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先週末、萩からの帰りに長門湯本にある大寧寺(たいねいじ)に寄りました。 (1) 曹洞宗のお寺。 (2) (3) 庭も禅的な感じがします。 (4) 大寧寺は大内義隆が最期を迎えた地。 (5) 陶晴賢(すえのはるかた)(NHK大河「毛利元就」では陣内孝則さんが演じた)は大内家の家臣だったが、他の家臣などとの派閥争いなどから政争に敗れそうになり謀反を起こして大内義隆・義尊父子を死に追いやった。 (6) 寺には明治になって毛利元徳公(NHK大河「花燃ゆ」では三浦貴大さん)さんが演じた)が墓標に名前を刻んだそうだ。 (7) 左端の冷泉隆豊(れいぜいたかとよ)は最後まで義隆に忠誠を尽くした。 (8) 写真(5)にも名前が書かれてあります。 さて、境内を奥に進むと桜並木が現れ神社があります。 (9) 長門豊川稲荷です。 (10) (11) 桜が美しかった。 (12) お地蔵さんが道沿いに並んでいて、その表情もそれぞれでなんか和みました。 (13) また、盤石橋という石橋があります。 (14) 石を積み上げてそれだけで支えているという橋で、石工の技術の高さを感じました。 (15) (16) 大内義隆最期のゆかりのもの。。 (17) (18) (19) (20) 紅葉の季節にまた来るかな。。
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歴史を感じた風景
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大阪は2年ぶり。 予定では2泊3日でいろいろ廻る計画を立ててましたが、台風が来る30日は帰るだけにしました。 たぶん次回来るのは大河「麒麟がくる」の頃だろうな。 まずはホテルに荷物を預けて天王寺駅へ。 阪堺電気軌道の路面電車に乗って東天下茶屋駅へ。 (1) そこからちょこっと歩くと、安倍晴明生誕地とされているところに建つ安倍晴明神社があります。 (2) ここは30日早朝、静寂な空気に包まれたときに行く予定でした。 (3) けっこう参拝客が次々と訪れてました。 (4) いはずと知れた陰陽師。 (5) 京都の晴明神社ほど大きくはありませんが敷地内にある様々な碑などが様を感じます。 (6) (7) 安倍晴明はかみさんのほうが全然詳しい。 丹念に観てました。 つづいて近くにある阿倍野王子へ。 (8) 安倍氏の氏神だそうだ。 (9) そろそろお腹もすいてきたので天王寺に戻ります。 お昼は、先日のテレビでも中条あやみさんが紹介していた「やまちゃん」。 そこは持ち帰り専門だったので、店内で食べられる近くの2号店へ。 (10) (11) やまちゃん、flumpoolのボーカル・山村さんも好きらしい。 けっこう好きなんだよなあ、声。 喉の具合がよろしくなく治療中ですが早く治ってほしいものです。 flumpoolも10・1がデビュー日。10周年だね。(^_^) お腹が膨らんだところで四天王寺方面へ歩きます。 最初に庚申堂へ。 (12) 青面金剛明王が中央に祀られており、その周りを持国天・増長天・広目天・多聞天、いはゆる四天王が守る。 (13) 仏像の醸し出す空気、雰囲気がよかった。。 この本堂の前には見ざる言わざる聞かざるの三猿堂があります。 (14) 庚申堂を出て、ぐるっと一心寺経由で四天王寺へ向かいます。 その途中には大坂夏の陣の激戦地だったとされる場所も通ります。 (15) (16) カエルに見える?! (17) 北上し、一心寺へ。 その手前にあるのが茶臼山。 ここは倒木被害があって、立ち入りが制限されてましたので、外から碑のみ撮影。 (18) 大阪冬の陣で家康公が本陣とし、夏の陣では真田信繁幸村が本陣とした地です。 一心寺到着。 このゲートのブロンズ像が迫力あります。 2年前に来たときの印象もあって、また観たいと思ってました。 (19) こちらも災害の被害を受けてるようでした。 参拝を済ませ、安居神社へ向かいます。 安居神社へ渡る前に「霧吹きの松」。 (20) 信繁が家康を追い詰め、いよいよ切りつけたときに霧が出て家康を隠したという伝説の松。 安居神社側に渡りました。 あべのハルカスがよく見える。。 (21) 安居神社、「真田丸」のときの幟がそのまま残ってました。 (22) 大河が終わると寂しくなるところもありますが、ここは続けてますね(^_^) 参拝。 (23) (24) 信繁公の銅像、さびしげに見えた。 (25) つづきます。
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NHK福岡放送局で開催中の「西郷どん」全国巡回展へ行って来ました。 (1) 大河ドラマの全国巡回展はここ毎年あっていて、福岡は7月21日(土)〜8月4日(土)。 パネルでの説明や衣装、小道具の展示があってます。 (2) (3) これは一緒に同じポーズで撮りましょう(^_^)というもの。 (4) (5) 小道具は4点でしたが (6) 斉彬公との出会いのカステラをつつんでいた紙 (7) 斉彬公が西郷に授けた短刀があったのはよかったな(^_^) (8) (9) 真田丸など、前はロビーで展示でしたが今回はスタジオ一室での展示。 (10) ゆっくりできました。 入口にはバーチャルでスタジオ風景などが楽しめるものが用意されておりました(^_^) (11) 風景が360度楽しめます。 (12) 前にも観ましたが、1F別館では「軍師官兵衛」のときの小道具がまだ展示されてました。(^_^) (13) (14) (15) (16) 台本は、手に取って見ることができます。
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元治元年 7/19の禁門の変(蛤御門の変)で負け、長州に退いた福原越後らでしたが、11月には第一次長州征伐が始まるということで、それを中止するための降伏条件のひとつである福原・国司信濃・益田右衛門介の切腹が行われました。 福原が切腹したのは大河ドラマ「西郷どん」の紀行でもありましたが、11/12 岩国の龍護寺。 その後、福原氏の菩提寺である宇部の宗隣寺に葬られました。 その宗隣寺へ。 (1) (2) 瓦の家紋。 (3) これ福原氏の家紋ではなく、長井氏の家紋です。 一本多いですね。毛利宗家に遠慮して一を足しているらしいです。 元は南北朝時代に毛利氏の庶子が長井氏の養子になり、そこで福原の荘を与えられたことから福原姓を名乗るようになったらしいので、家紋もこういった形なんでしょうかねー。 長井氏と言えば長井雅楽・・「航海遠略策」が有名ですね。 福原越後生誕200年記念の植樹が平成26年にあったようです。 (4) (5) ここは池泉式の庭園・龍心庭が有名なので拝観しました。 (6) 池泉式の庭園で他に残っているのは世界遺産にもなった岩手県平泉の毛越寺浄土庭園のみ。 (7) (8) 心が和みました。(^_^) 毛越寺、相当行ってないなあ。。 境内には小野田セメント関連の碑などもあります。 また、梅・桜・サツキ・スイレン・紅葉など、季節の花々は色々楽しめるようです。 (9) つづいて、宗隣寺からちょっと北へ向かった先にある宇部護国神社へ。 (10) 手水には水琴窟がありました(^_^) (11) 洗い流した水がそのまま水滴となり音を奏でるしくみで、実に心地よい音を聞かせてくれました(^_^) 防府の英雲荘も復元しているのではなかったかな。。 宇部護国神社は慶応二年建立。 (12) 慶応2年は第二次長州征伐が行われましたが、8月になると福原越後の罪は許され、11月に維新招魂社(宇部護国神社)に祀られました。 (13) (14) 銅像は平成22年建立。 (15) 人柄がよく、慕われたらしいです。 (16) (17) 同じ境内にあった金家来(かなやご)神社。 (18) 日本刀が奉納されてました。 (19) 神様が起こした産業に起因しているらしい。 さらにここは龍の天井がすごかった。 (20) 境内の奥には、もともと維新招魂社があった社殿の跡に碑が建ってました。 (21) (22) 両脇には、禁門の変の戦死者(蛤御門以外も含む戦死者と思う)が祀られてました。 (23) (24) 福原越後は名誉を回復し、正四位が送られてます。 (25) 正四位は、吉田松陰・高杉晋作・坂本龍馬などが贈られてます。
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たまたま今日のFM福岡の番組で、「変」と「乱」の違いは何かを言ってました。 「乱」は失敗したクーデター 「変」は成功したクーデター ということらしい。 「大塩平八郎の乱」「桜田門外の変」「八月十八日の政変」「蛤御門の変」・・。 長州藩士・来島又兵衛は「八月十八日の政変」により萩に帰りますが、もうすぐ一年となる6月半ば、長州の地位を回復させるために家老・福原越後らと挙兵します。 決め手は新撰組(会津藩預かり)による「池田屋事件」。 ここで長州藩士が襲撃されたことで怒りがエネルギーとなって会津と戦うことになる「蛤御門の変」が起きます。 「蛤御門の変」は長州側からみると失敗ですが、首謀は長州ではないということでしょうか、「乱」ではなく「変」になってますね。 長州ほど逆境に耐えて立ち上がって勝った藩はないと思います。 さて、来島又兵衛が生まれたのは現小野田市。 下関方面から国道190号線を走り、小野田に入ってジョイフルがあるところから左の側道に入ります。 ほどなくこの案内板が左に見えてきます。市岐嶋神社の場所です。 (1) 境内に入りますといくつか碑が見えて来ます。 (2) 生誕を記念して建てられたものだろうか。 (3) 同じく境内にある生誕を示す記念碑。 (4) 昔の碑って、自然石に書かれているので好きです。 (5) 神社自体は小さい。。 (6) この日はここで終わり。(この日の早朝、博多祇園山笠・追い山を観て疲労があったので) 翌朝7/16は宇部にある福原越後関係を廻りました。 福原越後は徳山藩毛利家の毛利広鎮の六男だった。宇部福原家に入り藩主へ。そして長州藩毛利家の家老となった。 ちなみに弟である十男は毛利元徳。敬親公の養子である。 大河ドラマ「花燃ゆ」では元徳公を三浦貴大(三浦友和・山口百恵の次男)が演じた。 余談ですが、長男・三浦祐太朗が母・百恵さんの「さよならの向う側」を唄っているのをテレビで観たとき、歌い方がお母さんそっくりと思いました。 元に戻して。。 福原史跡公園。 福原越後の住居があったところです。 (7) この門は復元。 (8) 中は公園ということで、何もない。。 (9) 説明はありませんが、これは井戸跡でしょうか。 (10) 一廻りしてみましたが、散歩するには楽しいかもしれません。 (11) 福原邸から100メートルもない場所にもうひとつ行っておきたい場所があります。 ※その場所付近から福原邸(写真左上が駐車場)を撮ったもの (12) 維新館は福原越後が藩の文武両道向上をめざして作った道場。 (13) 碑の裏に書かれている言葉がいい(^_^) (14) このあとは近くにある琴崎八幡宮へ。 (15) 福原越後も何度も参詣したらしいです。 (16) (17) 和むものもありますよ なでうさぎ(^_^) (18) (19) 拝殿左手奥にある縁結びの木。 (20) (21) ちょっとドッキリしたお稲荷さん。 (22) 撮影:2018年7月15,16日 最後に、2013年7月に博多スターレーンで開催されたプロレスでのカット。 (23) 入場曲:パワーホールが流れる中の長州コールが今も記憶に残る。。 (24) (25) 年を重ねても、長州力は長州力だ(^_^)
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