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日本人は、あまり不平不満を言わないと言われます。
これは【恥の概念】を持つ文化が前提にあるからではないかと考えられています。
しかし、云わないだけで、それそれ多様な意見を持っていると思われます。
【声なき声】これが某新聞の云う【サイレントマジョリティ】でしょうか?
ただし、【サイレントマジョリティ】と言う言葉をマスコミが使うことは愚の骨頂でしょう。
なぜなら、マスコミは【最も大きい声】を発している存在であるからです。
最近は、テレビにおいて【報道バラエティ】が大きな顔でのさばっています。
これこそ、マスコミによる完全な報道の放棄であるでしょう。
報道は【事実】を伝えるものでなくてはなりません。そこに勝手な価値観は必要ない。
伝え手による価値観が入ったものが【真実】であるといえるでしょう。
【事実】はひとつであるが、【真実】は人の数だけあるものです。
右から見れば左に見える 左から見れば右に見える それが【真実】でしょう。
彼等は、報道バラエティは、報道番組ではなくバラエティであると主張して
そこに、【オピニオンリーダー】と言われる魑魅魍魎や【パーソナリティ】という
自己の価値観を押し付ける【世論誘導者】が存在します。
もともと、このようなニュースショー的な番組は、アメリカから輸入されたものであると
思いますが、アメリカの場合放送局や番組により政治的なスタンスをはっきり表明しています。
日本の場合、放送法の規定で公平性を保つことが要求されますので、報道は公平性を保つ必要が
存在します。(放送法改正論議において公平性の規定をなくすことも検討されています。)
日本で報道機関を標榜するには、アナウンサーが感情を交えず【事実】を伝える必要があります。
報道バラエティと言うものは、マスコミの自己否定につながるものであるでしょう。
また、番組にはスポンサーがいますのでここにも【大きな声】が存在します。
小泉内閣以降、総連問題、同和問題、自治労問題、日教組問題、各種の利権問題など、
【大きな声】により維持されてきた権益の排除が行われてきています。
いつまでも【うるさいから黙らせる為に飴を与える】で良いのでしょうか???
最後に残る【最大の大きな声】はいつまで今の姿を維持できるのでしょうね。
私見ですが、大きな声を出さなくとも、その声を聞きたい人がいるならば自然と聞こえると
思うのですが、何か勘違いしていませんか?
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