|
清須城は織田信長公が居城としていた城で、桶狭間の戦いの出発の地でもあります。 新幹線に乗って博多から名古屋方面へ向かうと、もうすぐ名古屋に着く少し前に、左手にお城が現れます。 清洲城です。 この清洲城は信長公の城ではなく、清須城をイメージして建てた建築物でいはゆる模擬天守になります。 文献には清須と清洲の両方登場するみたいです。 (1) 模擬とはいえ、灯りに演出された風景はとても美しいです(^_^) (2) (3) 夜間はこうやってライトアップされた光景を楽しむことが出来ました。 (4) 前夜は名鉄で清須に入りましたが、翌日はJRで清須へ。 清須駅から少し北へ歩くと総見院というお寺があります。 (5) 信長公ゆかりのお寺になっています。 総見院は家康の命で行われたいはゆる清須越し(1609年)(清須の町がまるごと名古屋へ移転)で名古屋の大須に移ります。 名古屋に移った後の清須はゴーストタウンになったわけですが、尾張藩主となった徳川義直公が清須の地に総見院を興し、信長公を祀ったといいます。 (6) (7) お寺には信長公の兜(本能寺の変で焼けた中で次男・織田信雄が探し当てた)があったりするようです。 お寺からJRまで戻り、線路沿いに南下します。 しばらく歩くと公園に辿り着き、そこが信長公が居た清須城址になります。 城址には信長公と濃姫の銅像が並んでます。 (8) 濃姫の銅像は清洲城にあったのを信長公の隣に移設したそうです。 (9) (10) 桶狭間に出陣する信長公の姿を現しているそうです。 (11) すぐ脇には「人間五十年・・」の碑が。 (12) 銅像は桶狭間を向いているそうです。 (13) お城の建物の痕跡は全くありませんが、石垣などは一部公園の中にあるということです。 清須といえば清州会議。 信長公亡き後、後継者を決める会議で、秀吉が一歩リードした地でもあります。 (14) 広い公園の一角に、お城を示す碑があり、「洲」の方を使ってました。 (15) 清須城の向こうには川を挟んで清洲城があります。 (16) 案内板があり、信長公を祀る社もありました。 (17) いい碑(^_^) (18) 清須城で歴史に想いを馳せたあとは清洲城へ。 (19) (20) (21) (22) 天守閣からの眺め。 (23) 新幹線の向こうに見える森あたりに信長公の銅像があります。 帰りは名鉄の方へ歩きましたが、清須城址のところには織田家の大きな家紋モニュメントが目に入りました。 (24) 川沿いに少しあるくと五条橋があります。 五条橋は清須越しで名古屋に移りました。 (25) この橋はその当時の姿を復元したそうです。 信長公はこの橋を渡って出陣したんでしょうね。。
|
全体表示
[ リスト ]




