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12/13は、防府市公会堂で行われた「井上真央さんと花燃ゆ最終回を見る」イベントに 参加して来ました。(^_^) (1) 応募総数はどれくらいか分かりませんが、運よく当たりました。 進行のアナウンサーの方によれば、9割山口、1割県外ということでした。 (2) イベントはBSプレミアムで17:30から放送される花燃ゆ最終回を大型スクリーンに映し、 それを見るというもの。 でも、当然それだけではなく、主人公・美和役の井上真央さんと制作統括・小松昌代さんが ゲストでトークなどがありました(^_^) お二人がステージ中央でドラマのエピソードなどを話されます。 真央さんは雨女だそうで、萩のロケでなかなかやまずに苦労されたようです。 それから北大路欣也さんがカッコイイ話など。 ところで、ステージへの井上真央さんの登場ですが、これはサプライズでしたね。 客席横の通路から登場し、そのまま客席の間を通ってステージへ。(^o^)/ 我が家は通路から3,4番目の席でしたから、 1メートル少し横を通る井上真央さんを間近に拝見出来ました。(^o^) オーラがあり、とてもきれいでかわいい方でした(^o^)/ 花燃ゆ放送が間もなくとなり、「いっしょに最終回見ます!」と言われ、 おふたりはステージ袖へ。 どこで見られるのかなと思ってたら、ホント客席でご覧になられました。 近くの方がウラヤマシイー。 時間になり、花燃ゆ最終回が大きなスクリーンに映し出されます。 ここからは放送に集中。。 そして最終回が終わりました。 途中、涙を誘うシーンではあちこちで涙が。。 放送が終わり、再び、お二人がステージへ。 感想や想いなどを語られます。 さらに客席にいた演出の渡辺良雄さんと安達もじりさんもステージへ。 かみさんと、「もじりさんて男だったんだ」(^_^) 終了時間までのひとときを楽しみました。 また、エントランスには出演者のポスタータペストリーが飾られ、 撮影可でしたので我が家も撮りました。(^_^) 視聴率や放送内容の組み換えなど、いろいろあったようですが、 我が家は1年間充分楽しみました。 また、今年は山口に何度も幕末の史跡を訪ねました。 5月に萩、6月に防府、下関、山口、7月美祢・大田絵堂・・・ 12/12-13は、防府も今年最後かなという気持ちであちこち廻りました。 ほうふ花燃ゆ大河ドラマ館。 前回来た時と展示内容に入れ替えがありました。 (3) 萩でも見ましたが、「涙袖帖」を見れたのがよかった(^_^) 英雲荘 (4) 毛利邸 (5) これらは別途記事にする予定。。 12/12、我が家が防府に着いて最初に向かったのは、楫取ご夫妻が眠るお寺。 (6) ネコが出迎えてくれました。 (7) (8) 案内してくれるの? (9) 大楽寺は毛利家とゆかりがあり、また夏目雅子さんも眠るお寺です。 (10) お寺では、ボランティアの方がガイドをしてくださいました。 (11) (12) 英雲荘(三田尻茶屋)は、7代藩主重就公により大規模な改築が行われたそうです。 (13) なので、英雲公と刻まれているのですね。 楫取ご夫妻が眠る墓地へ。 (14) 向かって右に楫取素彦さんが眠っています。 左に美和子さん(文⇒美和⇒美和子)が眠っています。 (15) ガイドの方によれば、左は楫取家の墓として建立されましたが、 美和さんが眠ったあとは誰も来ずに(墓は別に東京?だったかな)、 美和さんは一人ぼっち、だそうです。 でも、隣に旦那様がいるのだから 寂しいことはないのではないかと思います(^_^) (16) (17) 同じ敷地には杉家ゆかりの墓も。 (18) (19) 女優・夏目雅子さんもこちらのお寺に眠っています。 (20) このあとは野村望東尼、英雲荘など訪ね、最後に楫取ご夫妻の家跡へ。 (21) 大きな屋敷だったことは、この絵が語ります。 (22) 当時の屋敷は今はこうなってます。 (23) お寺でガイドされた方に教えて頂いたのですが、 晩年の美和さんと楫取と寿との子(長男)・篤太郎といっしょに 写っている写真が見つかり新聞に載ったそうです。 それをネットで見つけました。 リンク切れがなければいいのですが。。 因みに、YAHOO画像検索で、”楫取美和子 晩年”で出て来ました。 そのお二人が腰かけている写真に写っている石をお持ちの家が すぐ近くにあり、おそらく家の方がご厚意で見えるように シャッターを上げているそうです。 我が家もそのご厚意で石を見て、 そこに美和さんがいたんだなあと思いを巡らせました。 (24) (望遠で) (25) 楫取素彦・美和子ご夫妻の家跡を見ていたとき、 自転車を押されたご婦人に声を掛けられました。 「どちらから?」 「福岡です」 「それは遠いところからありがとうございます。 私は昔、道路を挟んだお向かいに住んでたのです。 子供の頃はよく楫取さんの家で遊ばせてもらい、 かわいがってもらいました」 ご婦人は懐かしそうに当時を語られ、 我が家も何とも言えない温かい気持ちになりました。(^_^) また、大河ドラマが始まり注目されているのに、 楫取さんの家を碑ひとつしか残せないのがさびしいとも言われてました。 いつの日か、家がこちらに復元できたらいいですね(^_^) 今回、防府を廻って感じたことは、 行く先々でボランティアの方や通りすがりの方、資料館の方が、 「説明しましょうか」と声を掛けられ、ありがたかったということです。 防府に来てよかったなあと思いました。 12/13は我が家では入籍届を出した日。
それからちょうど25年を迎えた記念の日に、 いい思い出を作ることが出来ました。(^_^) |
歴史を感じた風景
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「大田・絵堂の戦い」のゆかりの地、つづきです。 大田・絵堂では何か所も諸隊と萩政府軍が戦った場所がありますが、それらに関する資料を展示している資料館が、前回紹介した呑水峠の激戦地から少し先に行ったところにあります。 長登銅山文化交流館、通称大仏ミュージアムです。 (1) ここは銅山に関する資料に加え、大田・絵堂の戦い関連の資料が展示されてます。 ちなみに何故大仏ミュージアムなのかですが、ここの銅が奈良の大仏製造に使われたかららしいです。 (2) 大田・絵堂の戦い関連の資料展示は奥にあります。 (3) 展示物はけっこうあります。 一部紹介します。ちなみに撮影可でした。 奇兵隊が使っていた茶碗。「奇」が」読み取れます。 (4) 高杉が母に宛てた手紙。 (5) (6) 武器も数丁展示。 火縄銃は萩政府軍が使ったものだろうか。 (7) ミニエー銃を多く持っていた諸隊が武器の差で萩政府軍に勝ったとも言えます。 (8) 砲弾も大きさがさまざま。 (9) 長登銅山文化交流館入口から萩小郡道路と並行して走っている道を走り、右手に高速の案内板「絵堂 2km」が見えたら、じきによく紹介される「大田・絵堂の戦い」の碑がある場所に出ます。 (碑の反対側・道路右手に神社の鳥居があります) (10) (11) 絵堂の戦いについては司馬さんの小説「世に棲む日日」に出てますので、これを読むのがいいかと思います。 また、同じく司馬さんの「竜馬がゆく」(文庫(6))の冒頭<戦雲>では、司馬さんが実際に絵堂に行ったときの逸話も出ています。 (12) 同じ場所に萩政府軍本陣の門も移築されてます。 (13) 門には夜襲で打ち込まれた銃弾の跡も観ることが出来ます。 (14) 次はここから呑水峠近くの信号まで戻り、高速を潜って右手へ曲がり、大田川沿いに走り、川上の戦いがあったあたりへ。 (15) しばらく走ると橋が見えます。 橋を渡ったとこに駐車スペースとして提供されているところがあるので、そこに車を止めて再び橋を渡って戻ります。 ちなみに奥に左から右へ下る坂がありますが、大河ドラマで、奇兵隊が萩政府軍の側面を突いたので諸隊が優勢になったという描写がありました。 (16) 大田・絵堂の戦いの記念碑は何か所もあり、激戦だったのだと思います。 (17) 川沿いに少し歩くと萩政府軍の隊士の墓があります。 (18) (19) 地元の方が花を供えているのでしょうね。。 まだまだ廻っていないところがあります。
もういちど「世に棲む日日」を読み返してから訪ねたいな。。 |
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大河ドラマ「花燃ゆ」では、いよいよ高杉晋作らが復権を掛けた戦いに挑むところに展開して来ました。 高杉晋作が長府功山寺で決起し、萩との政府との戦いに突き進みます。 それを鎮圧すべく萩政府軍も南下して来ますが、北上してきた諸隊(高杉が結成、山県有朋(狂介)率いる奇兵隊以外にも八幡隊・南園隊など6つの部隊がありました) ドラマではシーンがどの程度あるのか分かりませんが、「大田・絵堂の戦い」ゆかりの地を巡って来ました。 中国自動車道・美祢東JCTより無料期間の小郡萩道路に入り大田ICで降ります。 そこから道の駅みとうを経て少し北へ走ると、高杉らが本陣を置いた金麗社があります。 戦勝祈願も行われていたらしい。 (1) 境内にはいくつかの碑などがあり、これは戦いで亡くなった方々の顕彰碑です。 (2) (3) 諸隊、政府軍の分け隔たりなく祀ってあるのがいいなと思う。 (4) 金麗社はさほど大きくないお堂のような建物。 (5) 大田・絵堂の戦いの概要が書いてありますが読めません。。 (6) お堂から観た参道の景色。 旗が雰囲気を出してますね。 (7) 杉孫七郎の句碑。 周布政之助(石丸幹二さん演)の親戚にあたる。 4か国戦争の講和では高杉の副使。 (8) 詠ったタイミングは分かりませんが、内容は大田絵堂の戦いが維新の夜明けとなったとあることから、戦いに勝利したあとのものだと思う。 ここ、紅葉の季節がいいと思う。 (9) 金麗社をあとに、大田絵堂の戦いの激戦地へ向かいます。 (10) (11) この峠の向こうから萩政府軍が攻めてきて、それを諸隊が迎え撃った形になります。 (12) かみさんが、その峠がある山道を覗いてますが、道は狭く戦のせめぎ合い・混乱が想像できます。 (13) 諸隊はこちらから戦いに挑みました。 (14) 土手が防御になり、また雨で武器が使えない政府軍(火縄銃では。。)に諸隊(八幡隊、膺懲隊)が応戦、一時不利だった諸隊だが、南園隊が加わり形勢逆転、そこに奇兵隊が加わり、萩政府軍は敗走しました。 この呑水峠の戦いの後、赤村の戦いがあり、内乱は終息に向かいます。 つづく。
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大河ドラマ・花燃ゆ。 長州藩士・来島又兵衛(山下真司さん演)らが蛤御門で会津・薩摩の兵と衝突し発生した禁門の変。 心の葛藤やぶつかり合いから、最終的には戦いになってしまったことへつながる流れにドラマがあり面白かった。 来島又兵衛はこの蛤御門の変一連以外では、さほど取り上げられるシーンはなかったのですが、それだけに存在感が大きかったように思います。 7/18は美祢市で来島又兵衛関連の講演などがあり、我が家は講演までの時間は付近の史跡巡りをしました。 来島又兵衛は小野田に生まれ、美祢に居をおいてました。 墓は京都の霊山にありますが、厚保(あつ)(※美祢西IC付近)にもあります。 我が家は調査不足で、墓地に行く道を確認できず行けませんでした。。 まずは厚保小学校にある来島又兵衛の銅像や旧居跡へ。 (1) 銅像は校庭の外周あたりに建ってます。 (2) いい表情。。 (3) (4) 銅像の横に、井上聞多が夜襲され奇跡的に命をとりとめた後に養生した地に碑が建ってます。 (5) 来島又兵衛はここに立ち、子供たちを見守って、ときにはカツを入れているような気がしました。 (6) 住居があった場所はプールになってます。 (7) 厚保から北へ、県道33号線を北上。 四郎ケ原というところにも史跡があります。 (8) (9) 吉田松陰が泊まった宿がここにあったらしいです。 (10) 中には入れず。 (11) また、奇兵隊などと同じように編成された隊の駐屯地があるはずで、その記念碑を探しましたが、木々に埋もれていたのを見つけました。 (12) (13) (14) 150年くらい前の話です。。 (15) このあとは美祢市民会館である講演会へ。 (16) 市長や議員さんら来賓の方のあいさつの後は、漫画家の方が作成したスライドショーによる来島又兵衛の話。 (17) 言葉だけでなく、絵を使って伝えるのでとても分かりやすかった(^_^) (18) それから我が家が楽しみにしていた木村先生の講演。 木村幸比古先生は京都の霊山(りょうぜん)歴史観の副館長で、大河ドラマ・龍馬伝や今回の花燃ゆでも企画に携わっておられます。 そういった視点からの話、また歴史背景に鋭く切り込んだ解説がとても面白く、また理解を深めることができ、ありがたかった。 (19) (20) 講演を聞き、また京都へも行きたくなってしまいました。
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このところ、祭りや艦船の合間に、幕末維新史跡巡りでよく山口県に出掛けてます。 山口市はモデルコースをいくつか公開していて、今回はそのルートをベースに歩いた分を紹介します。 車を十朋亭近くの駐車場に止めて、まずは駐車場の目の前にあった大内氏ゆかりの龍福寺へ。 守護大名や戦国大名で、中世の栄華を極めた大内氏も、義隆の時代に滅亡の道へ。。 (1) (2) (3) お寺の横には広大な庭園が復元されてました。 (4) (5) ここは秋は参道が紅葉が見事なんでしょうねー。 (6) フランシスコ・ザビエルが最初に布教した場所でもあるようです。 (7) 龍福寺から十朋亭へ。 (8) 説明文にもありますが、ここは幕末の頃、重要な拠点でした。 (9) 大河ドラマで、奇兵隊や長州藩士が主体の回で、しばらく伊藤(劇団ひとりさん演)が出ませんでしたが、伊藤利助や井上聞多はヨーロッパに行ってました(長州ファイブ)。 長州藩が攘夷を行い、それに対する報復で4か国が下関を攻めるという情報得た伊藤と井上は急きょ帰国しますが、そのとき潜伏した場所の一つがこの十朋亭。 (10) 結果的には長州は4か国から砲撃されますが、その後処理に出向いた高杉晋作の交渉シーンは伝わった通りでなかなかよかった。 その十朋亭の内部を観ることが出来ます。 (11) 飾っている写真は珍しいものも。 (12) 十朋亭の隣には、吉田松陰(伊勢谷友介さん演)、杉文(井上真央さん演)の兄・梅太郎(原田泰三さん演)が後年開いた塾跡があります。 (13) 塾の前には十朋亭の座敷が見えます。 (14) 因みに梅太郎は、松下村塾を復興させました。 十朋亭と通りをはさんだ向かいにある大路ロビー。 (15) 高杉や久坂の衣装で街を歩くことも出来るようですよ。 (16) 中には資料や久坂が愛用した湯呑を復元したものがあります。グッズや本も。 (17) (18) 駐車場は無料で提供されているので、心置きなく時間をかけて廻れます。 つづく。
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