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森友学園につづき加計学園でも、内閣府の・安倍首相の不当な特別扱いの指示が明らかになりました。

 国家主義的教育を進めようとした森友学園では、学校設立に手を貸した安倍首相をはじめとする国家主義者は、彼等の悪事が明らかになるや手を引き、知らぬ存ぜぬで押し通そうとしていますが、加計学園では「関与」の決定的な証拠が明らかになりました。

 安倍首相は、森友学園では、「私が関与していたら、首相を辞める」と公言しました。加計学園ではこのような公言はありませんが、「関与」が明らかになった以上、安倍首相は直ちに辞めるべきではないでしょうか。


 野党は、天皇の生前退位問題では共産党までもが協力して憲法違反の特別法を成立させるなど、安倍政権に屈服しました。安倍政権を追い詰め打倒していく、本当の労働者・勤労者の政治闘争が求められているのではないでしょうか。


・日 時 7月30日(日) 午後1時〜3時半

・場 所 国労大阪会館

      大阪市北区錦町2-2

JR環状線天満駅下車 環状線北側東へ5分

・参加費 300円

・主 催 大阪・労働者セミナー実行委員会


        連絡先 小林 tel: 090-8379-4103
              email: kobayashi432003@yahoo.co.jp

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同時に、二つの大きな政治的出来事が相次いだ、というより、安倍政権がそうした情況を演出した。 一方では「共謀罪」法が成立したこと、他方では、安倍政権の犯罪を明らかにする決定的な文書が「怪文書」ではなく、実際に存在したものであることを、そしてそんな文書に内閣府が、つまり安倍や菅が深く犂愀賢瓩靴討い襪海箸髻∧顕幣覆籠盂嬋椶自ら認めたし、認めざるを得なかったことである。
 「共謀罪」法の成立は労働者というより、自由主義派のインテリ、マスコミや民・共(民進党や共産党)にとっての敗北であるが、他方、安倍政権の権力犯罪が事実であることが確定されたことは、安倍政権にとって致命的であって、この政権は今や持ちこたえられるかどうかという危機に追い込まれている。累卵の危機にあるといっていい。
  一見して両方の痛み分けかに見えるが、それはただ安倍政権(自民党)も民・共も、とうに破綻していたことを改めて確認することになったに過ぎない。
  我々が確認すべきは、民・共や自由主義派の闘いが間違った、日和見主義的なものであったからこそ、安倍政権は「共謀罪」法まで成立させ得たのである。安倍政権が近く解体し、退陣を余儀なくされるなら、猝餡陲吻畸屬みやげを、イタチの最後っぺを残していったことになるが、その責任はあげて日和見主義に溺れた――天皇生前退位問題で、安倍政権となれ合っていちゃつき、「政治休戦」にまで応じた――民・共にあると結論するしかない。
  加計学園に関する「怪文書」がでてきて、その問題が大問題になってきているとき、民・共は、それを安倍政権打倒の決定的な機会としてとらえることなく、何か文書が本物かどうか、事実はどうかといった矮小な闘いに押しとどめてしまった。
  安倍や菅が事実を否定しようとしているとき、もし事実だったら責任を取るのかどうなのかという決定的な闘いに転化していかなかったのは、まさに日和見主義そのものであり、安倍が策動し、「共謀罪」法に狂奔することを許したのである。
 森友学園のとき、安倍は「私が関与していたら、首相を辞める」と公言したのである。加計学園では言っていないといっても、通用するはずもない、というのは、安倍も菅も、そんな文書はない、「怪文書」だ、虚偽だと頑強に、断固として言い張ってきたからである。内閣府の萩生田は今も、同様な発言を繰り返すが、それは責任が安倍や菅に及ばないためであるに過ぎない。今や安倍や菅は、責任を官僚に押し付け、転嫁するほか何もなしえないのである。卑しいげすというしかない。
  森友学園でも同じやり方をして通用したから、今回も大丈夫だと思ったかどうかは知らないが、森友学園と同じ犇気な瓩笋衒?髻△弔泙蠱里蕕迷犬爾未箸いΩ顔無恥を押し通そうとしたことは明らい任△襦
  しかし文科省は財務省ではなく、内閣府の、安倍の不当な特別扱いをするようにという指示が存在したこと、その証拠を明らかにしたのである、つまり安倍政権はもはや退陣するしかない状況に事実上追いつめられたのである。
  それを勝ち取ることができなかったとするなら、民・共の責任以外ではない、彼等が日和見主義に陥り、追及の仕方を、闘い方を誤ったからでしかない。そればかりか、決定的な闘いのさ中、天皇問題で安倍政権や自民党と共闘し、国民的合意を演出し、安倍政権との闘いを止め、もしくは妥協してしまったのである。敵に狷眥稔瓩砲垢詢∪擇蠅任覆い箸垢襪覆蕁天皇制問題での安倍政権への屈服や妥協は何であったのか。
  民・共は安倍政権との闘いのカギが、安倍政権を追い詰め、打倒していく闘いの中心が、その主戦場が、この間、森友学園・加計学園問題であり、また天皇生前退位の問題であることを理解せず、いたずらに「共謀罪」法に固執したが、彼等は現実的な政治闘争とは何かを理解せず、全く自覚していないのである。
  共産党の小池晃は16日の最後の国会審議で、安倍に「あなたは国民に迷惑をかけたと謝らないのか」といきり立ったが、問題は口先だけの「謝罪」でないことを最後まで理解しないのである。「謝罪するだけならサル(安倍)でもできる」ということを知らないのである。小池は「安倍は本当にひどいと思う」「卑劣」だと叫んだが、そんなにも「ひどい」政権をいまだ打倒できないことをこそ反省すべきであろう。
 「共謀罪」法も安保法も、一般的には日本ブルジョアジーの帝国主義化、専制主義化に対応し、それを反映する反動法であったが、しかしそれらは直接に労働者階級や労働者党に対する弾圧法ではないし、また日本の労働者、勤労者を狎鐐茘瓠宗什はいかなる狎鐐茘瓩、あるいはむしろ単なる狎鐺瓩等々は問わないが――に動員する、そうした意味での狎鐐菲´瓩任發覆った。
  将来において、それらの法律がどんな役割を果たすかは、どんな政権ができ、どんな風に利用する――悪用する――かにかかっているのであって、反動勢力、ファシズム勢力が勝利するなら牴燭任皚瓩垢襪里世、それはどんな猜刃足畄法い△辰討癲⊆民党政権が強大な軍隊を持つことを妨げないことや、安倍政権が出て来て安保法でも何でも成立させ、犢イ勝手瓩鬚垢襪海箸隼?燭茲Δ覆發里任△襦
  「共謀罪」法について批判されたことは、基本的に、「内心の自由を侵しかねない危うさがある」とか、「恐れがある」、「不安や懸念がある」、「民主社会の萎縮を招くとかの指摘も多い」とか、「監視されたくなければ政権にとって都合のいい市民であれ、といわんばかりだ」とか、「知らないうちに息苦しい社会に行きかねない」とかいった、事実や現実とは無関係な、推測や恐れや危惧や、流行の獨崚扠瓩个りのような話ばかりであった。
  現実はといえば、国家権力や警察権力による「監視」といったことは、今後のことではなく、すでに今でもいくらでも猯匹畊駝院普通の労組や政党のメンバーに対しても(もちろん、体制にとって大して犂躙鵜瓩箸六廚錣譴覆い茲Δ併毀映匹僚君も、ここに加えてもいいが)、日常茶飯事に行われているといって言い過ぎはないのであって、むしろそれを糺弾し、追及し、やめさせるべきではないのか。
 森友学園事件であれほどに獨崚扠瓩鯣稟修靴震院ΧΔ、「共謀罪」法という現実的な課題で、将来の「可能性」とか、「忖度」でしか安倍政権を告発し、闘ええなかったことほどに、民・共の愚劣さを暴露するものはない。
  天皇の生前退位問題で、「憲法や皇室典範に反して」、特別法による、将来に禍根を残し、天皇の神聖化、絶対化に努め、「国民的合意」の見せ掛けのもとで安倍政権に協力し、「民主社会の萎縮を招く」も何もないではないか。
 天皇の神聖化が進むなら、「民主社会の萎縮を招く」しかないことも明らかではないのか。この点での、民・共の立場ほどにナンセンスで、矛盾しているものはない。 安保法も同様であったが、「共謀罪」法に対する闘いもまた、プチブル的であり、ブルジョア的でさえある民・共やリベラルの闘いであって、安倍政権と対決し、それを打倒していく労働者、勤労者の政治闘争として闘われなかったのであり、だからこそ安倍政権を追い詰めることも、文書の正当性が明らかになっても、それが安倍政権の粉砕と結びつかず、したがってまた「共謀罪」法の粉砕にもつながらなかったのである。
 「共謀罪」法の成立も、森友学園や加計学園などの問題も、安倍政権の打倒につながらなかったとするなら、それはある意味で、民・共の日和見主義と裏切りによるものであって、そんな野党がいくら国会の中に存在していても、労働者、勤労者にとって何の意味もないことを、さらに明らかにしている。
  民・共はすでに労働者、勤労者の党として腐りきっており、存在していないも同然である。
  我々はこの4月、新しい働く者の党を再建し、まさに腐敗議員、腐敗政党ばかりがはびこる伏魔殿のような様相を呈している国会に風穴を開け、本当の労働者、勤労者の闘いを国会の中でも貫徹するために、100万票を勝ち取って、真実の働く者の代表を国会に送り込むことを決定した。
  我々は全国の心ある労働者、勤労者に共に闘うよう呼びかける。 

※労働の解放をめざす労働者党代表委員会メッセージ より転載

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5月20日の資本論まなぶ会の報告をします。
この日は会場の都合で時間が午後ではなく午前10時からでした。いつもと同じメンバーで、和気あいあいとした雰囲気でした。

テーマは価値の形態、または交換価値でした。
商品について、その二つの要素である使用価値と価値の違いを明らかにし、さらにはその商品を作る労働について具体的な労働と抽象的な労働の違いをこれまで明らかにしてきたところです。その中で商品の価値には抽象的な人間労働が体現されていると云うことが明らかにされてきました。その際、商品の交換価値を分析することによって、そこに価値という共通な性格があり、抽象的な人間労働こそがその内実であることが明らかにされました。逆に今度はここで、その価値が交換価値において表現される様子を見ていこうというのです。

今月のまなぶ会で議論になったことを紹介します。
1*「亜麻布20エレは上着一着に値するという表現は、一着の上着は20エレの亜麻布に値するという逆の関係をも含んでいる」と云うが、もしそうだとすれば、相対的な価値形態と等価形態とは同じ価値表現において相互に排除しあう両極だという事と矛盾する。これに対しては次のような返答がありました。それが矛盾するかに思われるのは相対的な価値形態と云えば亜麻布であり、等価形態と云えば上着だと思い込んでいるからではないか。相対的な価値形態というのはその価値が表現される商品を指し、等価形態というのはその価値表現に材料を提供する商品を指すのであって、それぞれの素材が亜麻布か、上着かとは無関係である。

2*酪酸と蟻酸プロピルですが、同一の化学的実体だと云いながら、違った物体だとしているが、そんなことがあり得るのか。これに対しては、炭とダイヤモンドは同じ炭素という化学的実体でありながら、違う物体だし、氷、水、水蒸気は化学的には同じだが違っているという例が紹介されました。

3*亜麻布の価値表現においては、上着が等価としての役割を果たしていますが、これらの商品を生産する労働にまで立ち入ってみることにすると、亜麻布を作る機織りが抽象的な人間労働であると云うことが表現されています。その際、上着を作る裁縫が裁縫でありながら同時に抽象的な人間労働を体現する労働と見なされています。こうした「迂路」を経て、こんどは亜麻布を生産する機織りが抽象的な人間労働に他ならないと表されます。ここで問題になっているのは、機織りや裁縫に共通な労働の性格は何かではなく(もちろんそれは抽象的な人間労働ですが)それが表現される仕方であることが確認されました。

4*当日は暑かったこともあり水分を用意されている人も多く、その液体の性質と値段の関係が話題として取り上げられました。値段が高い商品は品質的に見て高級か、逆に高級品は値段が高くても当然かという問題です。問題になっているのは商品の使用価値と価値とのあいだに何か関係があるかと云うことですが、ここで両者の分別が出来るか否かが問われています。確かに無用物で、使用価値のない物なら価値もありませんが、それは話しの前提に過ぎません。商品の価値を決めるものは何か、これが正に問われており、労働価値説がそれに答えているのだと考えます。

以上で今月の資本論まなぶ会の報告を終わります。

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メーデー闘争動画

労働の解放をめざす労働者党の中央メーデーにおける街宣の動画がYouTubeにアップされています。各代表委員の演説をぜひご覧ください。

https://youtu.be/tcqyEPxie-c

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資本論住道カフェの報告

4月15日、いつもの会場が確保出来ませんでしたので、駅近くのファミレスにて行いました。

テーマは商品の価値形態でした。目次で云うと、第一章・商品の第三節・価値形態または交換価値です。

ここでマルクスは次のように言っています。「人は何はともあれ、これだけは知っている。すなわち、諸商品はその使用価値の雑多な自然形態と極度に顕著な対照をなしている、或る共通の価値形態をもっていると云うことである、すなわち、貨幣形態である。

だがここでは、未だかってブルジョア経済学によって試みられたことのない一事を成し遂げようというのである。すなわちこの貨幣形態の発生を証明すると云うこと、したがって商品の価値関係に含まれている価値表現が、どうしてもっとも単純なもっとも目立たぬ態様から、そのきらきらした貨幣形態に発展していったかを追求すると云うことである。

これを持って同時に貨幣の謎は消え失せる」。

以上ですが、ここにマルクスのプライドと云うべきものが、すなわち、普通の人はもちろん、ブルジョア経済学が問題にさえしていないことが問題にされていることが表明されていると思います。

貨幣って平たく云えばお金ですが、都会で暮らしていると誰もが関心を持たざるを得ません。しかし、普通、お金の意味は何かとか考えません。せいぜい、商品交換をスムーズにするための便利な道具と云うぐらいの思いです。それに対してここでは、貨幣の生まれに迫り、その謎を明らかにしようというのです。

大体以上のような確認が出来たと思いました。5月は20日の予定です。

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