浪花のおじさんぽ (^^♪

浮雲なおじさんが 徒然思いつくまま 気の向くまま❔

古寺社巡拝

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梅雨の晴れ間に



梅雨の時期は曇りや雨の日が多く湿気でジメジメとした日が続き、
何もしなくてもストレスがたまりやすいですねぇ。

終末の阪神間は(全国的に)梅雨入り前の晴天に見まはれ、
この貴重な晴れ間に勝手気ままに思い付きで電車に
飛び乗り、松尾大社までお出かけしました。

たった1時間足らずの電車の旅でも
心が晴れ晴れするもんですねぇ。

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阪急嵐山線松尾大社駅から歩いて数分の
所に松尾大社はあります。

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松尾大社境内入り口にある二の鳥居には、有栖川宮
幟仁親王の筆による扁額がか掛けられています。

また鳥居には『脇勧請』と呼ばれる榊の小枝12束が
下げられていますが、これは鳥居の原始形式で
神の依り代なのだそうです。

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二の鳥居を潜って参道を進むと楼門の前にやって来ます。

楼門は寛文7年(1667)に棟上げされた桁行三間、
梁間二間の三間一戸門で、屋根は
入母屋造檜皮葺。

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楼門を潜って、うがい手水で身を清めて

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神楽殿を左に見て、心静かに本殿回廊中門前に進みます。

本殿背後の松尾山には『御神蹟』と呼ばれる
磐座があるのですが、今回はスルーして。

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祭神『天山昨神』『市杵島姫命』が祀られている本殿前に進み、
二礼二拍一礼して心の中で『まんまんちゃんあん』と唱え

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余りにも綺麗な青モミジに思わずパチリと記念に1枚。


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山の守殿から『黙って何処まで遊びに行っとんねん』

『早よ 帰ってこい』とLINEで帰宅命令が


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帰り道何時もの公園で『まだバラ咲いてるやん』と独り言

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何時もの公園の馴染みのバラなんですが、こんな
盆栽みたいに刈り取られたバラ、初めてやで

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桑の実に似てるんですが何の実なんですかねぇ〜。


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後で調べなあかんなぁ〜。


直ぐ忘れるよって一枚パチリと。



あ か ん  早 よ   い な ん と 

角 生 え よ る 








道明寺天満宮梅まつり



道明寺天満宮は、菅原道真公が祖とする土師氏の祖先に当る
野見宿祢の所領地で、宿祢の遠祖である天穂日命と
菅原道真公・叔母の覚寿尼を祭神とする
神社で大阪府藤井寺市にあります。

元は土師神社と称していたのですが、道真公の死後
道真公の号から『道明寺天満宮』と
改称されたようですねぇ。

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道明寺から東に数分の所に道明寺天満宮はあります。

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楼門を潜って境内に。

注連縄柱の右は駐車場になっていますが、
この付近に神仏分離令が発布されるまで道明寺がありました。

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境内中程に鳥居が建てられていますが、明治以前は
この鳥居からが天満宮だったのかもしれません

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鳥居を潜って拝殿前に進みます。

参拝を済ませ本殿裏の梅林に向かいます。

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本殿前の能楽堂では梅まつりの趣向で大正琴の
演奏が始まっていました。

聴衆者2名の寂しい演奏会。

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梅林には約80種800本の梅の木が植栽されており、
観梅を楽しむ人やアマカメラマンで賑っています。

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この日は暑くもなく寒くもない八分咲の観梅日和。

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梅のほのかな香を皆さん楽しんでいるようです。

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境内の片隅に猿回しの芸人さん。

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観梅で心満たされので、あとは桜餅でお腹も満たしたく
境内や商店街を散策したのですが、
何処にも桜餅は見当たらず

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仕方なく阿倍野まで帰って来ました。

ここまで帰ってきたら近鉄百貨店にでも、
と思ったのですが山の守殿から
帰宅命令のメールが、



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早よ帰ってこなお茶冷めるで


直ぐ帰りますよってに














道明寺でおじさんぽ



いろは書く子はあへなくも 散りぬる命 是非もなや


竹本義太夫の『菅原伝授手習鑑』で語られる、
小太郎の亡骸を回向する名場面の一節。

文楽ファンなら一度は尋ねてみたい聖地の道明寺。

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やって来ました近鉄の道明寺。

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駅前から超ローカルな道明寺天神通りを西に向かいます。

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右手の道明寺天満宮を横目で眺め、さらに西に進むと、

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東高野街道に面した道明寺山門(楼門)前に出ます。

道明寺は、大阪府藤井寺市のある真言宗御室派の
尼寺で、山号を蓮土山と云います。

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推古天皇の時代に菅原道真公の祖である土師連八島が、
自宅として建立した土師寺が始まりで、元は今の
道明寺天満宮の前に在りました。

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菅原道真公が延喜元年(901)に大宰府に左遷されるにあたり、
土師寺に住む叔母の覚寿尼を訊ね『鳴けばこそ 別れも
優けれ鶏の音の なからん里の暁もかな』と詠み、
別れを惜しんだのが道明寺なのです。

道真公の死後土師寺は、道真公の号である
『道明』から寺名を道明寺と改めました。

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護摩堂前の梅の木が何故か寂しげですねぇ〜

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山門を潜った正面に大師堂。

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道明寺天満宮を見つめるように建立された本堂です。

本堂には菅原道真公作と伝わる、カヤ材で一木造の
十一面観音立像(国宝)が安置されています。

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本堂の北に在る庫裏へ通る門です。

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庫裏の前庭には尼寺らしく上品なしだれ梅が
植栽されています

こちらで保存食の道明寺粉が作られていたんでしょうねぇ。


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観光寺や無いんでしょうねぇ、

覚寿尼や道真公を説明した案内が無いのは 



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桜餅も無かったことやし、天満宮へ


行ってみまひょか





色と香りで春を感じさせてくれる『桜餅』。

桜の葉で餅を包む和菓子の桜餅は、道明寺と長明寺の
二種類あって、関西風の桜餅を『道明寺』と呼び、
関東風の桜餅を『長明寺』と呼びます。

何方も江戸時代に桜の葉で餅を包む工夫が
なされたものなのですが、


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道明寺は一度蒸して荒く砕いたモチ米を、再び蒸して
色付けしたもので餡を包み、桜の葉で包みます。

戦国時代に、大坂の道明寺と云うお寺で作っていた
保存食の『干飯』が元になっていることから、
道明寺と名付けられたようですょ。


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長明寺は、水で捏ねた小麦粉を薄く焼いた皮で
餡を包んだものを桜の葉で包みます。

江戸時代に桜の落ち葉に悩んだ長明寺の僧が、塩漬け
にした桜の葉で餅を包んだのが広まり、『長明寺』と
名付けられたようですねぇ。



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桜餅まで東京と大阪の違いおまっか



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大阪で桜餅云うたら

道明寺のことだっせ 






長かった冬に別れを告げる東大寺二月堂の伝統法会
『修二会』が一日から本行に入りました。


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一日の午後7時頃に二月堂の舞台に現れた『お松明』。

お松明は堂籠りの練行衆(僧)が15日未明の萬行まで、
宿所から二月堂に上がる際の灯となります。


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3月12日の深夜に東大寺二月堂境内の若狭井から、
本尊の十一面観音にお供えする『お香水』を
若狭井に送る儀式が福井県の神宮寺で
行われましたねぇ〜。

若狭小浜の『鵜の瀬』から送られた『お香水』は、
10日かかって東大寺二月堂の若狭井に
届くと云われていますょ。


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 あと2週間もすれば待ちに待った春 


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関西では奈良のお水取りが終れば


春になるんですょ 



(画像はWeb上から借用)




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