|
前回大阪に来たときは、時間が足らず四天王寺へは行けなかった。 安居神社の後、三光神社へ向かってます。 まあこの時は真田丸メインで幸村の史跡中心に廻ってたしね。。 安居神社から谷町筋を過ぎて200メートルちょっと歩くと鳥居が見えて来ます。 (1) 西大門。極楽門とも呼ばれているそうです。 (2) 極楽に通じる門らしい。 左手には親鸞上人の像もある。 (3) 門を潜ると金堂と五重塔が見えて来ます。 (4) 四天王寺は聖徳太子が593年に建立。 物部氏と蘇我氏が争っている頃に蘇我氏の勝利を祈願して建てた、と(日本書紀)。 右手に廻って一度外へ。 南大門から入って中門へ。 (5) 三脚立てて撮るには角度的には左側がいいかな(^_^) (6) 中門の仁王像。 (7) (8) 五重塔など中心の建造物を観るために西重門から入ります。(拝観料必要) (9) きれいだなあ(^_^) 五重塔は登れます。 螺旋階段をひたすら登り(~_~ ![]() 中からは撮影不可。 あべのハルカスといっしょに。 (10) 逆光です(15時頃) 金堂と講堂は仏像が良かった(^_^) (11) 聖徳太子の頃だからかな、仏像はちょっと面長なように感じました。(撮影不可) ここでは四天王寺とその前に立ち寄った庚申堂で御朱印を頂きました。 (12) それとスタンプ(^_^) (13) 庚申堂で買って(100円)、このルートで歩きました。 前回来たとき、絵がかわいいといってたのがスタンプにもあったのでちょうどよかった(^_^) 四天王寺を出る前に休憩所でソフトクリームを食べて、そのあとは通天閣へ。 (14) 別料金で屋上まで上がれます。 大阪城(^_^) (15) ズームしているからかもしれませんが、意外とビルに囲まれているのね。 大阪の陣で徳川・真田の本陣となった茶臼山。 (16) 梅田方面? (17) 景色に満足したので中を見ながら降りて行きます。 YMO(^o^)/ (18) 当初の通天閣ジオラマ (19) キン肉マンがいました(^_^) (20) で、晩ごはんはココ。 (21) 串カツのセット(^_^) (22) 安くておいしかった。 (23) 通天閣からホテル方面に歩く通りは串カツ屋さんが大量。 (24) ビリケンさんもあちこちいました(^_^) (25) またこのあたりは来たいな。
|
寺社・城・建物
[ リスト | 詳細 ]
|
アップのタイミングを外してしまいましたが、桜が満開となった3/24に熊本城通り抜けに行って来ました。 (1) (2) 天守閣などの修復が進む中、まだ門や櫓は一年前と変わっていませんでした。 (3) でも、桜が美しい熊本城へ多くに人が訪れてました。 (4) (5) 武将隊も盛り上げてました。 (6) 荒れてきてる。。 (7) 被害があまりない櫓との差が大きい。 (8) (9) (10) (11) 1年前は入れなかった場所に今回は入れ、よりいっそう地震の爪痕を間近に感じました。 (12) 天守閣は最優先で修復中。。 (13) 宙に浮いてるよう。。 (14) (15) (16) 外周を廻って加藤神社まで行きます。 (17) 何度となく報道された戌亥櫓。 (18) よく支えているなと思う。 (19) 櫓の右手は悲惨な状況のまま。 (20) ここも昨年は入れなかった場所でした。 (21) 加藤神社。 (22) ここからがイチバン天守を望めます。 (23) (24) (25) 天守閣は来年・2019年に復旧の計画で進んでいます。 全体は20年かかるらしい。。
|
|
清須城は織田信長公が居城としていた城で、桶狭間の戦いの出発の地でもあります。 新幹線に乗って博多から名古屋方面へ向かうと、もうすぐ名古屋に着く少し前に、左手にお城が現れます。 清洲城です。 この清洲城は信長公の城ではなく、清須城をイメージして建てた建築物でいはゆる模擬天守になります。 文献には清須と清洲の両方登場するみたいです。 (1) 模擬とはいえ、灯りに演出された風景はとても美しいです(^_^) (2) (3) 夜間はこうやってライトアップされた光景を楽しむことが出来ました。 (4) 前夜は名鉄で清須に入りましたが、翌日はJRで清須へ。 清須駅から少し北へ歩くと総見院というお寺があります。 (5) 信長公ゆかりのお寺になっています。 総見院は家康の命で行われたいはゆる清須越し(1609年)(清須の町がまるごと名古屋へ移転)で名古屋の大須に移ります。 名古屋に移った後の清須はゴーストタウンになったわけですが、尾張藩主となった徳川義直公が清須の地に総見院を興し、信長公を祀ったといいます。 (6) (7) お寺には信長公の兜(本能寺の変で焼けた中で次男・織田信雄が探し当てた)があったりするようです。 お寺からJRまで戻り、線路沿いに南下します。 しばらく歩くと公園に辿り着き、そこが信長公が居た清須城址になります。 城址には信長公と濃姫の銅像が並んでます。 (8) 濃姫の銅像は清洲城にあったのを信長公の隣に移設したそうです。 (9) (10) 桶狭間に出陣する信長公の姿を現しているそうです。 (11) すぐ脇には「人間五十年・・」の碑が。 (12) 銅像は桶狭間を向いているそうです。 (13) お城の建物の痕跡は全くありませんが、石垣などは一部公園の中にあるということです。 清須といえば清州会議。 信長公亡き後、後継者を決める会議で、秀吉が一歩リードした地でもあります。 (14) 広い公園の一角に、お城を示す碑があり、「洲」の方を使ってました。 (15) 清須城の向こうには川を挟んで清洲城があります。 (16) 案内板があり、信長公を祀る社もありました。 (17) いい碑(^_^) (18) 清須城で歴史に想いを馳せたあとは清洲城へ。 (19) (20) (21) (22) 天守閣からの眺め。 (23) 新幹線の向こうに見える森あたりに信長公の銅像があります。 帰りは名鉄の方へ歩きましたが、清須城址のところには織田家の大きな家紋モニュメントが目に入りました。 (24) 川沿いに少しあるくと五条橋があります。 五条橋は清須越しで名古屋に移りました。 (25) この橋はその当時の姿を復元したそうです。 信長公はこの橋を渡って出陣したんでしょうね。。
|
|
小牧駅から犬山駅まで名鉄で17分。 駅中にある観光案内所でマップをもらい犬山城を目指します。 駅から2つ先の信号を右に曲がるといろんなお店が並ぶ(日田の豆田町のような感じ)ストリートがあり、そこを抜けると真っ赤な鳥居が目に入ります。 (1) ここからもお城に近道で行けるようですが、せっかくなので左の大きな岩がある入口から登ります。 (2) 紅葉がまだまだきれいでした。 (3) (4) 入口に到着。 (5) 鉄(くろがね)門から入ります。 すると目の前に天守が現れます(^_^) (6) 1537年築城。 その後震災などの修復を行いつつ、当時の姿を見せてくれてます。 (7) 因みに小牧・長久手の戦いで、家康が本陣にしたのが小牧山城。 秀吉が本陣にしたのが犬山城でした。 なんと桜が咲いてました(^_^) (8) 四季桜というそうです。 天守に入るとずしんと石垣が迎えます。 (9) 階段を登って行きますが、かなり急です。 手すりを握らないと落ちそうです。 (10) 低い天守なのでスグに上に着きます。 (11) 亀の上に桃が乗っているというめでたい瓦。 (12) 手すりが低いんですよ。 (13) 当時の背丈からは充分の高さだったのでしょうね。 景色は最高でした(^_^) (14) (15) 御嶽山です。 (16) (17) (18) 城内は満足したので今度は外から見ます。 写真(12)で写っている橋のたもとから観た犬山城です。 (19) (20) こうやって見ると、落雷で落ちた鯱の片側はないのですね。 (21) 橋を渡って対岸沿いに歩きます。 (22) (23) (24) (25) いい風景に出会えました。
|
|
先週末は小牧山城と犬山城へ行って来ました。 まずは小牧山城。 あいにく麓は工事中でした。 (1) グリーンの囲いが一部あり、入れないとこがありました。 なので案内板に書かれていた道から天守へ向かいます。 (2) 林の中の遊歩道を抜けると天守が見えて来ます。 (3) 小牧山城は織田信長が築城しましたが、これは復元ではありません。 信長が築いたのは砦みたいなものという定説だったらしいが、発掘調査で本格的な城だった可能性もでてきているそうです。 天守前には尾張徳川家19代当主の銅像が建つ。 (4) 紅葉もきれいでした。 (5) 天守の周りからは石垣が出て来て、これが本格的なお城だったという証しにもなってます。 (6) 天守からの景色。 (7) ズーム(^_^) (8) アルプス方面だったかな、雪山がきれい。 手前の山、山頂に金華山城があります。 (9) 名古屋方面。 (10) 違う道から降りて行くと、発掘中の石垣でしょうか、ゴロゴロ。 (11) 小牧駅に向かい途中の山全体が見える位置。 (12) 標高90メートルくらい。 (13) 歴史的な価値はないけど、いい雰囲気だった(^_^) このあとは犬山城へ。
|




