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2012年8月28日より今日に至るまで、
ブログ世界を楽しませていただき
有難うございました。
おかげさまで日本全国沢山の方々とお友達に成れ
沢山のことを教えていただきました。
今日を持ってYahooブログの書き込み等が終了となり、
ブロ友の皆さんやファンの皆さんとも
お別れになります。
ご指導を頂きましたこと改めてお礼申し上げます。
尚、扇屋下記に移転し、
扇屋福助のブログで再出発をしております。
お近くにお越しの節は
どうぞお気軽にお立ち寄り頂けると幸いです。
今日まで有難うございました。
扇屋福助
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yahooブログサービス終了のお知らせ以降、扇屋福助
ブログ記事の更新を怠るようになり、気が付けば
皆さん他のサイトに移行され、そちらで
活躍をされているようです。
アナログな扇屋、近年のデジタルにはお頭の方が附いていかず、
放置状態で大阪や神戸の街の散策に励んでいましたが、
yahooの脅しを受け、慌てふためき
上記に扇屋福助のブログを開設しました。
お近くにお越しの際は
お立寄り頂ければ幸いです。
梅雨明け以降、異常な暑さが毎日続いています。
扇屋、今日も一日地下空間に潜り、
日差しを避け、
街撮りに励んでいます。
皆様のご厚情に感謝と共に
お礼を申し上げます。
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天皇の生前退位と即位による元号の変化が『 慶賀 』ムードを
かもしだし、そこに安倍幕府が造った十連休を、あらゆる
メディア(TV、新聞、SNS等)がはしゃぎまくり、誰
憚ることなく国民を扇動してくれています。
改元初日の5月1日付の新聞各社の一面は、
『 新天皇即位 』 『 平成から令和へ 』 と
改元一色となりました。
そんな中、京都新聞に掲載された広告が
SNS上で話題になっています。
『 天皇陛下御即位を祝し心よりお喜び申し上げます 』
と、お祝いの言葉に続き広告主の神社名が
ずら〜と並んでいます。
伏見稲荷を筆頭に京都有名な神社が Σ(・□・;)
SNSでは
『 新聞を拝んでも御利益がありそう 』
『 京都の神社界最強の布陣 』
『 なんて神々しい文字面 』
と、
大反響 (;゚Д゚)
十連休、十連休とTVや新聞等で大騒ぎをしていますが、
多くの人々にとっては何時もと変わりない日々。
何でこんなに大騒ぎしてるのん ❔❔
世間様も何時もと同んじ生活してるやん
![]() マスコミに煽られてちょけたお方が少しだけ
川に飛び込んだだけやんか
![]() |
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新しい令和の時代を迎え、一人燥ぎ回っている報道によれば、
各地の神社仏閣にも参拝者が押し寄せているようで、
大阪にある史上最強と言われているパーワー
スポットの『 サムハラ神社 』も相変わらず
大賑わいなんだそうです。
その人気の理由は、サムハラの四文字が刻まれた
御神環(指輪)の拝受が目的なんだそうで、
この不思議な四文字は、昔から災難除け、身を守る
力があるといわれてきました (・・?
そんな御神徳がある指輪を授与する神社が
大阪メトロ阿波座駅から徒歩10分程の
立売堀あるといいます。
久し振りに大阪メトロ阿波座駅にやってきました。
あまりの久し振りなので出入り口を間違え
新なにわ筋の南西に出てしまいました。
阿波座の交差点、見上げると空がおません。
高速の橋桁だらけ( ^ω^)・・・。
阿波座交差点から中央大通りを東に進み、あみだ池筋を
右(南)に曲がり、立売堀3南を左(東)に曲がって
大阪腐警機動警ら隊の建物を見て右(南)に曲がると
サムハラ神社が (^▽^)/
サムハラ神社は、昭和10年(1935)に田中大元堂創業者の
田中富三郎氏が、岡山県津山市加茂町に位置する
サムハラ大神の祠の荒廃を嘆き、大阪中之島
の豊国神社隣接地に遷宮し奉じました。
豊国神社が大阪城二の丸へ遷宮するのに伴って、
昭和36年(1961)に西区立売堀の現在地に
遷宮をしました。
サムハラ大神
『 天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神 』
三神が奉安されている宮殿が安置されている拝殿です。
一礼・祈念・三度拝・四開手・一度拝・一礼
お守りの御神環(指輪)を拝領しようと社務所を訪ねたのですが、
5月のいずれかの日の授与する予定で今日は・・・。
でいつになるのかと問い合わせると
『 申し上げることができません 』
とのことでした ( ノД`)。
けちやなぁ (・・? ほんまに
お参りを済ませたので帰宅することに、山善ビルの
前を右(東)に向かって
懐かしの明治小学校前を通って
なにわ筋を横断し
四橋筋に出てきました。
四橋筋を少し北に向かい信濃橋(現・西本町)から
大阪メトロで帰宅します。
令和が祝福された時代でありますょう
岡山県津山市加茂に位置するサムハラ神社奥の院です。
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古今和歌集の仮名序に記された難波津の歌
『 なにはづに さくやこの花 ふゆでもり
いまははるべと さくやこのはな 』と
詠った王仁博士 (・・?
百済から渡来した学者で 『 論語 』 『 千字文 』 を応神仁天皇に
献上し、太子菟道稚郎子の師となったと伝わっている
王仁博士の伝承の地を訪ねてみました。
浦江の聖天さんから北に位置する旧浦江の
大仁(旧・大淀町)へ向かいます。
JR東海道線のガードの手前で 『 どげぬき稲荷 』 の
赤い幡の立った妙壽寺さんに出会いました。
妙壽寺は称號山妙壽寺という曹洞禅宗の仏教寺院で、
大阪ではとげぬき稲荷で有名なお寺なんです。
とげぬき稲荷は、人々の苦しみや悩みのトゲを取り除く
稲荷神として信仰を集めているそうです。
あらゆる悩みのトゲを抜いてくれるそうですょ
![]() JR東海道線のガードを潜るとかつての大淀区
大仁町 『 王仁の里 』 なのです。
JR線の側道を少し西に進み右(北)に曲がると
公園の中に浦江八坂神社があります。
浦江八坂神社は、大阪市北区大淀南に鎮座する
神社で、正式には素戔嗚尊神社と言います。
鳥居をくぐった正面に牛頭天王社があり、
牛頭天王社右隣には王仁社が(・・?
寛政8年(1797)刊行の攝津名所図会には、
『 大江殿古蹟難波旧図 田蓑島あり この所斎宮女御御禊の地
今大仁村の北端に古松一株あり その下に石造りの宮の
屋根なるもの見ゆる 余は土中に埋もれたり これを
祓除の地の古称なるか 』 と記しています。
大江殿古蹟が牛頭天王社の右隣に位置する
一本松大明神とも王仁大明神とも
呼ばれている王仁社なのです。
この社の位置に石造りの宮が❔❔❔
攝津名所図会や攝津史に記された斎宮女御御禊の地
が、浦江八坂神社境内社の野々宮社なのです。
ほんまかいなぁ
![]() と疑いながら参拝を終え退所
なにわ筋に戻り辺りを見渡すと景色がチョット変わってます
公園の左側
なんで、なんで、なんで (・・?
その昔(最近まで)シンホニーホールの奥にプラザホテルに
朝日放送と大阪タワーがあったんですが ❔
平成20年(2006)に朝日放送が堂島に移転し、電波塔の
大阪タワーも解体され、ホテルプラザの建物も
解体され、タワーマンションに
変わってしまうようです。
10年ひと昔と言いますが、10年ぶりに大淀界隈に
訪れたのですがあまりの変わりように
驚いています。
浦島太郎状態で、
なにわ筋を南に下り
JR大阪環状線福島から帰宅することに
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