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1942年4月18日に空母「ホーネット」から発艦しましたドーリットル隊の「B-25」爆撃隊は、 東京、名古屋、大阪を12時間かけて散発的に爆撃し、中国大陸に脱出するということが起こりました。 そこで山本五十六はこのような事をなくすために、 ミッドウェイに進出して、米機動部隊を補足撃滅するという作戦を立てました。 反対意見もありましたが、軍令部総長の「永野修身」が4月5日に決定しました。 そして帝国陸軍を巻き込みながらミッドウェイ攻略作戦は一気に進められました。 連合艦隊は5月27日から29日にかけて出撃してミッドウェイに向かいましたが、 1942年6月5日午前1時30分に南雲艦隊はミッドウェイ基地へ向けて第1次攻撃隊108機を出撃させました。 この時に7機の索敵機も一斉に発進させる予定でしたが、 そのうちの1機がカタパルトの故障で30分遅れてしまいました。 ミッドウェイ島に向かった第1次攻撃隊は哨戒機に発見され、 米軍は日本軍の空襲前にすべての航空機を離陸してしまい、 第1次攻撃隊は激しい迎撃を受けてしまい基地攻撃しますが、 攻撃隊長は攻撃効果を不充分として「第2次攻撃の要ありと認む」と打電しました。 この時まだ米機動部隊は発見されておらず、 第2次攻撃隊を向かわせるべく、魚雷を陸上攻撃用の爆弾に積み換える作業が始められました。 この作業中に、遅れて発進していた索敵機から敵機動部隊発見の報告があり、 再度魚雷への積み換え命令が出されてしまいました。 そんな中、午前10時23分太陽を背にした艦爆部隊に襲われてしまい、 「南雲忠一」自らが、空母「赤城」の操艦を艦長に代わって行い、魚雷6本を回避するも、 魚雷と爆弾を抱えて甲板上と格納庫内にありました航空機が誘爆を起こして、 空母「赤城」、「加賀」、「蒼龍」が炎上してしまいました。 この時、空母「飛龍」に乗艦していました「山口多聞」が、 「我航空戦の指揮をとる」といって空母「飛龍」から攻撃隊を出撃させ、 米空母「ヨークタウン」を航行不能にさせますが、 空母「飛龍」も米軍の攻撃をうけ炎上してしまいました。 これを受け、「山本五十六」はこれ以上の作戦続行は不可能と判断し、撤退しました。 (この後米空母「ヨークタウン」は帝国海軍潜水艦「伊一六八」の魚雷2発によって撃沈されました。) |
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映画でもミッドウェー海戦は良くありますよねw
次はマレー沖海戦をお願いしますw
2011/12/28(水) 午後 0:13
零式戦殿
マレー沖海戦は、すでに紹介してますよww
2011/12/28(水) 午後 0:16 [ 横山上等兵 ]
引き続き伊号第六十八潜水艦の奮戦をお願いします。
2011/12/28(水) 午後 3:49
ビン ビン ビン 僕らは少年貧乏団、上等兵殿こんにちは、上の写真、鮮明でよいですねー、♪ 船首の日の丸の塗装の甲板部分を狙って、爆撃されて、大破したのが、よくわかる画像です、すごい爆風だったのでしょう、エレベーターが、艦橋の方へ突き刺さっています。
2011/12/28(水) 午後 3:52 [ 模型公園 ]
この作戦には謎が多いですね。
同時に行われたアリューシャン作戦はなんのためにしたのか?
大和をはじめとする戦艦部隊は何しに行ったのか?
ミッドウェイを攻略したとして、維持できるのか?
雷装・爆装論は多分嘘です。
艦攻はともかく、艦爆をただちに発進させなかったのか?
2011/12/28(水) 午後 10:06
虎巨人88殿
了解しました。
2011/12/29(木) 午後 0:49 [ 横山上等兵 ]
qqs499aqk殿
おそらく格納庫で兵装転換してたからだと思います。
2011/12/29(木) 午後 0:50 [ 横山上等兵 ]
ヒロシ殿
謎が多い・・・
2011/12/29(木) 午後 0:51 [ 横山上等兵 ]