希・羅語文献の訳し方研究 (旧デ・アニマの訳をいつかやりたい)

中世の聖歌の訳と単語帳、もしリクエストなどがあればもう少し力を入れてやります。

フィロポノス羅訳 3:4

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ロボットの語源?

☆☆☆☆☆ 語源 ☆☆☆☆☆☆

ロボット robot

ラテン語の roboro が語源かな?と思います。
roboro は「強くする」という意味の動詞です。
robor (robur) という名詞は「カシ材」「強いこと」という意味です。
robustus という形容詞は「カシ材の」「強い、丈夫な」という意味です。

ロボットは「強いもの」???

英語の robust 「強い」「〈体格などが〉がっしりとした」がこれから来ていますね。
corroborate 「(力や意味を)強くする」という単語も。

corroboro は、con → cum(with という意味の前置詞ですが、動詞の意味を強める接頭辞・・・・・副詞の intensely みたいな働き・・・・・にもなります) + roboro です。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






今日で今までずーっと訳してきた第4章終わりです。





フィロポノス『デ・アニマ3への注解』ラテン語訳



430 a 6-7 IN HABENTIBUS AUTEM MATERIAM, POTENTIA SOLUM UNUMQUODQUE EST INTELLIGIBILIUM.
アリストテレス『デ・アニマ』の引用:
・質料を持つものどもにおいては、知的な認識対象となる部分は可能態にあるだけである。



注解

In materialibus, ait, etsi sint entes species, sed potentia hae sunt et non actu, hoc est intelligentia sola.
・アリストテレスは言う・・・・・
・質料的なものども*1の中には、種は存在してはいるが、
・これら種は可能態にあって現実態にはなく、
・これらの種は認識の上でだけあると言える*2のである。
========
(*1)質料を伴う存在。質料と形相(種)の結合体。
(*2)これらの種は、実際には質料に埋もれ隠れているが、認識上では質料から抽象分離され現実態になる。








430 a 6-7 INTELLECTUS VERO SINE MATERIA POTENTIA .EST TALIUM,
アリストテレス『デ・アニマ』からの引用
・知性は、質料を持たないけれども、可能的にそれらに関わっている。


注解

hoc est so intelligibilium.
・「それらに関わっている」とはつまり、知的な認識対象に関わっている、という意味である。

Quare si haec quidem materialia, haec autem sine materia, non idem est intellectus materialibus intelligibilibus.
・で、質料的なものと、質料を持たないものとは別々に分けないといけないから、
・知性は質料的な*1知的認識対象と同一ではない。*2
=======
(*1)質料を伴う。形相(知的な認識対象)が質料と結合している状態で、つまり外界にある状態。
(*2)つまり、知性は質料を持たないから、質料を持たない認識対象とのみ同一である。

Sed si aliquid intelligibile est sine materia, hoc et intellectus existit.
・で、もし何か知的な認識対象が質料を伴わないならば、これは同時に知性でもあるのである。

Plane igitur separatum ab omni materia intellectum pronuntiavit esse.
・だから明らかにアリストテレスは知性があらゆる質料から分離していると主張しているのである。







Caput 4(第4章)終わり







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Commentum Johannis Grammatici
super capitolum de intellectu
in libro tertio Aristotelis De anima
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detect の語源

語源は今日は手抜きで、前のやつの焼き直しです。



☆☆☆☆☆ 語源 ☆☆☆☆☆☆

detective
detect

tego は「覆う、cover」という意味のラテン語です。過去分詞は tectus です。

過去分詞 tectus/tecta/tectum から名詞 tectum「覆い、屋根」があります。

detego は de(〜から、from という意味)という前置詞と tego の合成語で、「〜から覆いを取る」というような意味になります。過去分詞は detectus です。

ラテン語の動詞から来ている英単語は、過去分詞から英語化されてることが多いです。

だから detect は discover とまったく同じですね。英語では用法に差があるようですが。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






フィロポノス『デ・アニマ3への注解』ラテン語訳




430 a 5-6 EIUS AUTEM QUOD EST NON SEMPER INTELLIGERE HUNC, CAUSA CONSIDERANDA.
アリストテレス『デ・アニマ』からの引用:
・しかし知性が常に認識活動をしているわけでないことの原因は考察されないといけない。



注解

Intermedie Aristoteles alterum problema proponit.
・この間にアリストテレスは別の問題をさしはさむ。

Si intellectus simul intellectus et intelligibile, propter quid non semper intelligit?
・もし知性が同時に知性でも認識対象でもあるとしたら、
・どうして知性は常に認識活動をしてないのか?

Intelligibilia semper entia actu, quomodo non semper intelligit ?
・つまり、知的な認識対象は常に存在している*1のに、どうして知性は常には認識していないのか?
========
(*1)知性の認識対象は形相である。質料を伴わないから、永遠の存在ともいえる。

Et si idem intellectus et intelligibile, propter quid non semper se ipsum intelligit?
・もし知性と認識対象は同一なのなら、なぜ知性は常に自分自身を認識しつづけないのだ?

Dubitatio quidem vel problema tale.
・そんな疑問、というか、問題である。

Solutionem autem non, ut quidam putaverunt, praetermisit, sed posterius dicet, ut ostendemus cum ibi fuerimus.
・この問題の解決は、或る人々の思ってるように(デ・アニマの)先の方で出されてはいない。しかし彼は後のところで解決を出す。わたしたちもその部分に来たら示すつもりだ。

Nunc autem ad propositum redeamus.
・しかし今は先の問題に戻ろう。







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Commentum Johannis Grammatici
super capitolum de intellectu
in libro tertio Aristotelis De anima
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プロテクトの語源

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☆☆☆☆☆ 語源 ☆☆☆☆☆☆

プロテクト protect

tego というラテン語は「覆う、cover」という意味があり、そこから「隠す」とか「守る」とかいう意味もあります。
過去分詞は tectus です。

protego も同じ意味です。過去分詞は protectus です。ラテン語の動詞から来ている英単語は、多くが過去分詞から英語化されています。

tectum という名詞は「覆い」「屋根」です。

ギリシャ語でも
tegos は「屋根、カバー」です。
stegos も「屋根、カバー」です。
stego^ という動詞はほとんどラテン語の tego と同じです。
ステゴザウルスも「保護のためのカバーに覆われている」という意味でしょう。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆








フィロポノス『デ・アニマ3への注解』ラテン語訳


430a 4-5 SCIENTIA ENIM SPECULATIVA ET QUOD SIC SCIBILE IDEM EST.
アリストテレス『デ・アニマ』の引用:
・つまり、思考して知る活動と、それによって知られる対象とは、同一だということだ。*1
======
(*1)アリストテレスは認識が現実に起こっているときは、認識する者・認識する活動と、認識される者と、は同一になっていると言う。



注解


2段落目  <scientia は scibilia と同一である>

Scientia autem quae speculativa (hoc autem ad contradistinctionem scientiae quae circa agibilia, quae est prudentia) idem ergo sic scibilibus, hoc est speculativis.
・また、頭で考えるときの思考活動*1 scientia speculativa ・・・・・わざわざこういう言い方をするのは「体を動かし実践しながら覚えていくこと(これも一種の思考活動と言われるかもしれない) scientia circa agibilia」と区別するためにこう言うのだ・・・・・は、頭で考えられた考え scibilia と同一である。
======
(*1)scientia はふつう「知識」と訳されるけれど、ここでは知識を得るための活動を意味してるから、「思考活動」と訳した。ここでは「頭で考えられた考え scibilia speculativa」のほうがむしろ「知識」である。

Quid enim aliud est scientia quam theoremata?
・というのも、思考活動といったら頭の中で考えられる事柄*1でなくていったい何だろうか?
=======
(*1)theoremata 「頭で考えられた事柄」は、上の「頭で考えられた考え scibilia speculativa」と同じです。speculativa は訳者によっては「理論的な」と、theoremata も「理論」と訳されます。反対概念として、scientia circa agibilia とか prudentia は、「実践知」と訳されたりします。

Haec autem sunt et scibilia; non enim utique quae extra iacent; circuli enim intellectus, non sensibilis circulus scibile.
・そして知られる対象 scibilia であるということは、つまりこれらは外界にあるものではないということだ*1。
・例えば円の知的認識がそれである。
・一方、感覚対象である円*2は知的に知られるものではない。
=======
(*1)知られる対象=知性の対象。外界にある対象は、知性の対象でなくて、感覚の対象であるらしい。
(*2)これは外界にある。質料を伴う。つまり形相と質料の結合体である。それに対して知的に認識される円は単純に形相であり、質料を伴わない。

Si autem hoc, est autem scientia quidem intelligentia quaedam et intellectus, scibilia autem intelligibilia: idem ergo quod secundum actum intelligibile et immateriale intellectui.
・で、知る活動 scientia *1は、知的認識 intelligentia *2とも呼ばれ、知性 intellectus *3とも呼ばれ、
・いっぽう知られる対象 scibilia は知的認識対象 intelligibilia とも呼ばれる。
・さて、というわけで、現実に認識されている、質料を伴わないものは、知性と同一なのである。
========
(*1)認識という活動
(*2)認識という事実
(*3)認識の主体






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in libro tertio Aristotelis De anima
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コンタクトの語源

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☆☆☆☆☆ 語源 ☆☆☆☆☆☆

コンタクト contact

tango というラテン語は「触る」という意味があります。過去分詞は tactus です。

contingo は cum(with という意味の前置詞)と tango の合成語で、「いっしょに触れる」→「触れ合う」という意味があります。過去分詞は contactus です。英語に入ってるラテン語の動詞は、たいてい過去分詞から英語化されてる感じです。

あの踊るタンゴはスペイン語かポルトガル語かわかりませんが、「触れる」から来てるんでしょうか?
ぼくの親戚のおじさんはなぜかわかりませんがアルゼンチンタンゴに凝っていて(見るだけのようです)、ビデオをたくさん集めて、上映会を開いたりしてるらしいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






ぼくの訳注においては、何度も何度も同じ説明がくり返されていますが、
これは、どこから読んでも理解できる訳、を目指しているからです。
途中から読むとまったく意味がわからない、そういう哲学書が多く、それがぼくはいやなので、こういうものを目指しているのです。
ただ、目指しているだけで、実現はできてないかもしれませんが・・・・





フィロポノス『デ・アニマ3への注解』ラテン語訳


430a 4-5 SCIENTIA ENIM SPECULATIVA ET QUOD SIC SCIBILE IDEM EST.
アリストテレス『デ・アニマ』の引用:
・つまり、思考して知る活動と、それによって知られる対象とは、同一だということだ。*1
======
(*1)アリストテレスは認識が現実に起こっているときは、認識する者・認識する活動と、認識される者と、は同一になっていると言う。





1段落目
Hoc est intellectus speculans et quod sic scibile (hoc est quod proprie et actu intelligibile) convertuntur.
・つまり思考している知性と、考えられている対象・・・・・・・・・これはしかるべきしかたで現実に認識されている*1対象のこと・・・・・・・・・・とは、交換される*2ということだ。
======
(*1)現実にいま認識されている状態。現実態。(その反対は、認識される可能性があるだけの状態。可能態。)
(*2)つまり、知性は知的対象になり、知的対象は知性になる、という交換。(でもここの converto という動詞の使い方はなんか難しいから、ちょっと誤解かも。)

Et aliter hoc dixit ad probationem huius, quia quod sine materia intelligibile mox et intellectus est, quod autem sine materia intelligibile, actu est intelligibile, et sic secundum actum.
・またアリストテレスはこのことの論証としてこうも言っている・・・・・・
・質料なしの認識対象*1はただちに知性でもある。
・つまり、質料なしの認識対象は、現実に認識対象なのであり*2、現実態にある。
=======
(*1)物体は、例えばりんごは、質料と形相の結合体である。しかし知性は形相だけ抽象的に認識する。・・・・・・で、認識が起こっているときは、認識される形相と知性は同一となっている。
(*2)それに対して、質料といっしょになっている形相は、「可能性において」認識対象である。







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アエラの語源

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☆☆☆☆☆ 語源 ☆☆☆☆☆☆

アエラ

という雑誌がありますが、ラテン語で「時代」という意味です。

aera

英語で era です。


中世のラテン語だと ae が e と表記されていたりして、(curae が cure と)発音も「エ」なようです。

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フィロポノス『デ・アニマ3への注解』ラテン語訳




430 a 2-3 ET IPSE AUTEM INTELLIGIBILIS EST, SICUT INTELLIGIBILIA.
アリストテレス『デ・アニマ』からの引用文:
・知性も、もろもろの知的認識対象と同様に、認識される(=認識対象である)。



<知性は自分自身をどういうしかたで認識するか>

Ad solutionem secundae dubitationis transit, scilicet qualiter intellectus se ipsum intelligit.
・アリストテレスは2番目の疑問の解決に移る。すなわち、どうやって知性は自分自身を認識するのか、という疑問。

Aut enim secundum aliud et non simplex neque sine mixtura, aut secundum idem et sic omnia intelligibilia erunt intellectus.
・この疑問はつまり、
・1.(知性は自分自身を)自分とは別なものとして認識するのであり、したがって、知性は単純なものでも非混合なものでもない、のであるか、*1
・それとも、2.(知性は自分自身を)自分と同一なものとして認識するのであり、したがって、あらゆる知的な認識対象は知性であるということになる*2か、という疑問である。
=======
(*1)アナクサゴラスに従って、知性は単純なものであり、何物も混ざっていない純粋なものでなければならない。で、もし認識者としての知性と、認識される者としての知性とが別であるなら、知性は単純ではないことになる、という意味。
(*2)もし認識される対象としての知性が、認識する者としての知性と同一なら、その他のあらゆる認識される対象も知性と同一だということになる、というちょっと飛躍した考え。

Solvit autem hoc sicut nos iam prius diximus.
・この問題を彼は、わたしたちが先にもう言ったしかたで解く。

Quia secundum idem intellectus est et intelligibile, et quia omne quod proprie et actu intelligibile et intellectus est; quod tamen potentia intelligibile non est idem intellectui, quoniam neque proprie neque actu intelligibile.
・つまり、彼はこう解決した。
・認識される対象としての知性と、認識する者としての知性は、同一である。
・しかるべきしかたで現実に認識対象になっているものはすべて知性でもある*1。
・ただし可能的に*2認識対象であるものは知性と同一ではない。しかるべきしかたで現実に認識対象になってはいないからである。
======
(*1)アリストテレスは、現実に認識が起こっているときは、知性と認識される対象とは同一になっている、と言っている。
(*2)可能性において






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