お出掛け日記

いつの間にか10万越え。ありがとうございます。

歴史を感じた風景

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来島又兵衛生誕地

来島又兵衛

蛤御門の変で薩摩と闘い戦死。

長州力が演じるのが報じられたので、来てみました。

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生誕地は神社の境内にありました。

桶狭間の戦い

5/19は、桶狭間の戦いがあった日です。

名古屋から知立方面への名鉄名古屋本線で有松駅で下車。
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有松の美しい町並みを通りながら桶狭間へ向かいます。
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有松郵便局から右へ曲がり、しばらく進むと桶狭間の信号が。
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ここから左へ曲がってもよいが、ちょっと歩いてファミマのとこから左へ。

ほどなく名古屋短大などの建物があるところへぶつかります。(写真はちょっと通り過ぎてから撮ってます)
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このあたりは釜ケ谷といい、雷雨になったためいったん織田軍信長隊がここで停止。
桶狭間山方面を物見しつつ今川軍を探り、雨が上がった後に今川軍へ攻撃に進発した場所。
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案内板にはそういったことが書かれてました。

道を進み、ガードをくぐって右折。
畑、公園を過ぎて住宅街に入るとすぐに七ツ塚の案内板が見えて来ます。
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矢印の先には石碑が。
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このあたりに桶狭間の戦いの戦死者が眠っているそうです。
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このあとは通りに戻るかたちでファミマの通りに出てさらに南下。
巻山という信号あたりに桶狭間古戦場跡の案内板が出ます。
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が、ここはまずは逆方向、桶狭間小学校方面へ歩きます。



小学校に着くと、門には説明板があり、ここに井伊直盛の陣があったと記されてます。
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ちなみに、卷山という地名、織田軍に井伊隊がとり卷かれた(取り囲まれた)ことから来ているらしい。

実際の陣跡は奥のようなので小学校を廻りこみます。
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ちょっと小高い丘になってます。

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ポツンと案内板が立ってます。
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ここで井伊直盛(直虎の父)は織田軍と戦い戦死。

昨年の大河ドラマ・おんな城主直虎では味わいがある杉本哲太さんが演じましたね。
首で戻って来て直虎と対面するシーンは今も記憶に残ります。


巻山まで戻り反転、古戦場跡へ。
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ここには織田信長像と今川義元像が並んでます。
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そして公園敷地内に今川義元公が亡くなったことを示す碑が建ってます。
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花が手向けられてます。

歴史上有名な戦いが、ここであったんだなとあらためて実感します。
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この場所からちょっと丘を登った住宅街の一角に今川義元の本陣がありました。
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守護大名で大身、本陣も派手に目立っていたんでしょうね。
織田軍からもおおいに目標になったのではないでしょうか。


このあとは古戦場を少し歩きました。

戦場は分散しています。
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長福寺というところにはいくつかの碑が残ってます。
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最後に戦評の松という、今川軍が軍議を開いたとされる場所を見て帰りました。
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桶狭間の戦い:永禄3年5月19日(太陽暦だと1560年6月12日)


撮影日:2017年11月5日

鞆の浦1(2018.04.01)

鞆の浦。
ここは竜馬が、歴史でいう「いろは丸事件」で紀州藩と談判をした地。

竜馬率いる海援隊が「いろは丸」という伊予大洲藩の船を運用して長崎から大阪に向かってる最中に、岡山笠岡付近で紀州藩明光丸と衝突。
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大破した「いろは丸」は明光丸に曳航され、ドックがある鞆の浦に向かったが途中で沈没。

竜馬たちは賠償を求めるべく鞆の浦で紀州藩と対峙した。
交渉は魚屋萬蔵(うおやまんぞう)宅で開始され、次にここ對潮楼(たいちょうろう)で行われた。
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對潮楼前にある龍馬と観音像。
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前に来たときは気づかなかった。。
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對潮楼は江戸時代は朝鮮通信使(外交使節団)の迎賓館でもあった。
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對潮楼に隣接する福禅寺(ふくぜんじ)本堂。
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對潮楼はこの右奥。
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室内からの風景(^_^)
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いい景色だけど、きっと竜馬たちは風景を楽しむ余裕もなかったんだろうな。
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結果的に紀州藩は交渉を打ち切り、長崎へ出航。

舞台は長崎へ移る。


長崎では土佐藩の参政後藤象二郎が加わり、紀州藩と談判した。
万国公法と「船を沈めたその償いは金を取らずに国を取る」の流行歌を背景に、ついに紀州藩から8万3千両あまりの賠償金をとることになった。
賠償金はその後7万両に値切られたが、竜馬が暗殺される一週間くらい前に支払われた。

竜馬たちが「亀山社中」から土佐藩と連携し「海援隊」と改編していたことが、後藤の援護(土佐藩の家老であるという影響力)を得て、より交渉力をアップしていたのではないかと思う。


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對潮楼で交渉を行う前に交渉をしていたのがこの魚屋萬蔵宅。
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今は宿であり、食事もできる店になってます。
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鯛茶漬けがおいしかった(^_^)
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いろは丸展示館へ向かいます。
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常夜燈。
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展示館。
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昭和63年に海底で発見された「いろは丸」を調査している風景を再現。
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色んなものが引き上げられてました。
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展示物もさることながら、衝突の状況を詳細に分析している説明が興味深かった。

2階には竜馬が滞在した桝屋清右衛門宅の隠し部屋にいる龍馬がいた。
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つづく。
つづきです。


井伊谷城を降りました。


振り返ると城があった山がそんなに高くないと感じましたが、そもそも緩やかな丘の上にあるのでそう感じたのでしょう。
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撮影場所は、地域遺産センターのちょっと手前を左に曲がったところです。

ここから井殿の塚の案内板があるとこまで歩きます。

着きましたが井殿の塚後で寄ります。
そこから晋光寺というお寺の前の細道を辿ります。

するとほどなくお堂が見えて来ます。

足切観音堂です。
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南北朝時代、宗良親王(南朝側)が敵に矢で討たれましたが怪我がない。。
不思議なことだと思ったその夜、足から血を流した観音様が夢に現れたそうで、それを親王は観音様が身代わりになってくれたと、ここに祀ることに。。(現在のお堂は再建)

足の病気を治す観音様ということで、わらじが納められてます。
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案内板があちこちに建ってますので助かります。
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そして、小野但馬政次(高橋一生さん演)終焉の地に着きました。
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供養塔らしい。。
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小野家の墓は龍潭寺にあるそうですが、政次は罪人であったため墓には入れなかった。。
そんな政次を不憫に思った村人が供養塔を建てたと。。


政次が処刑された場所が近くにありました。
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この橋のたもと、蟹淵(がにぶち)というところです。
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ドラマでは、あまりにも衝撃的な政次の最期のシーン。

史実はさておいて、そのシーンが思い浮かびます。



折り返して、井殿の塚へ。
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直満(宇梶剛士さん演)が眠っています。
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タブの木がお墓を守っています。
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ここから井殿の塚を背に少し歩くと、井伊の館跡があります。
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面影が何もない場所でちょっと残念。。


案内板がありそこを見るとちょっとしたモニュメントがあるもよう。。

戻りました。
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雰囲気ですね。
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ここで時計を見ると14:23!


龍潭寺から気賀駅に行くバスの最終は14:45.

あわてて走りながら戻り、なんとかバスに間に合いました。


駅に着くと、もう夕暮れ。
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三連休でホテルが取れなかったので帰ります。


浜松へは西鹿島駅まで天竜浜名湖鉄道。

そして西鹿島から浜松までは遠鉄電車。
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ラッピング電車でした(^_^)
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浜松から豊橋までJR、豊橋から名古屋までは名鉄。
指定をとりゆっくり。

電車の中では、浜松で買ったみそまんを頂きました。
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ほどよい甘さ(^_^)
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帰って調べてみると行かなかったところがいっぱいあったので、機会があったらもう一度行こう。。


御朱印
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了。
つづきです。


龍潭寺のお庭です。
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縁側に腰掛けて、ちょっと休憩になります(^_^)

つつじの季節がいいみたいですが、みどりの季節もいいですね。
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数分おきにお庭の説明が流れます。



本堂を出て直虎たちの眠るところへ向かいます。
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開山堂
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歴代の住職が祀られているそうです。

南渓和尚(小林薫さん演)、傑山さん(市原隼人さん演)、昊天さん(小松和重さん演)の位牌が安置されてます。(見れず)


井伊家の墓所。
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正面右・初代共保(ともやす)公
あの井戸から生まれたという伝説(井戸の傍らに捨てられていた等諸説あり)の初代です。

以降、捕捉にドラマ出演名で書きます。
正面左・22代直盛(杉本哲太さん演)

左奥より、千賀(直盛妻)(財前直見さん演)、直虎(柴咲コウさん演)、直親(三浦春馬さん演)、しの(直親妻)(貫地谷しほりさん演)、直政(菅田将暉さん演)

右手は歴代の城主と妻が祀られてます。

境内には他にも家臣たちの墓があったようですが見逃しました。。


龍潭寺を出て、直虎の菩提寺である妙雲寺へ。

その手前で祭礼があってました。
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それもあってか妙雲寺は閉まってました。。残念。
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気を取り直して渭伊神社へ。
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もとは龍潭寺敷地に神社があったけど南北朝時代に今の場所に移ったらしい。

裏山に巨岩がありました。天白磐座(てんぱくいわくら)遺跡といいます。
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子供時代のおとわが遊んでいるシーン(第一回放送)で登場しています。


祭礼の行列がやってきました。
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このあとは井伊谷城址へ向かいます。

その手前に亀(直親こども時代)が吹いていた笛が展示されている地域遺産センターへ。
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笛はレプリカ展示でした。
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ここではプロジェクションマッピングで直虎や戦国時代の歴史を見せていたのがなかなか見ごたえがあったし分かりやすかったです(^_^)


城址へ。
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ホント急坂(階段ではない)でした。
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休憩も入れながら15分程度で登れる距離でした。


山頂(^_^)
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真田本城(上田市)をコンパクトにした感じでした。
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井伊家の三岳城があった三岳山。
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井伊谷城からの景色はいいですね。(^_^)

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つづきます。

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