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ここのところ、村に帰ってきて少しノンビリとした生活を送っている。 ラマダン中のゆったりとした時間の流れの中で、村の友人たちと過ごす時間は悪くないものだ。 それにしても、何もない村での生活に心地よさを覚え始めている自分に、僕自身すごく驚いている。 まぁ先月シリア中を忙しく駆け巡っていたのでこのように感じているのかもだけど、 自分もこのアラブの空気に溶け込んで(飲み込まれて?)きたことを実感する今日この頃である。 さて、こんな何も起こらない平穏な日々の中で、今日はある出来事があった。 僕がこの村に住み始める2日前に、隣の家のじいちゃんが亡くなったという話を以前に書いた。 (じいちゃんについて→http://blogs.yahoo.co.jp/daichi_syria/6562981.html) で、実はイスラムの掟にはこんなものがある。 「未亡人は、夫の死後4ヶ月10日間は家族(二親等まで)以外にあってはならない」このことをアラビア語では「オーダ」というらしい。 この掟はどうやら離婚した女性(男性はしない)にも適用されるらしく、 離婚後の4ヵ月10日間は同じく家族以外には会ってはいけないらしい。 この掟により、彼女たちはほぼ自室を出ないという状況になるわけである。 ちなみに妊娠していた場合は出産が終わるまではこの「オーダ」が続くそうな。 ・・・うーん、なかなか厳しい掟だと思いません? というわけで、隣の家のばあちゃんも当然この「オーダ」をしていたわけだ。 でもって、今日がその4ヶ月と11日目。 つまり久々に家族以外に顔を会わせても良い日なわけだ。 というわけで、僕も早速会いに行って話しをしてきた。 (ちなみに会うのはまだ2回目で、だいたい5ヶ月ぶり) 久々に見るばあちゃんは、なんだかすごく太ったような気がしたけど、 割とケロッとした顔をしてるなって印象を受けた。(写真中央) ここで「オーダ」中のエピソードを一つ。 この間僕が隣の家にお邪魔したとき、 偶然ばあちゃんの顔が見えそうになってしまったことがあった。 で、そのときの家族の慌てようはすごかった。 僕がその方向を見ようとした瞬間、 「ダイチ、目を閉じろ!」 「すぐに180度回転しろ!」 などと家族がみな一斉に口々に叫んだのだ。 隣の家の人間はただでさえ声がデカくて、僕はものすごく恐怖を感じたのを覚えている。 まぁ、それくらいこの「オーダ」って掟は厳しいってことです。 それにしても、 4ヶ月と10日間ものあいだ自室で夫の死を悲しんだばあちゃん、 その間はいったいどんな気分だったんだろうな・・・ ばあちゃんと話している間中、僕はそんなことにばかりに想いを巡らせた。
で、最終的にはどんな言葉をかけていいのか分からず、ただただ顔を眺めるだけになってしまった。 ちなみにばあちゃん、3日後から息子とイスラム教の聖地メッカに旅行に行くらしいです。 てなわけで、とりあえずは「旅行を楽しんできてね!」とだけ声をかけてみた僕なのでした。 |
村の人々
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オスカーちゃん、7歳。 マルアーネ村在住。 もともとシリアって国は美男美女が多いで有名なんだけど、 この女の子はこれまで見かけた中でも相当に美形だと思う。 オスカーちゃんとは、村の経済調査(僕の住んでる村ではない)の途中で出会った。 で、残念ながら彼女の家庭は村の中でも最も貧しい部類に入る。 すんごく幸せそうな家庭に見えるけど、 この親父さんは何やら「怠け者」で有名らしいのだ。 僕の目にはそうは映らなかったけど・・・ 村の中で「怠け者」って思われてる人に 金銭援助を行うってことはかなり厳しい・・・ (低額融資を行っても、返済の見込が薄いから) でも、彼の家は明確に他の家よりも貧しいわけだ。 子どもたちも多分すごく苦労している(することになる)んだと思う。 一体どうすれば彼女たちの助けになることができるんだろう・・・ あぁ、援助って本当に難しい・・・ とりあえず可愛い女の子の写真撮りまくってみました。 驚くほどのペースでシャッターを切るアホな日本人たちに、家族も大喜び。 女の子も最終的にはモデルさながらの表情作りができるようになったとさ。 |
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この間行った結婚式の時に撮った写真。 いやぁ、それにしてもシリア人の子どもって本当に可愛い・・・ って、大人も太らなきゃ美男美女なんだけどね。 (でも8割のシリア人は間違いなく太る、いや別人になる。) あ、そういえばその昔ブログにも壊れたと書いた一眼レフは 日本での修理を終えて無事シリアに帰ってきました。 今は僕と一緒に毎日元気に活動してくれてます。 メーカーとの交渉やら郵送などに尽力してくれた父親に感謝!! |
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この村に赴任する前に、一度村の様子を見に来たことがあった。 あの時は語学も本当にどうしようもなく(今もだけど・・・)、 何もかもが信じられない光景で、とにかく不安な気持ちで一杯だった。 聞くところによると隣の家は52人の大家族だとかいうし、 一体この村はどうなってるんだよって感じだった。 それでも招待されたその隣の大家族の家でお茶を飲んでいると、 その家の長老である85歳のじいさん(写真、右から2番目)がこんなことを言ってくれた。 この言葉を聞いて、一発でこの村のことが好きになったのを覚えている。 「この村の人は俺のことを受け入れてくれる」 この言葉のおかげで、そう思うことができた。 村に赴任したら、彼と色々な話をしたい。 色々な経験をしているだろう彼から、少しでも何かを吸収したい。 心の底からそう思った。 でも、僕の恩人である長老は、僕の赴任を待たずして亡くなった。 ちょうど僕が赴任する2日前のことだった。 話に聞くところでは、葬式には各国から5000人を超える人が参列したらしい。 (僕は赴任準備のために、残念ながら式に参列することはできなかった。) その圧倒的な規模が、彼がどれだけの人徳者かを物語っているように思えた。 でも、彼が僕に残してくれたものは大きい。 今、村人たちは僕と長老の会話を、まるで伝説のように語っている。 「長老はダイチのことを同じ家族の一員って認めていたんだ」 「ダイチは長老に認められた人間なんだ」 中にはこんなことを言うヤツもいる。 「ダイチは長老と入れ替わってこの村に来たんだ」 それは言いすぎだろとも思うけど、やっぱり僕としては嬉しくてたまらない。 先日、僕が撮った彼の生前最期の写真を 隣の家族にプレゼントすると、みな本当に喜んでくれた。 中には写真を見て泣き出してしまう人もいた・・・ あらためて彼という人間のすごさを感じてしまった。 でも、当たり前だけどこんなのは恩返しとは呼べないと思う。
彼への本当の意味での恩返しはまだ始まったばかり。 彼ほどのビッグな男の代役が務まるかは分からないが、 この村のため、彼のために、自分ができることを力一杯やっていこうと思う。 |
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これからちょっつずつ、 ギルギス村で暮らしてる村人の紹介をしていきたいと思う。 まず最初に紹介したいのはヌーラルディーン。(写真、もちろん右側) 彼は僕が今一番仲良くしているヤツで、夕飯とかはほとんど彼の家で食べてたりする。 カウンターパート(同僚)の弟だってこともあって、仕事関係でも一緒に行動することが多い。 イスラム社会には面倒見のよい人間が多いけど、 彼は特に僕のことを心配して色々と気遣ってくれる。 本当にいいヤツだ。 職業は教師(って言っても、それだけじゃ給料足りないから農業もしてる)。 でもって年齢は30歳。独身・・・ この村の婚姻年齢はかなり早く、 30歳になっても独身でいることはかなり珍しい。 僕は不思議に思ってこう聞いてみた。 「なんで結婚しないの?」 すると、すごく嬉しそうな顔をして 「来月には結婚するんだ。ダッチ(イが呼びにくいらしい)も式には呼ぶよ」 と言っていた。すごい楽しみだ。 ちなみに彼女は首都ダマスカスで小学校の先生をしているらしく、 先生つながりで一年ほど前に知り合ったらしい。 そんなヌーラルディーンと、今日は一緒に近くの村を見て回った。 特に気にかけてはなかったけど、彼と会うのは2日ぶりだった。 村を見て回りながら、ふと気になって 「ところでいつも彼女とはどうやって連絡取ってるの?」 と聞いてみた。すると、思いがけない言葉が返ってきた。 なんでも彼女はどうしても首都ダマスカスで暮らしたいらしく、 村での生活がある彼は泣く泣く婚約を解消したらしい。 で、この2日間は悲しみのあまり部屋に閉じこもって、失恋の曲を聴きまくってたとのこと。 うーん、あまりにも悲しい…。 ってか、シリアも日本と同じように農村部に嫁は来たがらなくなっているようだ。 そのせいか、見たところでも村の中での同族結婚がすごく目に付く。 いとこ同士で結婚なんてのは、すごくよくあることらしい。 でも、この状態がずっと続けば、きっと遺伝子的に問題が起きる気もする。 僕にはどうすることもできないが、どうやら複雑な問題が眠ってそうな予感・・・。 なんだか人の紹介っていうより 単なる悲しい話になっちゃったけど、これで終わります。 あ、そうだ。 この話をネットに書いていいかって聞くと、 (ネットに書くってことの意味が分かってたかは分からないけど) 「ついでに花嫁募集中って書いといて」とのこと。 てなわけで、 ヌーラルディーン30歳、シリアの僻地の村で暮らしてくれる女性募集中 興味のある人は連絡ください。いいヤツですよ。
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