エジプト

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『オールド・カイロ』 と呼ばれる、エジプトが東方正教のビザンティン帝国勢力下にあったときのカイロの街並みを残す一角にあるお土産やさんを冷やかしていたときのこと。





店の可愛い女の子達の懸命の商品売り込み作戦にもめげず全然何も買わない小生のところに、一人のエジプト人男が近づいてきて言った。


「あんた日本人かい? 俺はミナ。ちょっと教えてもらいたい日本語があるんだけど、日本からの観光客も多いから(笑)。」


おぉ、雑魚では相手にならずいよいよ大御所登場か!!とこちらも少し心の準備でもしておきながら彼について行くと、彼は奥のカウンターで紙とペンを用意してニヤニヤしながら始めた。





ミナ 「まずはさ、日本語で What's up? とか What's going on? ってどう言うのよ?」


小生 「そうねぇ、 『よう』 とか 『元気?』 とかで良いのかな。でもね、お店の人にいきなりそういう風に言われるとお客さんびっくりして逃げるかもよ。普通に 『こんにちは』 とか 『お元気ですか?』 にしとけば?」


ミナ 「いやさ、何かこういきなりお客さんに抱きついても怒られないようなジョークみたいの日本に無いの? アメリカ人とかヨーロッパ人とかだと  Oh my frieeeend  とか言って抱きついても別に起こらないしフレンドリーに話せるけど、日本人のお客さんだと何だか仲良くなるの難しくてさ...」


小生 「ジョークねぇ、大体俺日本に全然居ないし、そういうのカルチャーとして存在してないかもねぇ...」


小生も何か無いかと真剣に悩んでしまうが、確かにいきなり 『友達ぃぃぃ』 と言われて抱き疲れても好い気はまずしないだろうと少し途方に暮れてしまう。



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With Mina in the Cairo Downtown



そこで、店の置くからもう少し若くて背の高いエジプト人の男(の子?)が現れ、ニコニコしながら言った。

男  「 バザール で ゴザール  は? これ日本のジョークだよ。 バザール で ゴザール 。」


ミナ 「本当? 何々? バザール デゴーザ? それどういう意味?」


小生 「意味? 意味なんか無いよ。ただの言葉遊びだよ。日本のジョークはそういうのが多いかな?」


ミナ 「ふーん、じゃぁ、バザールデーゴーザー って言って日本のお客さんに抱きついても大丈夫?」


小生 「 (笑笑笑)大丈夫じゃない(笑笑笑)...


ミナ 「じゃぁ、駄目だよ。もっと何かこうフレンドリーなやつないかねぇ?」


男  「俺、もう一個日本のジョーク知ってるよ。」



背の高い方の男はそういうと、両手を頭の両側まで上げ、手のひらをこちらに向け満面の笑みを浮かべて言った。


「おっ はーーーーー!!」




ミナの目がキラリと輝く。


ミナ 「おぉ、それいいじゃない。それどういう意味?」


小生 「(笑笑笑笑笑)それは良い。それが良いよ。よく、そんなの知ってるね? 君日本に住んでたの?あっ、意味? 意味は  Good Morning  。」


ミナ 「そうか、じゃぁ  『オッハーーーー』  って言って抱きつけば良いのか。」


小生 「{笑笑笑笑笑)大丈夫かどうかは知らないけど、やってごらん。大丈夫かもしれないよ。」





その後、店の従業員達に囲まれてしまい、彼らの名前を順番に漢字で紙に書かされる。


書いたもらった自分の名前の漢字の意味を説明されて一喜一憂しているエジプト人達を横目に、まぁ、時間の制限があるわけでもないし、喜んでるから良いかと続けていると、ミナが少し遠慮気味に話してきた。


ミナ 「 DK, あんたみたいな人あまり居ないね。どう仕事が終わったら一緒にダウンタウンでも遊びに行かない?」


おぉ、それが本当の魂胆で、日本人観光客(ビジネス客ですが...)をどっかに呼び出して恐喝でもしようってのか?



これが ラテン・アメリカ だったら答えは考える前に 『Hell NO』



皆さんも気をつけてくださいね、 ラテン・アメリカ だったら答えは 『NO』



これがヨーロッパなら、まぁ状況によりけりかもしれませんが恐らく大抵はやはり 『NO』 かもしれません。


さて、ここはホスピタリティーが文化のアラビア世界のエジプト。


とりあえず無難に、彼の電話番号だけもらっておいて店を後にしました。





さて、ミナの仕事が終わる午後6時になり、こちらも興味本位に一応電話だけ掛けてみることにします。


ミナ 「 DDDDDDDDDDDDDDDD KKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKK !!!!!   本当に電話してくれたの、ありがたいねぇぇ。ダウンタウンのKFCの前で待ち合わせして、ショルマでも食べながらストリート・ウォッチして、その後飲みに行こうぜ。7時半で良い?」


そうか、彼らはクリスチャンだから別にお酒飲んでも良いのね。


しかし念には念を入れ、クレジットカードを財布から全部抜き、少しの現金だけ持って出かけてみることにした。





7時半過ぎに待ち合わせ場所に到着、周りには若いエジプト人達がやはり待ち合わせにたむろしている。


渋谷のハチ公前みたいだ。


少しおくれてミナが登場。


一緒に連れてきた友達のハニを紹介され、三人でダウンタウンを歩き始める。



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Downtown Cairo



ショルマが安くて美味しいと店でジュースとショルマを買い、サンドイッチを頬張りながらカイロのダウンタウンを闊歩する。


さすがダウンタウン、ホテルや観光名所では全然お目にかからない若くてヒップなエジプト人達が、男の子も女の子も通りを往来し、やたらに多い靴屋さんや、その間に並ぶ服屋さんで買い物を楽しんでいる。


普段着のカイロである。



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Downtown Cairo



何ブロックか歩いた後に、ビールが飲めるというカフェに入る。


余りクリーンな店ではなかったが、ビールを飲みながら本当に色々と話した。


というか、ミナとハニは全く普通のエジプト人の若者であった。


小生は非常にラッキーでした。





ミナが働いている土産屋の給料が低いこと。


オーナーはやたらに金を持っているが、丸々と太り、食事ごとに16錠のピルを摂っていて全然幸せそうに見えないこと。


ミナとハニは同じコプティック・オーソドックスの教会に通っていて知り合いになったこと。


ハニはまだ大学生で、来年卒業すること。


大学はスワイン・フルの影響で始業が遅れていること。


昼間はITのアルバイトをしていて、将来はウェブ・デザインの仕事に尽きたいこと。


最近までアメリカ人の彼女が居たが、衝撃的な最後を最近迎え、未だに立ち直れて居ないこと。


この時点で、彼らよりも10年以上人生経験の長い日本人のおじさんの人生談義が始まった(笑)。





その日は、次の日の研修もあるので余り遅くならない様にホテルに戻った。


彼らとはその数日後、もう一度今度はショブラと呼ばれるクリスチャンが多く住むエリアにある、古いホテルの最上階にあるカフェで会い、小生はシシャとビールを、ミナはビールを楽しんだ。


ハニは自分のラップトップを持ってきて、自分の作ったウェブサイトの幾つかを小生に見せてくれた。


正直、かなり手の込んだ相当の出来栄えだ。


(その後、このハニのウェブに関する才能は次々と明らかにされ、今夜もエジプトから小生の探しているアラビック・ソングを送ってくれたり、一番凄かったのは Facebook の完全コピーの自分のソーシャル・ネットワークサイトをジョークで作ってしまったことであろうか。彼はモノになる実力がありそうです。)


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With Hani in a cafe at the Cairo Downtown



帰り際に、ミナがポケットから何か取り出して小生に手渡した。


ブラスのボディーのターボライターと、コプティックの何らかの由来のある木の破片のを貼り付けた小さなカード。


ライターは小生に、カードは奥さんと子供へのお土産だと彼は言った。





研修が終了しカイロを発つ日、空港からミナにお礼の電話をした。


彼らは小生の見送りに来ることを強く望んでいたが、小生は丁重にお断りし、ミナは結局仕事を休めなかった。


彼らは未だに小生にジョークで文句を書いてくる。





『あれはエジプト人のホスピタリティーを完全に無視したお別れの仕方だ(笑)!!』


『本当は俺達にもう会いたくなかったんだろう(笑)?』






驚くべきことに、彼らは小生にしばらくの間は相当怪しまれ、警戒されていたことに全く気づかなかったのであろうか(笑)?


今更ながらに、少しばかり後悔の念に駆られる。





とこんな感じで、カイロに二人新しい友達ができました。



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Mina & Hani in front of the icecream shop in downtown Cairo



特に女性の方はエジプトを旅行中も、同伴のエジプト人かアラブ人が一緒で無い限り、絶対に真似しないでくださいね。







エジプトはカイロの郊外ギザのピラミッドの前に神秘的に座っている 『スフィンクス』



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誰もが一度はメディアで見たことがある、6000年前に造られたといわれる世界最古の彫像の一つです。



ところで皆さん、このスフィンクスの が何だかおかしいの気が付きましたか?



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おかしいと言うか が  無い !!



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パリのルーブル博物館に陳列されているスフィンクスを見ると、何だか鼻はつぶれて低いですが、やっぱり鼻があります。

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ルーブル博物館のスフィンクス










昨夜、アブダビで働くエジプト人の同僚マルワン君とコーヒーショップでシシャを吸っていると、


何だか話題がエジプトの本物の香水とフランスの商業香水の話になり、


フランス人によってエジプトから持ち出された遺跡の数々の話題となり、


エジプト政府とフランス政府やドイツ政府が交渉中だという話となり、


ナポレオン・ボナパルトがエジプト遠征に来たときに遺跡を殆ど本国に持ち帰りやがった...


マルワンは尚も続ける。





「大体、このナポレオンの野郎がエジプトに来て、この文化を全滅させてやるとスフィンクスの鼻を砲撃して吹き飛ばしやがったんだ。バスタード!!」




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スフィンクスの前に立つバスタード(笑)


また一つ、謎が解決しました(笑)。









カイロ市外の南側、ナイルの畔に 『オールド・カイロ』 と呼ばれる小さなエリアがある。



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8世紀に回教徒勢力のアラブ人達がエジプトに侵入してくる以前の、エジプトがギリシャ正教ビザンチン帝国の北アフリカ勢力の中心地であったときの名残である。(当時の首都は、ローマ時代のクレオパトラの話でも有名な地中海沿岸の街『アレクサンドリア』です。)



ビザンチン・エジプトの公用語は 『コプティック』



その後の国語となるアラビア語とは何の関係も無い、プトレマイオス朝からの古代エジプトの言語にビザンチン帝国影響下にある地中海地域言語(当時の西洋・地中海世界公用語はギリシャ語)を取り入れて発展した言語であり、賢明な当時のエジプト人は古代文字で書かれた全ての情報をコプティックに通訳して書き残した。



このオールド・カイロをそのまま 『コプティック』 と呼ぶことも多い。



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タクシーの運転手は「ハンガリアン・チャーチ」と呼んでいたが、聖ジョージ、聖セルジュ、バージン・マリーの為の教会が立ち並ぶ、文字通り 『東方正教』 のカイロだ。



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比較的新しい教会内は、ルーマニア正教の聖堂や教会と同じ荘厳で静粛な雰囲気に溢れている。



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現在は博物館になっている当時のキリスト教の教会(ほこら?)は、天井は低く、部屋と部屋とを繋ぐ入り口はとても狭く、キリスト教の布教に勤めた古の僧侶達の生活がいかに慎ましかったかを感じさせる。



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細い路地が複雑に入り組んだオールド・カイロの街の跡。



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現在は土産物店しか並んでいないが、当時はここで日常生活の為の商いが行われ、教会に礼拝に行く人々や、ナイルから運ばれてきて水揚げされたばかりの地中海やアレクサンドリア、ナイル川上流からの特産物を売る人々で賑わっていたのであろう。



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現在でもエジプト人口の10%(30%?)はキリスト教徒だそうである。



少しお土産物屋を覗いてみたら、笑顔の可愛い接客の女の子が声を掛けてきた。

「ニーハオ... アンニョ ハセ ヨー (笑)」



店内は銀色に眩しい様々なサイズの聖ジョージとバージン・メリーのアイコン、アイコン、アイコン。



とてもイスラム教のエジプトに来ているとは思えない... のは、小生の勉強不足のせいである。



そうそう、この店で経理を担当しているエジプト男児「ミーナ」と友達になった。



彼らはその夜、小生がまだ見ていなかったカイロのダウンタウンを案内してくれたのだが、その話はまた次の日記に書くことにしよう。



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 聖ジョージ教会の前で寛ぐ猫。どうして地中海沿いの国には野良犬の数に比べて圧倒的に猫の数が多いんでしょう?





カイロのホテルに研修の為に缶詰状態で1週間が経過。



ストレスとフラストレーションも(第一レベルの)限界に達していた週末の昼過ぎ、同僚達が未だに課題に追われているときに(小生は徹夜して、明け方には全ての宿題を片付けてしまいました。えらい!!)、タバコを買いに行くのを自分への口実にホテルから続くメインストリートを高速道路の高架下沿いに散歩してきました。



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乗り合いバス


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モスク


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モスクの影で息う青年


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ナイル川


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路上の本屋(ルーマニアでも良く見かけますね)


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コーヒーショップ

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肉屋さん


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また肉屋さん


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魚屋さんとフルーツ・テーラー


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一息つくには当然コーヒーショップでシシャ(笑)英語が通じないので興奮しました。


小生、歴史ある街の由緒ある遺跡を巡って想像力を掻き立てるのも好きなのですが、そう言った街の歴史とは何の関係も無いこうしたその街の日常を見るのも非常に好きなんです。



『歴史』と『文化』の文化の方に重しを置いた自己満足的活動ですね。



普段は転勤になった先の街を闇雲に歩き回るのですが、今回は出張中にやってみました。






カイロの街の南東側、その向こうに広がる砂漠からの乾いた風を遮る丘の麓に、中世の面影を残す『メディエヴァル・カイロ(中世カイロ)』はある。



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丘陵地帯に広がる分厚い城壁に囲まれた城塞都市、その頂からは荘厳な『リファイ・モスク』がカイロの街を見下ろしている。



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ビザンチン帝国の旧首都コンスタンチノープルにある『アヤ・ソフィア』や『ブルーモスク』に良く似た複数屋根に細身の塔の造りは、当時のオスマントルコのアラブ世界への進出とその影響力の強さを感じずにはいられない。



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モスクの内部は落ち着いた青緑色に統一され、頬に触れる空気の温度は冷たくさえ感じられる。

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その静寂さの中で人々は寛ぎ、ムスリムの人々はメッカの方角へ向けて祈りを捧げている。

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キリスト教会の中の神聖な静寂さと良く似た、しかし明らかに趣を異する神聖さと静寂さがモスクの中には漂っている。

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城壁の眼下に広がるカイロの街は今日も煙に霞んでいる。


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丘の麓のモスクからは聞きなれたコーランの一節の旋律が聞こえてくる。


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記念撮影用であろうか、民族衣装に身を包んだ男女の踊りに遭遇した。


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人が歴史ある街に惹かれるのは、我々の遺伝子の中に刻み込まれた我々の祖先の血と汗とドラマがその地に共鳴するためであろうか...


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そんなことを考えながら、車のクラクションが鳴り響く灰茶色のカイロの街をしばらく眺めていた。






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