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世界の富には限界がある。これは必然
後進国の発展は先進国の富の取り分を減少させる。
人類はこれまで科学技術の発展によりこれを補ってきた。
しかし、これはもはや限界ではないだろうか?
資源インフレはヘッジファンドなど投機資金の流入も大きな要因ではあるが、
膨大な実需の増加もこれを下支えしている。
後進国の発展、これは地球資源を浪費し地球環境を急激に悪化させる。
地球温暖化 海洋汚染 大気汚染 砂漠化 地下水汚濁 地盤沈下 etc
結果的に資源の寿命を短命化し、地球上の農業生産量を減退させる。
先進国は、後進国の低賃金を利用した安い農産物を買い入れ、豊かな生活を享受してきた。
しかし、後進国の輸出産品が付加価値商品である工業製品などに変化しつつあり、
これは従来の国際的な社会構造を急速に変化させることになる。
発展による富裕層の発生で、輸出用産品であった工業製品が国内向けに切り替えられる。
当然需要の増加で工業産品の価格は上昇に転じ、先進国側はこれを入手しにくくなる。
既得権益者であり出資者である先進国は、これを歓迎して容認できるのであろうか?
先進国が後進国に求め続けてきたことは、永久的な隷属的支配関係ではないだろうか?
植民地や穀物や資源メジャーによるプランテーション農業が、その典型であるだろう。
日本は先進国の一員として、従来のドル支配による恩恵を十分すぎるほど受けてきた。
きれいごとではなく、将来の日本の選択はいかに?
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食糧安保論になるんでしょうか。自給率の改善とFTAに対する外交政策の問題にも、日本の国のあり方論の吟味が必要に為ってるんでしょうね。エネルギー不足から資源メジャーへの対抗としても、食料からエネルギーに転換させることが可能になった今、日本に対する食料供給国がいつまでもそうであるとは限らなくなってきた。少子高齢化と地産地消は、重要なファクターでしょうし、今の大きな地方分権論でなくもっと細分化した地域性を重視したモノでないと、機能しないのではないか。郵政改革の実験がどうなるか。ただ役人の天下りの形態改革に過ぎないと、批判されないように、オープンに議論し、国民の審判を受ける前に、基本ラインを決めておこうと言う動きには要注意ですね。経済的な合理性追求のパラドックスに陥らないよう、慎重に政権交代を重ねて、進めていくことではないでしょうか。
2008/4/4(金) 午前 7:06 [ hiroyan ]
hiroyan様、おはようございます。
食糧安保論であると同時に、今後の世界経済の流れを見る上で日序言うに大きな要素であると思います。
先進国は後進国の発展を望んでいないのではないでしょうか
世界経済を支配するG7、世界銀行、IMF サププライムの損失をどこに押し付けるのでしょうかね?
後進国の消費を抑えるには、その国を財政破綻させればよい。
同様のことが南米やアジアで行われた歴史もあります。
現在、通貨危機が発生する要件も整っているといえるでしょう。
私は、ひとつの視点としてこのような選択もあるのではないかと考えています。
2008/4/4(金) 午前 7:48 [ 渡邉哲也 ]
科学技術の発展による富の拡大、
これしか日本の生き残る道は無いように思います。
「世界の富には限界がある。」と書かれていますが、
これは「地球上の富には限界がある。」と言い換えるべきでしょう。
こうした時こそ目を外に向けるべきです。
そうすれば「世界の富の限界」は必然では無くなるかもしれません。
2008/4/5(土) 午後 4:03 [ 電波小僧 ]
戸締先生、こんばんわ。「世界の富の限界」ですか。
もしも、この地球上に、無尽蔵の資源と大地、そして無限の市場が
存在していたならば、全人類が同等の豊かさを享受できたのでしょうね。
しかし現実は、文中御指摘の通り、様々な限界が露呈してきている。
言わば、飽和した人口に対する「環境抵抗」のようなモノですかね。
生物学の定説ならば、ここから先は、生息環境の悪化と食料の不足により
個体数が激減し、群れの中のどの個体も同等に生存の危機に瀕する訳ですが・・・
人類の場合は、そうはいきませんな。国家は自国民を保護し、その繁栄と安全を
保障することを至上の目的としている。それには先進国も途上国も関係ありません。
残念ながら、先進国が自国民の繁栄を損なってまで途上国の面倒を見られるほど、
この世界は豊かではないのでしょうナ。
地球上の全ての国々が、市場原理と権謀術数が交錯する競争の中にいる。
人類愛を尊重して黙って犠牲になるか? 非情な選択で国民を守るか?
我が国はほんの少し有利な立場にありますが、最後の「きれいごとではなく」の
一言が重い課題となるんでしょうねー。
2008/4/6(日) 午前 0:10 [ 経済神弟子見習い ]
改めて、国家とは何かという本質論を、イデオロギー抜きで、食糧問題をベースにして、考えてみようとすると、国家観の認識自体にあやふやな感じがしています。私だけでしょうか?これまでは性善説にもとずき貿易による問題解決をしてきた。しかし毒餃子事件にとどめをさされた。安全とは?という問題意識がわきあがり、ちょっと待てよ。となってきた。憲法論・課税根拠論・社会保障の在り方論その他重要な問題が、今目白押しに噴出してきています。国家と世界、個人と国家の論議をつうじ、全ての環境問題が無視できない時代において、改めて個人の政治的参加が求められている時代なのでしょうか。情報公開問題もありますよね。官僚主導の時代の終わりが来ているのかな。日本の社会の混乱の表面化、世界は経済の混乱。民族問題の表面化。混乱のグローバル化ですね。私は混乱のまった中。
2008/4/6(日) 午前 8:44 [ hiroyan ]
電波小僧様、おはようございます。
>科学技術の発展による富の拡大
それこそ日本の持つ最大の富であるかもしれませんね。
日本は原子力発電、水質浄化など他国にない技術を豊富に持っています。
限界を回避するために宇宙に目を向けると、、、いつかそんな時代がくるかもしれませんね。
2008/4/6(日) 午前 8:57 [ 渡邉哲也 ]
お弟子さん、おはようございます。
外交とは相手の立場を一歩的に受け入れることや単なる施しではなく、自国の為をもってする行為であると思います。
それぞれの国が国益に即した外交を展開する中で、日本もそのポジションを明確にする必要があるといえるでしょう。
自由と繁栄の弧を中心とした価値観外交をより一層推し進める必要があると思います。残念ながら、報道などはこれを報じようとはしません。
多くの国民はこれを知りうる権利を失っている状況であると思います。
国際的な状況を理解しなくとも生きてゆける幸せな状況が、国民を怠惰にしているというのもあるかと思います。
私は、この状況がいつまでも続くとは思えません。
今のうちから、きちんとした準備が必要ではないかと思われます。
2008/4/6(日) 午前 9:25 [ 渡邉哲也 ]
hiroyan様、国家というのは人が所属する母体のひとつであると思います。
日本のような海洋国家の場合、ある意味その枠組みは簡単明瞭ですが、大陸の場合、枠組みを定めるのは難しいでしょうね。
戦争のたびに国境は変化を続け民族の移動や流入により、混血化が進み、民族のオリジナリティは希薄化する。
意図的に国家というアイデンティティを作り上げる必要のある大陸とずっと独立国家であった島国日本を同一に考えることに無理があるのでしょう。
支配者が変われども、日本の官僚制度は千年以上の歴史を持つ社会制度です。
官僚制度により日本は支えられ、維持されてきた事実もそこに存在します。
一部の官僚の横暴や不正は正されなくてはいけないでしょうし、制度そのものを改革し続ける必要がありますが、完全に崩壊させる必要はないでしょう。
また、崩壊させるにはそれに変わる新たな行政制度が必要となりますが、私にはそれを見つけることはできません。
2008/4/6(日) 午前 9:46 [ 渡邉哲也 ]
初めてみるが、私と同じ結論になりそうですね。
2008/5/26(月) 午後 11:40 [ - ]