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以前投稿した怒りの日の訳、
これを見直してみたところ、とても力強いすごい歌詞だなと驚きました。怒りの日はヴェルディのあのすごいださい曲のイメージが強く、今まであまり興味がなかったのですが、急に好きになりました。だから単語帳を作ろうと思います。訳した当時は単語リストを作る習慣がなく、やっていなかったので。以下はまずとりあえずそのときの訳をペーストした上で、それに重ねるかたちで作業を進める予定です。作業を進めるたびにこのページを更新します。
7月28日 金曜日 更新
1
Dies irae! dies illa
Solvet saeclum in favilla
Teste David cum Sibylla!
(ずっと前の訳)
怒りの日、その日がこの世を火*1の中で破壊するだろう。ダビデと巫女が証人である。
(今回の訳)
その日は (* dies) 神が (* 補足) 怒るために (* irae) ある (* est を補足) 。
その日は (* dies) 激怒が予定されている (* irae に est を補足) 。
その日は (* dies) 激怒のために取っておかれている (* irae に est を補足)。
その日は (* dies) 神の (* 補足) 激怒のために (* irae) あれ (* sit を補足)!
その (* illa) 日は (* dies) この世を (* saeculum) 火で (* favillam に含まれる意味) 破壊し (* solvet) 灰にしてしまうだろう (* in favillam ここについては下の6月16日の説明書きを見てください)。
ダビデが (* David) 巫女がそれを見たとき (* cum sibylla まったくの意訳です。文字通りには、巫女といっしょに、という意味しかありません。) 立ち合っているのだ (* teste)!
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+ dies (男性名詞でも女性名詞でもある) : 日
----- ラテン語ではただ名詞だけで指示代名詞なしでもこのりんご、あのりんご、そのりんご、等という意味を表せます。有名な用例に ecce homo! この人を見よ!というのがありますね。ピラトがイエスを指差して言う台詞でした。ニーチェの本のタイトルにもなっていますね。ecce は見よ! homo は人、男、という意味です。指示代名詞はありません。
+ irae > ira (女性名詞) : 怒り、激怒 / 怒りの対象、憎しみの対象 / 暴威、激しさ、猛烈さ、猛威
----- irae は単数、属格または与格です。
----- 古典ラテン語の文法書では形容詞の代わりになる属格名詞は原則として形容詞付きでないといけなかったとあります。dies magae (大いなる) irae のように、magnus みたいな形容詞がついてないといけないと。時代が下るにつれて形容詞が省略されるようになっても、含意はされていた、と書いています。例えば dies irae は dies magnae irae とかの略だ、というように説明されています。でも中世ではどうだったのか。ぼくはわかりません。
----- この irae が与格だとしたら、dies est irae の略で、その日は怒りのものだ、という意味になります (このリンゴは彼のものだ、彼女は俺のものだ、このスプーンはわたしのものだ、というような意味で)。これは、その日は怒りが支配する日だ、という意味です。あと、ecce homo この人を見よ、のように「この」とか「その」とか「あの」という指示形容詞は省略できます。
----- この irae が与格だとしたら、dies sit irae という意味である可能性もあると思います。その日が怒りのものであるように!(所有の与格) とか、その日が怒りのためにあるように!(未来、目的、用途、結果を表す与格) という意味になります。Dies irae! とびっくりマークがついているので、こういう願いを表している可能性はあるでしょう。古典ラテン語の文法書にしたがうかぎりでは、 irae は属格よりむしろ未来の与格である可能性が高いです。古典ラテン語ではこの未来の与格の使い方のほうが、形容詞の代用としての属格の使い方よりふつうだからです。
この与格の用例 :
sumptui est 彼が来ることは出費につながる、出費に結果する、金がかかる
--- labori est 彼と関わることは骨折りにつながる、骨折りに結果する、骨が折れる
--- quaestui habeo もうけのために、もうけが目的で、もうけという使い道のために彼を友とする、彼と付き合うことはもうけに結果する
--- dono do 贈り物という目的のために、贈り物という用途のために、贈り物として皿を与える
--- bono habet よい目的のために、よい結果のために友を持つ、友を持つことはよい結果につながる
--- turpitudini est 愛人を持つことは醜聞に結果する、醜聞につながる
--- alimento sero 栄養のために肥やしをまく
--- auxilio mittit 手助けのために兵を送る
--- locum insidiis circumspectaverunt 待ち伏せのための、待ち伏せという用途のための場所をさがす
--- receptui signum 退却のための合図
+
+
+ illa > ille (指示形容詞) : あの、その
----- illa は女性、単数、主格で、dies (この詩では女性名詞扱い) を修飾しています。
+ solvet > solvo (不定詞 solvere) の未来形 : ほどく、解く、ゆるめる / 分解する 、溶かす、液体にする、気体にする ; (何々の中に、in対格) 溶けて消える、分解して (何々に、+対格) なる / 壊す、破壊する、消滅させる / (束縛をほどいて) 解放する、逃がす、(義務から) 解放する、免じる / (集まりを) 解散する
----- solvet は未来、三人称単数です。主語は dies。ほどくだろう、分解するだろう、解放するだろう、などという意味。
+
+ in (前置詞、対格または奪格を取る) : (奪格を取るとき、どこそこに、どこそこで、どこそこにおいて、という位置を表します) に、において、で / (対格を取るとき、どこそこへという方向を表します) へ、へ向かって
+ favilla > favilla (女性名詞) の単数、奪格 : まだ熱い灰、まだ燃えている灰、火葬された人体のまだ赤く燃えている灰
----- favilla は「灰、熱い灰、ember」「焼けた人体のまだ熱い灰」などという意味が辞書に載っていました。第18連では、homo resurget ex favilla (人が favilla の中からよみがえる)とあり、「灰」という意味であるように見えます。でもこの第1連では solvet saeculum in favilla (この世を flavilla の中で破壊する)で、「灰」はなんとなく合わない感じがします。in favilla でなく in favillam なら「この世を灰へと破壊する(=この世を破壊して灰にする)」という意味でしっくり来ますが。韻を踏むために favilla としてるだけで、意図としては favillam なのかも。
----- ただ (2017年6月16日金曜日 追記)、ラテン語にはないですがギリシャ語には in ... とか on ... という意味の前置詞に (例えば epi+対格)、その場所に最終的に止まるまでの動きもニュアンスとして含む用法があります。例えば epi ge~n (on the ground) というフレーズはその ground に止まるまでの動き、そこまで行く動きとか、そこに落ちる動きとかを意味に含むことができるのです。だからこの in favilla はもしかしてギリシャ語の epi+対格のまねのつもりかもしれません。ラテン語の詩ではそういうギリシャ語の模倣がよく見られるらしいし。或いはこの Dies Irae はもともとギリシャ語の詩だったか。
+
+ teste > testis (男性名詞) : 証人 / 目撃者 ----- teste は単数、奪格です。絶対的奪格という用法で、文を修飾する副詞句 (英語の as 節のような) を作ります。teste david でダビデが証言したとき、とか、ダビデが証人であるが、とか、ダビデが証人だから、とか、ダビデが証人であるにもかかわらず、とか、英語の as の節のように文脈次第でいろいろと意味が変わります。
+ David (不変化の男性名詞) : ダビデ ----- ここでは奪格の働きをしています。
+ cum (前置詞、奪格をとります) : (何々、誰々) と、とともに
+ sibylla (女性名詞) : 女性占い師、女性予言者、女性預言者
----- sibylla はここでは単数、奪格です。cum につく形です。
2
Quantus tremor est futurus.
quando judex est venturus.
cuncta stricte discussurus!
(ずっと前の訳)
なんというはなはだしい震撼が起こることだろう、裁判官がやって来て、万物を一撫でで粉砕するとき。
(今回の訳)
どれほど激しい (* quantus) 恐怖が (* tremor) 巻き起こることだろう (* est futurus)?
(**** 疑問文に解してみた。)
神の (* 補足) 代理の裁判官が (* judex) これから来よう (* est venturus) というとき (* quando)
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+ quantus (疑問形容詞) どのくらいの?どれほどの?どれだけの? / (関係形容詞) それくらいの、それほどの、それだけの
----- 英語の how が感嘆文で使われるのは疑問詞としてでしょうか、関係詞としてでしょうか?記憶が曖昧でわかりませんが。
----- quantus は男性、単数、主格で、tremor を修飾します。
+ tremor (男性名詞) : 震え / 地震 / 恐怖の震え、恐怖 / 恐怖の震えをもたらすもの
----- tremor は単数、主格です。
----- 音楽で言うトレモロの語源でしょう。トレモロはイタリア語かなと思いましたが手持ちの簡単な小さい伊語辞典には載ってませんでした。
+ est > 一人称単数 (わたし、が主語のとき) は sum、英語の be動詞に当たります。
+ futurus : sum の未来分詞
----- 分詞というのは動詞を形容詞化したもののことですが、futurus は男性、単数、主格で、tremor の述語になっています。
+ quando (接続詞、英語の when に相当します) : (何々する) とき
+ judex (男性名詞) : 公務員 (低い地位のも高位のも指せる) (Niermeyer 辞典) / 伯爵
(Niermeyer 辞典) / 公爵 (Niermeyer 辞典) / 公爵によって派遣され裁判を執り行う役人 (Niermeyer 辞典) / 法王によって派遣された裁判官 (Niermeyer 辞典) / 私有地の管理人
(Niermeyer 辞典) / 裁判官
----- judex は単数、主格です。役人が、という意味です。
+ venturus > venio (来る) の未来分詞
未来分詞と be動詞 (sum) を合わせて periphrastic future という未来形動詞になります。
venturus est は三人称単数で、judex を主語に取ります。
----- venturus は男性、単数、主格で judex に合わせています。
+
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3
Tuba mirum spargens sonum
per sepulchra regionum.
coget omnes ante thronum.
(ラッパが驚くべき音を、方々の墓じゅうにまきちらし、すべての死人を裁判官の席*1の前に集めるだろう。)
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(*1)thronus は「玉座」で、「裁判官の席」という意味は載ってなかったけど、ここでは神は王様でなくて裁判官にたとえられてるのでこう訳した。
4
Mors stupebit et natura.
cum resurget creatura.
judicanti responsura.
(死と自然は驚愕するだろう、裁判官の呼び出しに応えるために被造物がよみがえるとき。)
5
Liber scriptus proferetur.
in quo totum continetur.
unde mundus judicetur.
(リストが公開されるだろう、そこにはこの世が裁かれるすべての理由が書かれている。)
6
Judex ergo cum sedebit.
quidquid latet apparebit:
nil inultum remanebit.
(だから裁判官が着席するとき、隠されていることはすべて明らかとなり、罰せられずにすむことは何もないであろう。)
7
Quid sum miser tunc dicturus?
Quem patronum rogaturus.
cum vix justus sit securus?
(そのときあわれなわたしは何と言おう?どの弁護人を呼ぼう、正しい人でさえ無事ではすまないそのときに?)
8
Rex tremendae majestatis.
qui salvandos salvas gratis.
salva me. fons pietatis.
(おそるべき権能の王*1よ、救われるべき者たちをあなたはただで救う。わたしを救ってください、慈悲深さの泉よ。)
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(*1)なんとなくこの詩では、神とイエスが区別されてる個所もあれば、同一視されてる個所もあるみたいです。上で神は裁判官でしたが、ここの「王」はイエスな気がします。前者はこの世を滅ぼすもの、後者はやさしくゆるして救う者。
9
Recordare. Jesu pie.
quod sum causa tuae viae:
ne me perdas illa die.
(思い出してください、慈悲深いイエスよ、わたしがあなたの歩む理由*1だということを。その日にわたしを滅びさせないでください、お願いします。)
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(*1)次の連を見ると、イエスが「わたし」を捜して旅している、というイメージがあるらしい。
10
Quaerens me. sedisti lassus:*1
redemisti Crucem passus:
tantus labor non sit cassus.
(わたしを捜し当てたとき、あなたは疲れきって座りこんだ。苦しみながらあなたはわたしの十字架刑を買い取った。これほどの苦労が無駄ではありませんように。)
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(*1)ここは或いはまったく意味がちがって、「わたしを尋問しているとき、あなたは(憐れみで)心がもろくなって座りこんだ。」と裁判の席がイメージされているのかもしれない。
11
Juste judex ultionis.
donum fac remissionis
ante diem rationis.
(罰をつかさどる正しい裁判官よ、ゆるしという贈り物をください、清算の日*1が来る前に。)
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(*1)罪を借金にたとえてるようです。
12
Ingemisco. tamquam reus:
culpa rubet vultus meus:
supplicanti parce. Deus.
(被告として、わたしはうめきます。罪の意識のために、わたしの顔は赤くなる。膝まづいてゆるしを請うわたしを、ゆるして下さい、神よ。)
13
Qui Mariam absolvisti.
et latronem exaudisti.
mihi quoque spem dedisti.
(マリアの潔白を証した*1方よ、悪漢の祈りにも耳を傾けるあなたよ、わたしにも希望を与えてくださった方よ。)
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(*1)absolvo はふつうなら「ゆるして解放してやる」という意味だろうから、マグダラのマリアのことかな?と思ったけど、bantam の辞書に prove someone innocence of という意味があるとあったので、その意味なら聖母マリアのことかもしれないなと思った。
14
Preces meae non sunt dignae:
sed tu bonus fac benigne.
ne perenni cremer igne.
(わたしの懇願には価値がありませんが、しかし、正しいあなたよ、どうかやさしくはからってください。わたしが永遠の火で焼かれることがないように。)
15
Inter oves locum praesta.
et ab haedis me sequestra.
statuens in parte dextra.
(羊たちの間にわたしの居場所をください。そして山羊からわたしを分別し、右*1に置いてください。)
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(*1)dexter には「幸福な、幸運な」という意味も。だから「幸福な場所に置いてください」。羊が右で、山羊が左なのでしょう。羊は救われる者で、山羊は救われない者のこと?ほかにも右にはキリスト教の何かの意味があるのかもしれませんが、ぼくはわかりません。
16
Confutatis maledictis.
flammis acribus addictis:
voca me cum benedictis.
(呪いの言葉でののしる声を抑えつけて黙らせ、彼らに激しい炎を罰として与えて、祝福の声でわたしを呼んでください。)
17
Oro supplex et acclinis.
cor contritum quasi cinis:
gere curam mei finis.
(膝まづき、身をかがめてわたしは懇願します。心はすりつぶされて灰のよう。わたしの最後にどうか意を配ってください。)
18
Lacrimosa dies illa.
qua resurget ex favilla
judicandus homo reus.
Huic ergo parce. Deus:
(その日は涙に満ちた日。その日、裁かれるべき被告、人間が灰の中からよみがえるだろう。どうか、彼をゆるしてやってください、神よ。)
19
Pie Jesu Domine.
dona eis requiem. Amen.
(慈悲深い主イエスよ、彼らに安らぎを与えてください。アーメン。) |

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