が悪かったと思い、今は逆に反省している。 (こういう考え方ができたのも、ラマダンのおかげかなぁなんて思ったりもしている。) まぁ、そんなわけで本当に色んなことがあったわけだけど、それも全て今日で終わり。
明日からはラマダン明けの3連休が始まるらしい。 この休日は日本の正月に相当するようで、それはそれは盛り上がるとのこと。 村では一体どんなことがあるのか、今から楽しみだ。 |
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昨日からいよいよ、ラマダンが始まった。 「ラマダンって何?」って人も、「断食(だんじき)」って言えば多分分かるかなと思う。 イスラム教徒が年に1ヶ月間必ず行うもので(子供・病人・妊婦は除く)、 ラマダン中は食べることはおろか水を口に含むことやタバコを吸うこともできない。 なんと歯磨きやうがいすらしてはいけないというから、これはタダゴトではない。 でも、そうすることで飢えている人の気持ちを知り、貧しい人に対する施しを行うためらしい。 「でもそんなことしたら死んじゃうじゃん!」って思う人もいると思うけど、 ラマダンってのは日が出ている時だけ。つまり日が沈んでる間は何をしてもいいのである。 それから、これは今日聞いた話だけど、ラマダン中は悪いことを口に出すことも禁止。 要は心を常に清く保たなきゃいけないらしく、SEXや自慰行為も禁止。 あと、さらに驚きなのは、異性を意識して見ることも禁止らしい。 もし異性が目に入ったら、基本的には目をそらさなきゃいけないとのこと。 うーん、なかなか厳しそうだ… 乗り越えたら新しい自分を発見できるってのも頷ける気がする。 以下、ラマダン1日目のレポート。 今日は午前中まで首都に滞在し、昼過ぎにバスやヒッチハイクで村まで戻った。 道中いつも騒がしい場所も妙にひっそりしていて、なんだか怖いくらいだった。 (飲食店は全て休業し、会社や学校すら終了時間を早めてしまう。) 空腹のためか、なんだか妙に人が殺気だってるような気もするし・・・ が、14時ころになると急に道が混みだした。 そう、みんな来たるべき日没時の食事(「イフタール」と呼ばれる)のために シリア中の人間が一斉に買出しに出かけるのだ。 僕も空腹でイライラしだした頃に謎の渋滞に遭遇し、 「オラオラ早く進めよ!」とか叫びたくなったけど、 清き心を保つためにその言葉はそっと胸にしまってみた。 うーん、聖者になった気分☆ そして空腹がもはや空腹とは感じられなくなった頃、 いよいよ待ちに待ったイフタールの時間となった。 日没と同時にモスクからお祈りの言葉が聞こえ始め、 それを合図に世界中の全イスラム教徒が飯を食らい始める。 地球規模で考えると、これはなかなか異様な出来事である。 さて、イフタールにはもの凄いご馳走が登場すると聞いていたが、 僕のお邪魔した村人の家はいつもとそこまで変わらないメニューだった。 「なーんだ」と一瞬ガッカリするも、食べてみてあらビックリ。 一日中待ち望んでいた食事というのは格別に美味しく、 「食べることってこんなに素晴らしかったのか!!」 と思わず叫ばずにはいられなかった。 いやぁ、やっぱラマダンって本当にいいもんですね。 さて、この記事を読んだラマダンを躊躇してるアラブ圏在住の貴方、 はたまた飽食国家ニッポンでノホホンと暮らしているそこの貴方、 一緒にラマダンで清い人間になってみませんか!! 自分は根性が続く限り実践していくことを、
ここに高らかに宣言します!!(…多分ね) |
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ここ数日、僕は見るもの全てに驚きまくってる。 実は3日ほど前から同僚の住むシリア中央部の村に来ていて、 そこで以前自分の村でやったような経済調査をしている。 でも、今回は調査の内容なんてさておき、 僕の感じた圧倒的な文化の差について書きたい。 何度も書いてる通り、僕の住んでる村は超厳格なイスラム農村社会。 女性はあまり表に出ないし、服なども肌が露出しないものを着てる。 酒なんてご法度だし、敬虔な人が多いってことが雰囲気で伝わってくる。 でも、今いるマルアーネという村は、同じシリアの農村とは思えないほど雰囲気が違う。 ここは僕の住んでるエリアとは100キロ以上離れてるだけでなく、なんとキリスト教の村である。 さてさて、じゃぁ何が違うのかって、村人たちの格好が違う。 うちの村では女性は真夏でも肌は露出させないし、男性も短パンとかは避けるべきってことになってる。 でも、ここでは女性がタンクトップで村を歩き回ってるし、男性もどことなく都会的なファッションをしてる。 そう、すっかり田舎者になってしまった自分には、なんていうか「イケてる」感じなのだ・・・ 次に村の雰囲気。これもうちの村に比べると驚くほど開放的。 村人はガンガンお酒を勧めてくるし、夜遅くまで教会でダンス(写真)をしたりしてる。 おまけに村の中を若い男女が手を繋いで歩いていたりする。 きっとうちの村の人が見たら腰抜かして泡吹いちゃうだろうな・・・ 他にも家の造りやら食事の仕方、はたまた至るところに貼ってあるキリスト教の壁画などなど、 同じシリアの農村とはとてもじゃないけど思えないほどの違いがあった。 時おり聞こえてくる音もモスクのアザーンじゃなくて教会の鐘の音だし・・・ てなわけで、今まで「アラブの農村」を完全に一括りに考えてたけど、 それが丸っきり間違えだったってことにやっと気付かされた。 文化ってのは本当に千差万別で、 決してステレオタイプのイメージで見ちゃいけないんだなぁと・・・ いやぁ、異文化で暮らすのって本当に面白い!! |



