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http://www.matsukoku-mlit.go.jp/sinjiko/photo.html
『私は身体を持っている、
しかし私は私の身体ではない。
身体はここにあって、
健康であったり病気であったりいろいろな状態を体験し、
行動をするための大切な道具だと思っている。
しかし身体は私そのものではない。
私は身体を持っている、
しかし私は私の身体ではない。
私は感情を持っている、
しかし私は私の感情そのものではない。
怒り、喜び、悲しみといった様々な感情の移ろいに動揺もするけれど、
私の人生を豊かなものにしてくれるから、感情を味わうことを大切にする。
しかし感情は私そのものではない。
私は感情を持っている、
しかし私は私の感情そのものではない。
私は知性を持っている、
しかし私は私の知性そのものではない。
知性は考えたり、観察したり、知識や情報を集めたり、計画を立てたりするのに役立ち、
世の中を理解する大切な道具である。
しかし知性は私そのものではない
私は知性を持っている、
しかし私は私の知性そのものではない。
私は、身体、感情、知性、それらを見る目撃者である。』
http://www.enneagram.ne.jp/column/column10.htm
う〜今の私にはこれを読むことが必要な気がしたので抜粋してみました〜
これは、大切な人であり、師としている人が教えてくれたものです。
現代の心理学の問題点は、分析するに留まるという点なそうな。
確かに、書店には「自分のタイプ、傾向を知る」という本があふれている。
しかし、それを知ったままで終わってしまう。
「私は、こういうタイプだから、こうなんだ」
と。
そういうのってちょっと虚しい。
でも、「サイコシンセシス」の理論?を読むと
急に意識が広がった気がするのね。
(対象を同一化してる自分から観照者へのシフトを意味します。)
私のサプリメントです^^
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ん〜だいちゃん、ちょっと難しい。けど、なんとなく分かる。理解までは行かないけど....。理解するのには時間がかかりそうだ!じゃあ私は何?というのが、今の感想です。?
2006/7/18(火) 午後 2:58 [ うみ ]
そうだ〜それが抜けてましたね^^;ありがとうございます^^「私は、身体、感情、考えを見る目撃者である」と、それに関する本を読むと書いてあります〜私にとっても難しいです〜ずっと目撃者の視点にいようとしたら感情なし人間みたいになっちゃいますしね^^;笑
2006/7/18(火) 午後 4:04 [ dai*u*ida*suk*77 ]
そうかそうか、そうだよね。目撃者....本当にそうだったら、だいちゃんの言うとおり〜感情なし人間。。だよね。う〜ん難しいや。
2006/7/19(水) 午前 6:34 [ うみ ]