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※大阪・十三“サンローラン”
キャバレー“サンローラン”には、
いまから35〜6年くらい前の開店のときから通っていた。
おねえちゃんと出会う前のオレは、
指名のホステスを1人に決めずに、日替わり指名で飲んでいた。
その日その日、空いている子を適当に指名して飲んでいた。
それはそれで、楽しかった。
そんな22年ほど前のある夜、
オレは、“サンローラン”のフロアーで、いつもの調子で、
その日、たまたま客がいなかったY子(当時39才)を指名して、
飲んでいた。
Y子が、オレに聞いた。
「大先生は、いつも日替わりで、指名の子を選んで飲んでるけれど」
「おお」
「気に入った子は、いないの?」
「おらん」
「そしたら、“サンローラン”で、だれが一番美人と思う?」
「一番の美人は断然、あの新入店のおねえちゃん(当時20代)や」
「新人のフィリピン人の子?」
「オレ、まだ、1回も指名したことないけれど」
「へ〜」
「おねえちゃんが“サンローラン”で、圧倒的に一番美人や」
「指名したことないんですか?」
「まだ1回もない」
「そしたら、きょうはあの子、呼びましょう」
「いらん」
「呼びましょうよ」
「いらん」
「ちょうど、いま、あの子、待機席で遊んでますよ。呼んであげましょうよ」
「う〜〜ん」
「呼びましょうよ」
「そしたら、指名しようか」
その日、オレ、初めておねえちゃんと会話した。
と言っても、
おねえちゃんは、ほとんど話さなかった。
日本語がうまくなかったからだ。
近くで見たら、遠くから見るより、もっと魅力的だった。
透き通るような肌が印象的だった。
その翌日からは、それまでの日替わり指名ではなく、
オレは、おねえちゃんの客になっていた。
あれから20年あまり、
おねえちゃんを指名した回数は、ゆうに3000回を超えた。
1人の客が、1人のホステスを指名した回数としては、
もしかしたら、十三のネオン街で最高記録かもしれない。
今から18年ほど前、
おねえちゃんの応援になればと思って、
ヤフー掲示板に、
おねえちゃんと飲んだ記事を書き始めた。
その後、
ブログというものが出来てすぐの、9年半前に、
掲示板から、このヤフーブログに引っ越した。
初めて、読者を募って、
“サンローラン”で、おねえちゃんを応援する飲み会をやったのは、
17年前だった。
そのときの参加者は、オレを含めて4人だった。
最高は、仲間36人で“サンローラン”へ行った。
オレたちの席は、満員電車並みになって、
ホステスは座ることができず、立ってビールを注いでいた。
いまも忘れられない、愉快な光景だった。
20年あまり前のオレは、
他のテーブルへ行って帰って来ないおねえちゃんにヤキモチを妬いて、店でよく暴れた。
けれども、それ以降はずっと、
おねえちゃんを喜ばせることだけを考えて飲んで来た。
おねえちゃんの応援を目的に始めたこのブログ、
きょうで、終わりにさせてもらう。
きのう、2014年10月19日の日曜日をもって、
おねえちゃんは、“サンローラン”を卒業した。
もちろん、きのうはオレ、
仲間と“サンローラン”へ行ってきた。
仲間が、おねえちゃんに花束、記念品を贈ってくれた。
他店のホステスも、店を抜け出て、
おねえちゃんを指名して来てくれた。
“サンローラン”の看板だった、
10年前に引退した伝説の元ナンバーワンも来てくれた。
コロコロと店を替わるホステスがいる中で、
“サンローラン”一筋で20年以上。
おねえちゃんは、立派やった。
泣いているホステスもいた。
最後の最後に、オレ、
おねえちゃんのリクエストで1曲歌った。
いつもなら、
「堪忍してくれや」
と、断るところだけれど、
「よっしゃ!」
二つ返事でステージに上がった。
ラストソング、
リクエストは、“十三の夜”だった。
きょうから、おねえちゃんはいない。
おねえちゃんを応援するために始めたこのブログの役目は、
終わった。
みんな、長いことおねえちゃんを応援してくれて、ありがとう。
みんな、オレのブログに付き合ってくれて、ありがとう。
みんな、親切にしてくれて、ありがとう。
本当に本当に、ありがとう。
チャンスがあったら、十三のどこかで、
また会いましょう。
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