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ちょっと前に行った岐阜。 一度アップしようとしてエラーになり放っておいてましたが、たまたま今日ブラタモリが岐阜だったので気をとり治して。。 JR岐阜駅前の広場に建つ金の信長像。 (1) 金、というのがすごいな。 (2) (3) 駅前から少し北へ行くと、今年限定で信長公ギャラリーというのがありました。 (4) 入口に書いてありますが、ここでは安土城の3D映像が見れます。 (ブラタモリでも映像が使われてました) お出迎えは信長公(^_^) (5) 高橋英樹さんがモデルらしい。 (6) 大河ドラマで使われた衣装なども展示されてました。 (7) 「おんな城主・直虎」で市川海老蔵さんが着ていた信長公の衣装も展示されてましたが、これは撮影禁止でした。 入館料は無料。おすすめです。 この後は信長公バスで金華山城へ。 (8) 内装も凝ってます。 (9) 金華山城麓に着きました。 (10) すごいとこに建ってます。 望遠で。 (11) お城の敷地に入ると、板垣退助像がお出迎え。 (12) 「板垣死すとも自由は死せず」 この地だった。 天守を目指して登り、やっと天守が見える場所へ。 (13) いいな、岐阜城は。(^_^) (14) 史料館には歴史に登場するモノも。 (15) 「天下布武」の朱印。 (16) 西洋風の甲冑は信長公だけか。 (17) 天守からの眺め。 (18) 休憩にはお団子(^_^) (19) ろおぷ亭のみたらし団子。安くてうまい(^_^) 金華山城へはロープウェイ。 (20) 行ったこの日は登りも下りも30分待ち。 早起きがいいかも。 そしてロープウェイ登り口には、信長館が発掘中で、見学もできました。 (21) (22) 満足して帰途。 振り返ると金華山が燃えてました。 (23) (24) (25) 2017.11.03 また行きたいな。
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寺社・城・建物
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つづきです。 二の丸広場から堀伝いに進みます。 (1) 加藤神社が見えて来ます。 (2) 神社の手前の石垣も崩落しています。 石垣が崩れているけど、桜はとても美しく同じ風景の中にいます。 (3) でもすぐそばには石垣とともに落ちてしまった樹木が横たわってました。 (4) 加藤神社の鳥居の周りには幟が元気よく立って迎えてくれました。 (5) (6) 鳥居のそばから見える姿が美しいと思う。 (7) 右手前:宇土櫓、真ん中:天守閣、左:小天守 天守閣 (8) (9) 痛々しい。。 (10) (11) 頑張れ(がまだせ) (12) 参拝 (13) 御朱印帳が出来ていたので購入しました。 (14) まつりはいいですね(^_^) (15) 元気になれます。 ここから観るお城が一番いい。 (16) 太閤しだれ桜 (17) 太閤秀吉が醍醐の花見で愛でたしだれ桜の子孫をクローン技術で甦らせたものだそうです。 咲いてました(^_^) (18) 境内の奥には清正公が天守閣の前の銀杏と同じくして植えたという銀杏があります。 (19) 名護屋城本陣で旗をさしていた岩 (20) (21) 分かりますか? (22) 熊本城、この日たくさんの人が訪れてました。 (23) (24) (25) 祈・復興
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4/9の午後、熊本城へ行って来ました。 あの地震から間もなく1年。 立ち入り禁止となっている熊本城ですが、桜が美しい時期に行幸坂を開放するというはからいでした。 行幸坂の目と鼻の先には加藤清正公の銅像がお城を背にして守っています。 (1) 清正公のすぐ後ろにある櫨方門(はぜかたもん)。 (2) 石垣がかなり落ちているのが分かります。 (3) ひどい地震でありながら建物自体が無事だったのは清正公の設計のすごさでしょうか。 (4) 行幸坂から加藤神社まで行こうと思いました。 (5) 多くの人が桜を愛でつつもお城をカメラに収めてました。 (6) 天守を含めお城があちこちで見えるかもしれませんが、一歩通行なので見て撮っておきます。 (7) 間もなく覆いがなされ、復旧に向けた工事が始まりますのでしばらく見ることが出来なくなります。 飯田丸です。 (8) 建物を機材で持ち上げて倒壊を防いであります。 何度となく報道で映し出された飯田丸五階櫓。 石垣一列で建物を支えている映像は脳裏に焼き付いてますね。 (9) 未申櫓(ひつじさるやぐら)付近。 (10) 大きく壊れてしまっていて衝撃を受けました。 (11) 未申櫓の後方も大崩れでした。 (12) 近くには復元するときに分かるように番号などが振られキレイに並べられてます。 (13) 二の丸広場へ着きました。 (14) 桜の隙間から宇土櫓(うとやぐら)が見えます。 入口へ続く桜並木はこんなに美しいのに。。 (15) でもこの先の道には崩落した石垣が。。 (16) 西の丸広場の建物のひとつには復興に寄せた言葉が展示されてます。 (17) 右から天守閣、小天守、宇土櫓。 (18) (19) 天守閣の被害は特に大きいですね。 (20) (21) 二の丸広場より遠景。 (22) 4/23はブルーインパルスが飛行します。 復興に想いを寄せながら観たいなと思ってます。 (23) 戌亥櫓(いぬいやぐら) (24) ここも一列の石垣が支えてました。 (25) (2)へつづきます。 加藤神社からお城を望みます。
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3/18-20の三連休、最終日の20日は岡山城へ立ち寄り、そのあと備中高松城、最後に鬼ノ城へ行きました。 「備中松山城へ行くなら、ついでに鬼ノ城も行きたい」と、かみさんが言っていた城でした。 調べてみたら、一日で廻れるものではないと分かり、今回は西門と呼ばれるところまで行くことにしました。 (1) 鬼ノ城はトレッキングコースとして整備されているようで、ご覧のとおり鬼城山ビジターセンターの駐車場には多くの車が止まってました。ちなみに撮影時刻は13時頃。 この駐車場に着くままでの林道というのか山道というのか、とにかく道が狭いです。 登るクルマと降りるクルマが1台しか通れない道で出会い、片方がバックで下がるというシーンに何度も出会いました。 クルマに自信がない方は気を付けて運転してくださいねー。 さて、これから西門方面へ向かいますが、案内板によれば1周1時間半で行けるように書いてあります。 (2) でも我が家は途中道草するし、もっと掛ると思ったので、とりあえず西門まで行って考えることにしました。 上の案内図の現在地と西門の中間くらいにある展望所です。 (3) ここまでは駐車場から5分程度で行けたと思います。 眺望がいいのですが、あいにくこの日はかすんでました。。 (4) 尾根伝いに5分程度歩いて西門に到着。 (5) 復元です。 鬼ノ城は、白村江の戦いのあと、新羅が攻めて来るのを防御するために建てられた城といわれているようです。 (6) 城壁の高さ7メートル。 日本100名城のひとつ。 西門から外を見た風景。 (7) これ以上後ろへ下がれない、というポジションにかみさんが立って撮影。 西門の近くに角楼という櫓でしょうか、その跡地から西門を望んだ風景。 (8) 盾の文様が奇抜。 (9) (3)の写真を撮った展望所が見えます。 (10) 南門まで行こうかということになりました。 (11) 城壁沿いに進みますが、この先は崖かと思わせる道が。。 南門方面は崖伝いに道が続き、それゆえに景色も絶景です。 (12) 数分歩くと、石垣が見えて来ます。 (13) まずはここへ行きます。 (14) その手前、水門跡がありました。 (15) 水路ですね。 なんと今も水が流れているようです。 (16) 665年前後(推定)からよく持ってますねー。 石垣のとこへ来ました。 (17) でしょうねー。 (18) 2,3分で南門跡。 (19) ここは礎石や柱のみですが、西門のような姿をしていたらしいです。 (20) 時間も時間なので、ここで引き返します。 (21) 下から見上げる西門の出で立ちはなかなかのものです。 (22) (23) ビジターセンターでは資料などが展示されてます。 (24) おどろおどろしい盾ですね。 (25) 威嚇の目的もあるようです。 青空の元で歩く予定でしたが、この日に限ってこのような天気。 次回来るときは青空の元で一周したいと思います。
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先週末3/18は備中松山城へ行って来ました。 (1) ここ数年、天空の城として脚光を浴びている城のひとつですが、国の史跡、重要文化財であり三大山城として数えられている名城です。 100名城でもあります。 ここは以前から行ってみたい場所でした。 今年やっと念願かない登ることが出来ました。 高梁市内から城見橋公園にある一般駐車場まで行き、そこからふいご峠までシャトルバスで行きます。 そして、ふいご峠からお城までは歩いて登ります。 バスは15分間隔(往復300円、土日祝)となってましたが、思った以上の来場者数なのでしょうか、到着したら乗せてスグ出発のピストン輸送でした。 (2) ※降りたふいご峠で撮影 お城までの道のりは一般的な登山道で、坂道や階段ありでした。 また100メートルごとに道しるべがあります。 (3) 途中の景色を楽しんだりして、おおよそ20分でしょうか、お城の入口(大手門あたり)が見えてきます。 (4) 石垣が立派(^_^) (5) ここから右手を見ると大手門跡、三の丸跡付近が視界に入ります。 (6) この大きな岩の上に建っているのがすごい。 左手。 (7) 備中松山城は、2016年NHK大河ドラマ「真田丸」のオープニングで使われてます。 (8) この説明板にあるところは、(5)(6)(7)(9)(13)の写真です。 真田丸ではCG加工されて映像に映っています。 映像ではいい色になってますが本当は白い壁です。 (9) この風景が良かったなあ(^_^) (10) (11) 二の丸を経て、本丸に到着です。 (12) 形的には松江城を思い出す姿かな。。 (13) 城主が細かく代わる城で、あの浅野匠頭の家老・大石内蔵助も城番をしたこともあります。 最後、幕末は徳川慶喜の元で大政奉還に尽力した老中・板倉勝静が藩主でした。 いい(^_^) (14) しばらく荒れていたのを昭和になって修復。今の姿を保ってます。 小さな天守だけどお城自体が天然の要害だから大きくする必要もなかったのでしょう。 (15) 中は資料が若干(主にパネル)展示されてます。 (16) (17) このあとは奥の二重櫓へ。 (18) 二重櫓の石垣の基礎となっている岩がまたすごい。 (19) ちょっと離れて見てみるとすごさが分かります。 (20) 本丸前に戻り、高梁市街が見える位置で休憩。 (21) ゆっくり見て廻り、我が家は2時間くらいいました。 このあとは市街地にある山中鹿之介の墓へ。 (22) (23) (24) 毛利と織田の前線にあった上月城。 そこを守っていた尼子氏の家臣だった山中鹿之介。 再興を願う尼子氏の元で頑張ってきた山中鹿之介の最期はこの地だったんですねー。 (25) お墓のすぐ横にローソンがあります。
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