ブログ★文机

お寺暮らしのその日その日…ちょとお知らせしています

そろそろ…この辺で


〜〜お暑い毎日が続きますが

皆々様にはご健勝の事とお慶び申し上げます

さて 当方

7月をもって住職を引退致しました。

晋山以来、幾多の御支援ご協力を頂き

誠に有難うございました

〜〜・・・・・・

 

などと、引退挨拶状すら書かずに不意と住職が交代した

 

本人曰く「やめる者は、そ〜っと静かに去るのが一番

      引退披露なんて騒がしい 恥かしい」

と、何やら尻切れトンボの感じである

 

が、「今まで有難う」と礼状を送ったり、感謝の品を贈ったり

というのも、リアクション期待のようで変なものかな?

 

一応、当ブログで「ご報告」   

と同時に

このブログもそろそろ潮時、自然消滅の時期かと思う

 

結婚以来「お庫裏さま」なんて呼ばれ

その意味すら分からすに居た自分 でありながら

どうにか 大智寺の一世代を無事終える事ができ

気が付けば

もはや「お庫裏さま」では無く 

お寺の「お婆さま」である

 

20055月 雪折れした梅の古木で絹布を染めた記事に始まり

アライグマの室内捕獲 本堂での猿との出会い 春駒の到来

シニアに声援を送り 田舎暮らしの長短を語り 若い力に圧倒され

右傾する政治に怒り ・・・・

 

11年間、よくもまぁ!〜と、我ながらあきれてしまう

もしかして、愛読者がいるとすれば…

〜もう そろそろ じゃない? この辺が限界では?〜

と、心中思っていらっしゃるだろう

 

確かに、そろそろ なのだ

目がウツロ パソコンガタガタ 頭はモヤモヤ

では、この辺で…と消えることも出来る

 

が、そろそろ でありながら、まだ倒れてはいない

とは言うものの、倒れる姿も寂しいもの・・・・・・ 

そこで、しばらく 暫く ひと休み 

 

稚拙な駄文を、長らくお読み頂いた皆々様

本当に有難うございました

今まで励まして下さった方々に心より御礼申し上げます


また いつか 何処かでお会いする日まで

一応、さようなら…

この記事に

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傘の生涯


某新聞にこんな記事があった

福井市の女子高生が善意で駅などに置いた傘が

もう1000本ほどになるが、その9割が戻ってこない

 

支援を受けつつ、2007年から続けて来たが

とうとう今年で終えるという

 

福井市の彼方此方でその傘達はどうしているのだろう?

自宅の傘立てで次の出番を待っているのか

橋下で路頭に迷っているのか

コンビニの傘立てで眠り続けているのか

 

多分、傘達は次のステージを過ごしているに違いない

「無くて困った人の為」の傘から

「あっても困らない」傘になり

また誰かが何処かに置き忘れて

「傘は天下の回り物」になっていく生涯

 

あるべき場所でにあってこそ役にも立つが

ただ回っていては、闇の使者である

 

ならば、各鉄道・施設・商店・・・

忘れ物の傘を、どんどん表舞台に出せばいいのにと思う

各々が持つ遺失物の再利用はなぜ進まないのだろう

 

粗大ゴミ⇒焼却処分 は傘にとってあまりに悲し過ぎる運命だ

 

しかし、表舞台で2度目のお勤めをした後、3度目の舞台が無ければ

またまた闇の使者

やっぱり、元の場所に戻すべき! 

 

ところが人心はそう簡単に一新されない

 

遺失物も途絶える事無く続くはず つまり

次から次へと傘を出して 出して 出し続けて

この世が傘で埋まってしまうまで

傘の悪夢にうなされて+@+@+・・・まで

それでも性懲り無く、傘の恩を忘れてしまう人間

そんな人間の手で傘は作られ、利用され、翻弄されていく

 

この年齢になると、傘を他人事と思えない

ちっぽけな人生は傘の生涯と重なる

再度の出番は何処にあるのか……

 

そう考えていて ふと、母校の置傘を思い出した

 

教室の後ろで、大きな木箱が陣取っていた

その中に、黒木綿製の大きな傘が入っていた

 

普段は見向きもされないのに、雨の午後は人気者

自宅で乾かせて元に戻す…これはヨイショの気分

が、次の雨の日までには傘は回収されていた

 

あの置傘達は、その後どんな運命をたどった事だろう

半世紀すぎて、やっと振り返られる傘達である

この記事に

悩ましい…衣替え


衣替えの季節になると

居間に座って、防虫剤を用意する母の姿を思い出す 

母は、ふた粒ずつ包まれているセロハンの四隅を、鋏でチョキチョキ…

懸命に切り落としていた

 

「これは絶対食べたらあかん

口に入れたら死んでしまう…」

傍で遊ぶ自分に、いつもいつも同じ事を言っていたが

部屋中に広がる防虫剤の臭いからして

とても食べる気にはなれなかった

 

ただ、セロハンの色が、ラムネ菓子を連想して

ちょっと舌に乗せたい気もしたが

 

冬初めに着るセーターや父の背広、毛布に

その匂いは染み付いていた

母の着物からナフタリンの臭いがしたのも懐かしい…

 

あれから半世紀以上も過ぎ

自分もまた同じ事を繰り返している

ただし無味無臭の置くだけ防虫剤だ

 

スーパーでは毎年、冬物収納と防虫剤がセットなってセールをする

それをしないと、

我が家だけが虫々だらけで…おまけに不潔?な雰囲気が漂う

 

家計で賄える価格だし…しないよりはマシか。。。と

せっせと繰り返しはするものの

さて、真相はどうなんだろう?

 

お寺の中は、何十年に一度しか使わない物々で溢れている

しかも買うとなれば、高額品ばかり

毛氈、法衣、金襴、錦、絹幕、装飾品、和紙製品…

保存を考えると全く頭が痛くなる!

 

が、日常衣類の防虫だけで手いっぱいの状態では

金銭的にも、労力も、収納したままの有象無象あれこれには

ダンマリを続けるしかないのが現状だ

 

さてさて、そこで、これら有象無象アレコレと

たまに再会して……ぼろぼろ虫食い、黴カビ!

だと思いきや、案外無事なのだ

やや、プ〜ンと湿気臭さはあるものの

ふた目と見られぬ状態では無い

 

これは真に不思議なことだ!!

顕微鏡で覗けば穴だらけかも?とは思うが

ぱっと見はOK これでよしヨシ

 

では、毎年繰り返している自分の年中行事は

いったい何だ?何なのだ! と愕然となる

唯ただ、世の趨勢に乗っているだけかもしれない

 

味の無い物品、臭いのない生活 無菌の空間 完璧な清浄

そんなものは何処にも無いのに…

何かに急かされるように 逃れるように

人も自分も 日々懸命に追い求める

 

とは言え、気に入りのコート。。。。どうしようか。。。。

物欲を捨てろ捨てろ。。。。と言われても。。。。





この記事に

さて自分は…

桜の話題が尽きたかと思えば

熊本から大分にかけての地震

テレビカメラが一斉に九州熊本に向く

 

震度7となれば、これは確かに大震災だ

誰もが皆、被災者の心情に寄り添い

わが身の事のように受け止める

 

が、心のどこかに

わが身の無事に安堵する部分も否定できない

今日一日、今一瞬の「無事安全」に胸を擦っている

明日はわが身。。。。でありながら

やっぱり今の「無事」が、明日のわが身を見えなくする

 

こんな時、ふっと 人間って嫌だな…と思ってしまう

 

つい先日まで、山とあったメディアの話題が

一夜にしてシュンとなる

 

オバマ大統領が広島を訪問するか否か…

伊勢志摩サミット…憲法改悪… 放送法云々 

殺人 窃盗 痴漢強姦 隠し撮り……

 

シュンとなった隙に、何事か起りはしないかと心配になる

 

ネットの力も当然ながら、テレビ画面の力も侮れない

朝から晩まで流れ続ける画面とレポーターの声

 

これが、もし他国の横暴が日本に及んだ時と仮定して

毎日毎日、攻撃される国民の姿が放映されたら

ネコの子までが、防衛力増強と出兵を口にすることだろう

その時、反戦を唱えるのは誰か?  

 

さて 仏教寺院では? 自分は?

 

今さらながら

映像の力が 人の心情を左右する事に 脅威を感じる

が、報道にも寿命がある 賞味期限がある

騒いだネコの子も、やがて魚に戻っていく

 

昨日今日の震災報道も 

1か月。。。半年。。。1年。。。

 

そして又、忘れた頃に 

レポーターの悲壮な声が流れることだろう

 
少しも向上しない人間の生き様…その中の一人が自分である 

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この時期思う事


梅の花が 早々咲いて 散っていった

4月咲きの椿もぽっかり咲いた

従来の思いを捨てねば…と思いつつ

いつもの日常に固執するのが老いの性かもしれない…

 

老いずとも、

広げた店を畳むにはかなりのエネルギーが要る

此の時期“いつもの日常”をプツンと切って

慌しい移住を余儀なくする人にエールを贈りたい

 

転勤指示の後、1ヶ月で赴任地に引っ越す会社員、銀行員…

胸ワクワクの栄転 がっくりの左遷 人心刷新の移動… 

福島の汚染地区から避難した人々と同じ とは言えないが

他力に依る抗えぬ移住である

 

しかし、

賃貸マンションを扱う不動産屋は

此の時期に年収の5割〜7割を得るそうな…

営業マンは体力勝負で東西南北 まさに走り回っている

 

電気製品もインテリアも諸々細々売れていく

JRも私鉄も引越し屋も宅配も皆総力で動いて行く

多くの人の正確な仕事が引越しを支えてくれる

 

そして、人に付いてお金が動く 

経済が回る 社会が動く

引越しの疲れを忘れて 人が動く

 

“抗えぬ”とは言え、

やはりこれは、惰性的な日常からの蘇生かもしれない

…もう一度…今度こそ…心機一転…

 

三寒四温の道程を闊歩する姿は

挑戦に挑む選手と重なる

門の下に佇む自分からは遠い姿でもある

 

しかし、その門の中に

出来る事なら彼らを誘いたい

そこはまた、彼らにとって非日常の世界

自然の声を 法のささやきを聴いて欲しい

と、

門の中の日常生活者は思っている

 

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上り坂下り坂


いつか…時間に余裕ができたら

 四季折々をもっとゆっくり楽しみたい

という思いは

年々激変する自然に、裏切られる昨今

 

何であれ

何時かは…いつの日か…と思う事々は

およそ、何時までも実現しない

 

只ひとつ、かつては実行出来なかった事で

今なら出来るかも?と思うことがある

 

それは、ゆったりと赤ん坊に接する事だ

生後3ヶ月、それなりに人間らしい風貌になってきた赤子に

人間同士の繋がりを持つ事でもある

 

わが子の時には

 子が ご機嫌な時は、これ幸いと仕事に励み

  子が 泣く時は、授乳とオシメがOKなら元気な証拠だと

ベットの子を横目に、家事を優先させていた
 

心の中では“半日でも、子を抱いたまま過ごしたい”と思っていた

しかし“いつの日か、その内に、、、、、”と言う内に

子供は小学生になってしまった

 

かなりもったいない事をした 

人生の貴重なひと時を失した気がする

あんなに勤しんだ仕事や家事が、今どれほどの値打ちがあるのか?

考えると、何やらポワ〜ンとアホらしくなる

 

“子供は、もう一回小そうなれと思うても、元には戻らへん

  今一回きりの子供の声を聴いてやらなあかん…“

亡き母の、この言葉の重みに、気付くのが遅かった。

 

それ故に、今、眼前にいる3ヶ月の赤ん坊の

全身で訴えかける声に、じっとじっと耳を澄ませる

小さな足の指先に込められた、思いもよらぬ力強さに感動する

 

泣き叫ぶ姿をありのままに抱き上げられる

 素早い応えを探すより以前に、全身を受け留められる

泣きたい気分を共有できる

 

泣きたいだけ泣いて、足や手を思うさまバタつかせて

思い通りの眠りに落ちるまで、じっと見つめていられる

 

〜こんなことが出来るのは自分だけだぜ!〜と

ひとり微笑む

 すると、何かの拍子に子供はにっと笑顔らしき表情をする

やっぱり、笑顔も“真似る“ことで覚えるのかもしれない

 

赤子は、人真似を繰り返しつつ坂道を上がって行く

自分は、その真似る姿を誉めながら坂道を下りて行く

その出遭いは、今しかない…

と、半生を経て実感する

 

延々と繰り返された 人の来し方行く末 である

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大智寺の大般若会


新年おめでとう〜の挨拶も

3ヶ日を過ぎれば、うっすら汚れ

世間の4日は、もう普段の顔付き

松も取れぬに、急ぐ足音

 

暖冬騒ぎで、忘れていた寒さ

大寒前後ニョッキリ顔を出した15日

大智寺大般若会(だいはんにゃえ)の日だ

 

毎年の事ながら、早朝からの開式の準備

冷えと焦りの二重挟みで本堂と庫裏を走り回る

 

有り難そうに響く「大般若会」とはいったい何なのか?

 

早い話が…

唐の三蔵法師が印度から持ち帰った「大般若経六百巻」を

年頭にお唱えして、皆々様の一年の無事を祈祷する事

となる

 

ではその六百巻は何処にあるのか?

普段は某所に保管されている12個の桐箱

1箱ごとに名前が付いている

その中に

それぞれに五十巻ずつ納められている

 

お坊様も12人

各箱の前に座り、一巻一巻読上げていく

……のは、かなりの時間を要するので……

 

屏風畳みの経本 

故に、右から左へ、左から右へ

アコーデオンのように開いては閉じ 閉じては開く

これで一巻の終わり

 

但し、黙々とこの動作を繰り返すのではない

 

まず最初に

大般若波羅密多経巻第〇〇 唐の三蔵法師玄奘奉詔訳

(だいはんにゃはらみたきょうかんだい〇〇←○はそのお経に巻き番号

とうのさんぞうほうしげんじょうぶじょうやく)  と

お腹から肝の据わった大声を発し 

 

アコーデオンのパラパラが終わると

降伏一切大魔最勝成就

(ごうぶくいっさいだいまさいしょうじょうじゅ) と納める

 

12人の僧侶が、相前後してこれを繰り返す姿や声は

厳粛にして圧巻、願いも天に通ずる気がする

 

こんな15日が過ぎて

やっと

大智寺のお正月が終わる

 

今年も騒がしい年になりそうだが

人も我も無事であれ! と願うばかりである

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暖かき冬の産声


〜はや 生まれさったかねェ!〜

裏玄関に檀家さんの声

〜元気に泣いちょんさるねェ〜

 

大人の声は滅多に外に漏れない構造の庫裏だが

赤ん坊の泣き声は、別物らしい

 

先月末に誕生した新しい生命

“大本営発表“ は勿論 していない が

人から人へ…不思議と伝わるものらしい

 

「おめでとう!」の声に、恐縮してしまう

一瞬 戸惑って やっと「有難うございます」の返事をする

 

“そんなに、大それたことでも無いのに…

こんなに「おめでとう」の声を届けてもらって…

あれもこれも心配事だらけで……“

諸手を挙げて万々歳  の気分に遠い

しかし、これは大いなる錯覚であろう

 

「おめでとう」を受けるべきは当の赤ん坊

オメデトウ イイ子イイ子 

オメデトウ 可愛い子

オメデトウ 元気な子

 

祝福の言葉を山ほど受けて、赤ん坊の未来が寿がれるのだと思う

誉める言葉に導かれて赤ん坊は成長していくのだろう

 

無我夢中の自分の子育てでは思いもしなかった

“生命”への畏怖と尊厳

 

自分の持ち時間の減少に、反比例するように

赤ん坊の命が日々成長していく

去りゆく者に、やわらかい無心の手が伸びる

…今しばらく このままで…

 

まだ少し、自分の仕事が残っているような気になる

 

暖かな冬のひと時、

来し方行く末…おぼろの世界に遊ぶのも おもしろい

 

とは言え、大忙しの年末年始が待っている!!

 

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秋冷のひと時

高倉健さんが逝って早くも1年…

映像に残る彼の姿は、常に凛々しく律儀に生きる男である

しかし

その「凛々しさや律儀さをもった老い」を演じることは

無かったようだ

 

在るがママに“老い”を演じることを

拒否し続けたようにみえる

何故に、彼は自然体を以って演じる事を受け入れなかったのか…

 

これは、彼だけの問題ではなく

壮年期から、老境に入る男子が陥る盲点だと思う

世間と自分で作り上げた「自分らしさ」からの脱皮が

不完全で不安定

その為に

今の自分が、嘗ての自分と違うと

うすうす知りながら…

「〜らしく」在ろうとする、「〜らしく」あらねばと思う

 

断末魔の力を振り絞ってでも、そう在ろうとするのは

男子の歪んだプライドでは…と思うが  失礼かな?〜

 

実際、老いは、演技や化粧で覆いきれるものではない

食べる・笑う・歩く・振り向く…すべての動作の一瞬に

老いがニッと顔を出す

 

若く見せようとすれば、尚更に…

どうせ爺さんだ、と居直れば それのもまた…

不自然さが、生き方を歪めていく

 

男子 男子と言いながら、実は女子もまったく御同様である

氷雨ふる秋冷の野に、向日葵は存在しない事を

誰もが知っているのに…

 

なぜか向日葵に愛された記憶が日常を支配して

秋冷の情に気付かない

雪原ではなく 晩秋の生き方を探せない

 

個々人が密かに、悩ましくモンモンと…

その不自然さと格闘しているのかもしれない

 

嘗ての、あのお爺さんでも、あのオバサンでもない自分

過去に拘泥する事無く、あるがママに

新しい人生秋冷のひと時を どう生きるか

 

数Ⅲ以上の難問?奇問?珍問? 問いと向き合うのが人生かな〜

 

私事ながら

せめて一作でも、初老を演じる健さんを見たかったが

仕方ないので

自然体で生きる住職の老いを観察するにした

 

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ややこしい旅が…

10月の好天に誘われて

ちょっとややこしい旅をした

 

地図の上ではゴク簡単な旅行であるが

JRJR見放し線の混合路線の行程である

 

太平洋側から日本海側へ山脈を越え

中央構造線を横断する

 

JR中央線で 名古屋⇒松本

JR篠井線で 松本⇒長野

しなの鉄道北しなの線で 長野⇒妙高高原駅

えちごトキめき鉄道はねうまラインで 妙高高原駅⇒直江津

信越本線で 直江津⇔青海川

えちごトときめき鉄道ひすいラインで 直江津⇒糸魚川

えちごトときめき鉄道ひすいラインで 糸魚川⇒泊

あいの風とやま鉄道で 泊⇒富山

富山ライトレールで 富山⇒岩瀬

JR高山線で 富山⇒岐阜

 

準備段階でこれらの路線を覚えるのに四苦八苦!

事前に切符を買えたのは

往路の岐阜―長野と復路の富山―岐阜だけ

その他の線は、車中購入

 

青海川駅は無人駅なので

ひょっとして直江津からは「ただ乗り」もできる?

とは思いながらも、いえいえそんな事はできません

直江津からの淋しい駅舎の数々を眺めていると

少しでも援助したい気になるのが人情

 

一両編成の車中で、ややこしい乗車運賃の計算をする若い車掌さん

本当にありがとう…

熱心な姿には頭が下がる

おかげで、暢気な旅行者も無事帰ってこれた

地域の人の足としてどうか頑張って欲しいと思う

 

日本海を車窓に見る昔の北陸本線は旅行者には魅力的だが

その昔、岩場の多い海岸線に

線路を敷き、トンネルを掘った人達の苦労あっての事だ

 

ひすいラインの頚城(くびき)トンネル(名立―筒石―能生の間)11,353mは

とびきりの苦心作 難所を幾度も潜り抜け10年の歳月を要したとか…

先人の篤い思いと苦労があってこその鉄道である

そんな偉大なる遺産が、人口減少過疎化を理由に

あっけなく消えて行くかもしれない

と思うと、何やら哀しく何処やら間違っている気がする

 

飛行機と新幹線で、日本の鉄道地図が塗り替えられていく現在

各駅停車に乗って、駅名の不思議を思ったり

人家の屋根の変化に驚いたり、田畑山々の姿に見入ったり…という

幼児のような心持ちになる時間が失われていく

 

急がない旅なら、旧来の鉄道を使いたい

小さな駅に僅かな人家があり、そこにも自分と同じような人間が

日々の苦楽を背負って生きている

当たり前の、しかし時として忘れてしまいそうな その事実を

列車の旅が教えてくれる

 

日本地図の隅々まで、人は生きている

過疎化という言葉で消し去ってはいけない人間の生活が

そこにも存在している

 

ややこしい旅が、簡単明瞭な生きる姿に繋がった

隅の隅まで、

人の情けで支えられている

今日を生きる人間の生活が流れている

この記事に

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